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「ヨーロッパ人は米軍に守られるのに慣れてしまった」在欧米軍の戦略:欧と米は分離してゆくのか 後編1

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
2009年オバマ政権誕生で海兵隊出身で初めて在欧米軍のトップに立ったジョーンズ氏(写真:ロイター/アフロ)

「欧」と「米」は分離してゆくのかーーこのテーマでは、最後に2つの大変興味深いインタビューを紹介したいと思う。

ほとんどの読者は忘れていると思うが、このシリーズは、前編と中編を書いたのに、まだ後編を書いていない。すみません。

前編 「欧」と「米」は分離してゆくのか:欧州独自の軍事路線「欧州介入イニシアチブ」にトランプの反応は

中編 「欧」と「米」は分離してゆくのか:欧州の問題。将来EU軍で自立したいのかとPESCOを巡る議論

後編は、2本のインタビューの紹介を1本の記事にまとめて書くつもりだったのだが、あまりにも長くなったので、後編を2つに分けることにした。

今回の後編1つ目は、ニコル・グネゾット氏のインタビューである。彼女は、欧州安全保障研究所の所長を務めた人物だ。

欧州連合(EU)の軍事に関するポジションと、ヨーロッパ人の気持ちを、歴史もまじえながら的確に説明しているので、ぜひ日本の読者に紹介したい。

インタビューは2016年6月、英国がEUを離脱するかを決める国民投票(6月23日)が行われる前に「ル・モンド」に発表されたものである。やや古いが、内容にまったく遜色はない。

記事の後半では、在欧米軍について、アメリカの立場から解説を加えていく。

米軍に守られてきて、戦略がない状態の欧州

Q 欧州理事会が、英国の国民投票の結果が出たあとの7月1日にブリュッセルで予定されています。防衛問題はどのような文脈で扱われるのでしょうか。

この会議の内容は、6月23日のブレグジットの結果によるでしょう。英国が欧州を離脱するなら、閣僚はこの離脱の結果に焦点を当てるので、安全保障問題には取り組まないでしょう。英国がEUに留まれば、違うものになるでしょう。しかし、そのことで(欧州の防衛問題に)変化があるわけではありません。脅威が増せば増すほど、欧州は無力であることを見せています。

もちろん、経済危機の影響は、この矛盾を部分的に説明しています。(加盟国の)政府は、教育や健康の予算よりも、防衛予算を減らすことを好みます。しかし、この麻痺の根本的な理由は、米国との関係です。

60年もの間、ヨーロッパ人はNATO(北大西洋条約機構)を通じて、アメリカ人に守られるのに慣れてきました。防衛と安全保障の問題をアメリカ人に委任したのです。しかし、オバマ大統領は欧州を振り返らずアジアに注目しているので、ヨーロッパ人は奪われて貧しくなったと感じているのです。私は、NATOがヨーロッパ人の戦略的な無責任化(無力化とも訳せる)に役割を果たしたと思っています。

Q しかし、防衛分野では(欧州では)多くの取り組みが行われています。

過去15年間、EUは、バルカンや中東、アフリカにおいて、外部介入のための共通の安全保障・防衛政策の胚芽を、実際につくってきました。しかしこれらの手段は、ヨーロッパを脅かす新たな危険に直面して、時代遅れになっています。現実とずれが生じています。ロシアから始まっているのです。ウラディミール・プーチンが、確立されたヨーロッパの秩序に疑問を抱き、ウクライナの国境を攻撃し、おそらく明日は他の国を攻撃するかもしれません。我々は、モスクワに欧州の部隊を送るつもりはありません。そして、NATOこそが、これらの緊張に最も対応できると認識されています。

レヴァント地域(地中海の東の地域)のダーイッシュ(イスラム国)とハイパーテロリズムに関して、欧州の外部介入能力で、一体何ができるのでしょうか。地上のあらゆる介入は、米国が率いる空軍の同盟の利益のために、禁止されています。テロとの戦いについては、ここでもヨーロッパの防衛は無力であり、加盟国の領土において能力がありません。このすべてが一般的な低迷を説明しています。

Q どのような道があるのでしょうか。

欧州は2つの理由から、戦略がない状態には長く留まることができません。

まず、加盟国が反応せざるを得ない、アジアに対するアメリカの政策の進化です。何十年にもわたって米国は、NATOを弱める恐れのある欧州防衛を設立するすべてのイニシアチブに、ブレーキをかけてきました。今は反対です。アメリカはもっとヨーロッパを求めています。

非戦略的と判断されたオペレーションからの脱却を望んでいたオバマ大統領の下で、シフトが起こりました。それはウクライナからバルカンまで、中東とサヘル(サハラ砂漠南縁部)へと渡っています。ここでもやはり、状況は逆説的です。この欧州の防衛の要求(需要)は、米国から来るよりも、ヨーロッパから来る方が少ないのです。

2番目の理由は政治です。安全保障は、繁栄と同じように、欧州市民の優先事項となっています。首脳たちは、市民に迅速な回答をしなければなりません。

Q EUの誰が防衛政策を支えていますか。

欧州委員会は、彼らの特権ではないものの、防衛政策に数年来関心を持っています。加盟国をより組織化することを望んでおり、共通の産業基盤を強化するための複数のイニシアチブを開始しました。例えば、研究基金、民間資金と軍事資金の両方の技術の資金提供です。

政治プランについては、すべての加盟国のうち、フランスは唯一自発的に行っている国であり、ドイツの支援を受けています。もしフランスがこの野望を放棄した場合、誰もトーチを受け継がないでしょう(トーチとは、聖火ランナーが持っているような、たいまつのこと)。このように、英国民投票の問題がどうであれ、欧州の防衛が建設されることを示すために、今後数週間、フランスとドイツがイニシアチブを取ることは良いことだと思います。(終わり)

冷戦後のアメリカの戦略

上記のインタビューを読むと、欧州は大変日本と似ている道を歩んできたことがわかる。人々の気持ちも同じに見える。

やはり、アメリカの戦略や意図を知ることが、必要不可欠であるので、以下に解説をする。

世界に約200カ国の国があると言えども、平時からほぼ世界全域に部隊を展開させている国家は、世界でもアメリカのみである。

冷戦期にはアメリカは、欧州については西欧諸国を防衛することが主な関心だった。

しかし冷戦後、大きく戦略は変わった。ヨーロッパの外、特に中東、アフリカ、中央アジアというNATO域外の活動を、新しい任務と位置付けたのだ。そしてアメリカの足場を、西欧から東欧の新規NATO加盟国へと広げる米軍再編も行われた。

2005年にジェームズ・L・ジョーンズ在欧米軍最高司令官は、在欧米軍は「黒海、コーカサス、レヴァント、アフリカへの移動の自由と、(それを可能とするための)新しい施設へのアクセスを求めている」と述べた。

テロ対策と資源

理由は二つある。

まず、これらの地域が対テロ戦の「戦場」となっていること。中東・中央アジアは欧州軍の担任地域ではないが、欧州南東部に基地を配置すれば、中東・中央アジアへのアクセスも容易になる。

一方、アフリカは、欧州軍の担任地域内に存在する「戦場」である。米国はアフリカの破綻国家がテロリストの聖域となることを警戒しており、欧州軍も近年はアフリカ重視の姿勢を強めている。ジョーンズ最高司令官は、「アフリカの安全保障問題は、米国本土の安全に直接的な影響を与え続けるだろう」と主張し、「欧州軍」は実際には「欧州・アフリカ軍」と呼ばれるべきだと語っていた。

もう一つは、天然資源の確保である。資源へのアクセスと対テロ戦は密接に連関している。

2004年に、C.ウォルト欧州軍副司令官は、アフリカやカスピ海沿岸で、「石油ルートに沿って」効率的なプレゼンスを確保することが重要だと指摘した。そして、副司令官は、米国が石油輸入量の約15%を依存するナイジェリア等のギニア湾沿岸諸国や、現在米国の支援により建設中のアゼルバイジャンからトルコへと向かう、石油及び天然ガスのパイプライン等を重視すべきだとしていた。

所有から遠征へ

ジョーンズ最高司令官は、2003年から2006年まで在欧米軍のトップだったが、この職では初めての海兵隊出身だった。

それまでは、伝統的に陸軍出身者がこのポストに就くことが慣例になっていた(たまに空軍出身者あり)。海兵隊は、従来より遠征作戦や即応展開能力を重視してきた組織である。

このことは、もはや陸軍が欧州軍を「所有」しているのではなくなったこと、そして欧州軍がこれまで重視してきた地上戦の重要性は低下し、遠征戦争・平和維持・平和執行作戦へと道を譲ったことが明らかになったと、評されたという。

このころ、欧州に配備される部隊は、機動力に富んだ遠征作戦可能な部隊となるとされた。このことは、海外に前方展開された米軍の任務が、劇的に変化することを意味した。

冷戦期における在欧米軍の主力は在独米軍であり、その任務は前方展開された場所 (西ドイツ) を防衛することであった。

しかし今後は、前方展開された場所ではなく、そこからさらに紛争地 (中東、中央アジア、アフリカ) へと移動して作戦を遂行することが任務となったのだ。

ちなみにジョーンズ氏は、2009年オバマ政権の発足で、国家安全保障問題担当大統領補佐官に就任、2年弱の間この地位にあった。

国防費削減の問題

一方で、国防費削減は、ブッシュ政権時代から大きな課題だった。

この問題はオバマ政権にも引き継がれ、特にリーマンショック以降は、大規模な国防費の削減を余儀なくされた。

2012年1月の国防戦略ガイタンスにおいて、アジア太平洋と中東における前方展開態勢の強化に、資源を重点的に振り向けることを決定した。この余波で、在欧米軍の兵力は縮小されることになったのだ。

しかし、2014年3月のロシアによるクリミア併合が状況を変えた。クリミア併合後は一転して、ロシアという近代的軍備を備えた大国への対処を目的とする在欧米軍の質的・量的増強か目指されることになった。

ロシアによるクリミア併合の後

クリミア併合以前のブッシュ政権の関心は、対テロ戦とイラク及びアフガニスタンでの戦争に集中しており、それらを遂行するためにも米国はロシアからの協力を必要としていた。そのため、ブッシュ政権は、ロシアを脅威ではなく、むしろパートナーと位置付けていた。

しかし、クリミア併合の後は、ロシアと国境を接するバルト諸国や、ポーランド、ルーマニア、ブルガリアなどの東欧諸国は、米軍とNATO軍のコミットメント強化を強く求めた。例えば、2015年5月にバルト3国は、旅団規模の部隊を自国領内に展開するよう求める書簡をNATOに送付している。

こうした状況を踏まえ、オバマ政権は、2014年6月に「欧州安心供与イニシアチブ」(ERI:European Reassurance Initiative)の開始を正式に決定した(現在は、欧州抑止イニシアチブ:European Deterrence Initiativeとなっている)。

「欧州安心供与イニシアチブ」の枠組みで米軍が行っている実際の活動は、「大西洋の決意作戦」(Operation Atlantic Resolve)と呼ばれている。

この作戦で米軍は、米本土や西欧に配備されている部隊を継続的に欧州東部にローテーション展開し、ポーランド、ルーマニア、ブルガリア、バルト3国、セルビア、モルドバ、ウクライナ、ジョージア、バルト海、黒海などで、各国と合同演習・訓練を頻繁に実施している。

さらに2014年9月NATO諸国は、ウェールズ・サミットにおいて、NATO周縁部における安全保障環境の変化に即応するための措置として、「即応能力行動計画」(RAP:Readiness Action Plan)を開始することに合意した。これは、ロシアだけではなく、中東や北アフリカからの脅威にも対応するものと位置付けられている。

ロシアと戦争をするわけではないが

上記の在欧米軍の記述は、福田毅氏(国立国会図書館調査及び立法考査局 外交防衛課)によって書かれた、主に2つの論文「在欧米軍の現状と再編の動向」(2005年)、「2000年代以降の在欧米軍再編の動向 ―ロシアによるクリミア併合後の態勢強化を中心に―」(2017年)から引用しながら、まとめたものである。

氏は後者の論文の最後に、以下のように意見を述べている。

「とはいえ、クリミア併合後の在欧米軍再編は、ロシアの行動をきっかけとして、半ば反射的に開始されたものである。プレゼンスの強化は、主として常駐ではなくローテーション展開により行われているため、方針転換も容易てある。NATO諸国も、ロシアとの戦争が現実に差し迫っていると考えているわけではなく、在欧米軍の兵力構成や配置は、対露関係の行く末により左右されるであろう。

一方で、テロリストや武装勢力との戦いを10年以上の長きにわたって遂行してきた米軍にとって、中露のような軍事大国による挑発的行動に対抗できる態勢の再構築は、極めて重要な課題となっている。そのため、近代的軍隊との戦闘に備えた態勢の整備という基本方針は、今後も維持されると思われる」。

後編2に続く

筆者はアメリカや軍事の専門家ではないので、氏の論文は大変ありがたかった。欧州も日本と大変似ていて、アメリカの戦略や動向がわからないと、全体像がぼやけてしまう。

また、EUの立場から見ると、東と西の違いが、欧州防衛問題で大きな課題となっていることも浮き彫りになっている。

EUや欧州がどのように反応して動いていくのか、それがどういう意味があるのか、メディア上ではあまり見かけないので、筆者では力不足なのは承知しているが、今後もこの欄で紹介していきたいと思っている。

最後に一言。日本も欧州も、戦後は「アメリカの合わせ鏡」のような歴史を歩んできた。軍事面でも経済面でも政治面でも、である。それなのに、両者は、アメリカよりも先に、大規模な経済連携協定を実現させたのだから、改めて驚いてしまう。

アメリカとの関係に影響を及ぼすに決まっているが、それはどういう形をとって現れるのだろうか。経済だけのものになるのか、それとも軍事までも含むような広範囲のものになるのか。影響は非常に大きなものとなるのだろうか、それとも、結局は大したことはなかった、という結果になるのだろうか。

※このシリーズは、以下の「後編2」で完結しています。

後編2:フランスは空を、ドイツは陸を牽引:パルリ仏国防相インタビュー紹介:欧と米は分離してゆくのか

◎以前のシリーズ

EUが軍事・防衛の行動計画で大幅に進展(1)ーー軍事モビリティ計画とPESCOのロードマップ

5000億ユーロの「コアネットワーク回廊計画」が軍事にー(2)EUが軍事・防衛の行動計画で大幅に進展

トランプ大統領とNATOー欧州連合の自立のせめぎ合い (3)EUが軍事・防衛の行動計画で大幅に進展

EU(欧州連合)「防衛同盟」への道:防衛パッケージ計画の背景(4)EUが軍事の行動計画で大幅に進展

◎PESCOの初出。2017年末と2018年初めの記事

参照記事:EU(欧州連合)&ヨーロッパ観察者が見る2017年のニュース・トップ3ー2018年への道(1位を参照)

参照記事:2018年、EU(欧州連合)27カ国はヨーロッパの近未来を決める年となる。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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