SMAPはもういない

 8月14日、ジャニーズ事務所のメリー喜多川(藤島メリー泰子)名誉会長が亡くなった。奇しくもそれは5年前のSMAPの解散発表と同じ日だった。

 解散騒動はこの2016年の1月に突如として浮上し、いちどは収束したものの結局は解散に至った。発表後も存続を望む多くのファンは声を上げたが、同年末のフジテレビ系『SMAP×SMAP』を最後にSMAPは姿を消した。

 そして、5年が経った──。

 解散後、稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾の3人は翌2017年9月にジャニーズ事務所を退所し、すぐにSMAP時代のチーフマネージャー・飯島三智氏の新会社・CULENに移籍した。その後、新しい地図として活動している。

 中居正広も、それから3年後の2020年3月に自らの会社・のんびりなかいを立ち上げて個人で活動を続けている。ジャニーズ事務所に残ったのは木村拓哉だけだ。

 5人は3組に分かれ、現在は各自のペースで仕事を続けている。活動内容は変わったが、現在は全員が順調に見える。

 だが、SMAPの解散は単にひとつの人気グループが終わりを迎えたという話にはとどまらなかった。それからの5年間、日本の芸能界は激変してきたからだ。いま思えば、SMAP解散はすべての始まりだった。

2016年8月14日、SMAPの解散を報じるスポーツ新聞
2016年8月14日、SMAPの解散を報じるスポーツ新聞写真:アフロ

遅延が続くジャニーズのネット適応

 SMAP解散からの5年間に断続的に生じたのは、インターネットメディアのさらなる浸透だ。日常生活のなかで、われわれとエンタテインメントとの接し方は大きく変わった。

 起爆剤となったのは、やはり動画配信サービスだ。Netflixは2015年9月から、Amazonプライム・ビデオは2016年6月から日本でサービスを開始した。ABEMAが始まったのも2016年4月からだ。新しい地図も、ジャニーズ退所直後の2017年11月に『72時間ホンネテレビ』に出演して話題をさらった。

 音楽においても、現在につながる変化が始まったのはこの頃だ。定額ストリーミングサービスがスタートしたのは、Apple MusicとLINE MUSICが2015年6月から、Spotifyは2016年9月からだ。学割が準備されているストリーミングは、若者を中心に順調にシェアを拡大し、日本のメイン音楽チャートであるビルボードにおいてもその比重は年々高くなっている。

 これらのインターネットメディアの浸透は、SMAPの解散に揺れた2016年前後から生じた。元SMAPの3人は積極的にその変化に対応し、インターネットメディアで“新しい地図”を描いたのである。

 それに対して、ジャニーズ事務所はインターネットメディアに大きく出遅れた。しかもその遅延は現在進行形だ。

 ジャニーズ事務所がインターネットに進出し始めたのは、2018年に入ってからだ。3月にジャニーズJr.のYouTubeチャンネルを開設し、10月にはデビュー前のSixTONESが「ジャニーズをデジタルに放つ新世代。」とのキャッチコピーとともにミュージックビデオ(MV)を発表した。

 所属タレントがSNSにアカウントを持ち、オンライン書店で雑誌書影のシルエットが消え始めたのもこの頃からだ。翌2019年10月には、活動休止を翌年に控えた嵐もYouTubeでMVを発表し、ストリーミングも解禁した。その後も段階的に所属グループのネット対応をするようにはなった。とくにMVは「YouTube Edit」ではあるが、現在は概ね発表されるようになりつつある。

 だが、ストリーミングにはいまも及び腰だ。ほぼ対応しているのは活動していない嵐のみで、「デジタルに解き放った」はずのSixTONESですら、ストリーミングで聴くことはできない。最近では、8月10日からKis-My-Ft2のベストアルバムがLINE MUSICで独占配信されるニュースも飛び込んできたが、一部のグループが部分的に対応しているのみだ。

IT後進国のエンタメDX

 ジャニーズにとって、現在だけを考えればストリーミングへの対応は必須ではない。SixTONESとSnow ManのCDは、いまでもミリオンセールスを記録するほどだ。熱心なファンが多いために、CDを販売すればいまだに十分売れる。

 だが未来を考えれば、CDセールスへの依存は極めてリスキーだ。日本の音楽産業では、昨年もCDとDVDの売上が全体の71.3%にもなった(日本レコード協会「日本のレコード産業2021」)。もはやこんな国は日本だけだ。

 全世界の音楽産業を見れば、売上全体の62.1%はストリーミングが占め、パッケージ(CD等)は19.5%しかない(IFPI ”Global Music Report 2021”)。アメリカではCD売上が10%程度しかなく、ほぼストリーミングに切り替わっている。海外に視座を移せば、日本だけが古いデジタルメディアをありがたがって買う奇妙な国でしかない。

 Netflixなど動画配信は活用するようになったが、ジャニーズ事務所は音楽においてはいまだに消極的だ。新型コロナウイルスの感染拡大によって、日本がIT後進国であることに多くのひとが気づき、同時にデジタル・トランスフォーメーション(DX)も叫ばれるようになったが、先進的であるはずのエンタテインメントが現在もこのような遅滞を見せている。そしてジャニーズ事務所こそが、AKB48や坂道グループとともにこの現況を維持する張本人だ。

筆者作成。
筆者作成。

ジャニーズの「イノベーションのジレンマ」

 ネットメディアに積極的な新しい地図と、いまだに消極的なジャニーズ事務所──この5年間で明確となったのはこのコントラストだ。

 では、なぜジャニーズ事務所はストリーミングに積極的にならないのか?

 それは、これまでやってきたビジネスモデルが崩れるからだ。ジャニーズは地上波テレビやCD販売など、レガシーメディアに過剰なほどに適応してきた。世界的にも大きなマーケットである日本では、現在はそれで十分な売上が獲得できる。

 もちろん、それでは未来がない。インターネットがなくならない以上、ストリーミングはより浸透し、CDが売れなくなる未来は目前まで来ている。

 だが、ストリーミングの世界は非常にシビアだ。そこでは一再生の単価は低く、多くのリスナーを獲得しなければこれまでの売上は維持できない。ジャニーズは、地上波テレビなどレガシーメディアで構築した熱心なファンの“人気”をCD売上に変換してきたが、ストリーミングではそれが音楽の人気に直結しない。そこで必要とされるのは、端的に言って音楽の力そのものだからだ。

 ジャニーズは、ここで大きなジレンマに陥っている。

 現状に甘んじれば、当面は十分なCD売上を維持できるが、徐々に人気は落ちる。ビルボードチャートでも、ヒットの指標として年々CD売上の比重は抑えられてきている。年間アーティストランキングでは、デビュー1年目だった“K-POP日本版”のJO1が、King & Princeをすでに昨年の段階で上回っている(「Billboard JAPAN Artist 100 Year End」2020年)。音楽人気をシビアに測る外資のビルボード基準では、そうなってしまう。よって、未来を講ずれば前に進むしかない。

 しかし、全面的にストリーミングなどに進出すれば、K-POPなどとの激しい競争が待ち構えている。そこでしっかり人気を獲得できる音楽(多く聴かれる曲)を送り出さなければならない。Snow Manなど意欲的な曲を発表しているケースもあるが、グローバル化した競争でどこまで結果を残せるかはわからない。事実、ジャニーズグループのYouTubeにおけるMV視聴回数は伸び悩んでいる。1億再生どころか、5000万回に達したMVもまだない(「グローバル時代のジャニーズ事務所」2021年3月17日)。

 現在地にとどまれば衰退するだけで、先に進んでも明るい未来が保証されているわけではない──ジャニーズがインターネットメディアに積極的にならないのは、このダブルバインド(二重拘束)に陥っているからだ。

 その状況とは、経営学者のクレイトン・クリステンセンが概念化した典型的な「イノベーションのジレンマ」にほかならない。ジャニーズ事務所は、レガシーメディアを中心とした時代に国内マーケットを攻略しきったからこそ、グローバルに開かれたインターネットメディアに適応できなくなっている。

CDショップではジャニーズが大きく扱われている(筆者撮影)。
CDショップではジャニーズが大きく扱われている(筆者撮影)。

多くの勇気を与えた新しい地図

 もうひとつこの5年間に起きたのは、芸能プロダクションと所属タレントの関係の変化だ。

 その大きなインパクトとなったのは、ジャニーズ事務所の創業者であるジャニー喜多川氏の死去だ。2019年7月9日、ジャニー氏はこの世を去った。新しい地図の3人もその死を悼んだように、ジャニー氏は多くのタレントに愛されていた。

 だがこれ以降、ジャニーズ事務所からは退所者が相次いでいる。中居正広をはじめ、手越祐也、山下智久、長瀬智也、そして近藤真彦と続いている。中堅やベテランだけでなく、若手である岩橋玄樹(元King&Prince)やジャニーズJr.からも退所者が目立つ。

 その要因は、単なるビジネスライクな契約関係ではなく、ジャニー氏とタレントのあいだに強い感情的なつながりがあったからだと考えられる。ざっくり言えば、義理と人情の関係だ。だが、恩人が去ることによってタレントがジャニーズ事務所にとどまる理由も薄まった。メリー氏も去った今後は、その流れがさらに強まる可能性もある。

 加えて、移籍・独立のリスクが低減される法的なバックアップもできた。ジャニー氏の死去から8日後の2019年7月17日、公正取引委員会がジャニーズ事務所に対して「注意」をした。新しい地図の3人の地上波テレビ出演に、ジャニーズ事務所がテレビ局に圧力をかけた疑いがあるとされた。

 それは実態から十分にうかがえることだった。新しい地図は、地上波テレビから次々と姿を消していったからだ。『「ぷっ」すま』(テレビ朝日)や『おじゃMAP!!』(フジテレビ)など、レギュラー番組はほとんどが終了した。公正取引委員会はこうした不自然な状況を重く見て調査をし、「注意」に至ったのである。

 創業者の退場と当局の監視──それは、ジャニーズ事務所だけでなく日本の芸能界全体をも変化させた。米倉涼子、柴咲コウ、城田優、加藤浩次、前田敦子──その後、多くの人気芸能人が大手芸能プロダクションから移籍・独立した。

 歌手・俳優の小泉今日子もそのひとりだ。新しい地図がジャニーズ事務所を離れてから5ヵ月後の2018年2月、彼女もそれまで30年間所属していた芸能プロダクションから独立した。現在は映画や演劇のプロデューサーとして活躍する小泉は、新しい地図の3人に対して筆者のインタビューでこう話してくれた。

新しい地図が発表されたとき、「あ、素敵だな」と思って見ていた記憶があります。私の行動もそうかもしれないし、(俳優の)のんちゃんみたいな人もいるわけだし。彼らや彼女ががんばって、そういう自由な表現ができる場所にたどり着いてるんだろうなっていう意味では、とても勇気を与えていると思います。

「小泉今日子さんが望む未来『15歳の私が勇気を出した一歩が、いまの自分につながっている』」2020年9月2日/『ハフポスト日本語版』

 新しい地図は、多くの勇気を与えた──。

60年ぶりのパラダイムシフト

 インターネットメディアの浸透、大手芸能プロダクション創業者の退場、そして公正取引委員会の監視──SMAP解散からこの5年、この3つの大きな変化が生じた。

 それによって、日本のエンタテインメントの地図も大きく塗り替わりつつある。テレビ、音楽、映画、演劇などは、芸能人(芸能界)なくして成立しないからだ。SMAP解散を単なる芸能界のゴタゴタとして矮小化してしまう当時の芸能報道には、このマクロな視点が決定的に欠けていた。

 この5年、日本のエンタテインメント界は、約60年ぶりの大きなパラダイムシフトに直面してきている。戦後、娯楽の中心が映画から(地上波)テレビに移り変わる1960年代に芸能プロダクションとメディアの関係が構築され、それが60年近く続いてきた。

 「芸能界・20世紀レジーム」と呼べるその状況は、インターネットメディアが浸透してきた21世紀になっても無理やり続けられた。レコード会社は複製防止のためにコピーコントロールCDを販売し(2002~04年)、テレビ局はIT企業からの買収・提携を頑なに拒み(2005~09年)、そしてジャニーズ事務所をはじめとする芸能プロダクションはそうしたレガシーメディアの動向を左右する強い影響を与え続けた。

 結果、日本はグローバルマーケットへの進出に大きく出遅れた。音楽や映像など、経済学における情報財に相当するコンテンツは、ITによってグローバルな流通性を高めるようになる。良し悪しはともかく、21世紀のエンタテインメントのグローバル化は不可避だった。

 そのことをよく理解していたのは、韓国のエンタテインメント企業だ。BTSや映画『パラサイト 半地下の家族』、ドラマ『愛の不時着』などが全世界的にヒットしていることはもはや説明の必要もないだろう。

 それに対して、日本の芸能界やエンタテインメント企業は、眼前のドメスティックなマーケットの護持ばかりを考え、未来への想像力を持っていなかった。メディアの未来への想像力もなければ、自らが扱う財についての経済学的な知力も欠けていた。結果、韓国との差がどんどん開いている状況だ。

筆者作成。
筆者作成。

本当にSMAP解散は必要だったのか

 日本の「芸能界・20世紀レジーム」は終わりに向かいつつある。SMAPの解散は、マクロに見れば今後も続く大きな体制変化の初期段階に生じた現象だったと捉えられる。

 だが、それから5年経ったいまだからこそ、あらためて問わなければならないこともある。本当にあのSMAP解散は必要だったのか、ということだ。

 なぜ芸能界は、公正取引委員会の監視の前に自浄できなかったのか──。

 なぜテレビ局は、“芸能界の掟”に従った忖度をやめられなかったのか──。

 なぜレコード会社とオリコンは、CDセールスとそのランキングに固執したのか──。

 焼け野原が広がる前に、この5年間を検証する時期に来ている。SMAPの解散を歴史の彼方に置き去りにするのではなく、いまこそその清算と反省が必要ではないか。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】