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5000億ユーロの「コアネットワーク回廊計画」が軍事にー(2)EUが軍事・防衛の行動計画で大幅に進展

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
3月28日に記者会見をするブルク運輸担当委員。欧州委員会の公開ビデオより

欧州委員会が、3月28日に、防衛(軍事)能力を強化するために、EU加盟国間の「軍事モビリティ(可動性)」を改善する計画を発表したことは、前記事に書いた。

(1)EUが軍事・防衛の行動計画で大幅に進展ーー軍事モビリティ計画とPESCOのロードマップ

モゲリーニ外務担当大臣(委員)の言うことはあまりにも外交官的すぎて、何が言いたいのかよくわからなかったと思う。

ヴィオレット・ブルク運輸担当大臣(委員)は、3月28日の記者会見で、もう少しわかりやすく、具体的に述べている。

彼女は何度も、この計画はEUの防衛(軍事)計画の一部であり、NATO(北大西洋条約機構)ではないという趣旨の発言を繰り返した。

これは、記者たちから何度も「EU加盟国で中立を宣言している国の立場」について聞かれたからだ。

よくまとまった記事をみつけたので、以下に抜粋して翻訳したものを紹介する。

EU Observerという、ブリュッセルにあるネットメディアの記事である。

ロシアによるクリミア併合以降

ロシアのクリミア侵攻後、2014年にアメリカとNATOによって、自国の領土内で、そしてその領土を越えて軍隊を移動させるヨーロッパの能力についての議論が開始された。

ヴィオレット・ブルク運輸担当大臣(委員)は記者会見で、「我々はすぐに軍隊(部隊)を配備できるようにしなければならない」と述べ、この計画は「2025年までに本格的な防衛連合を創設するのに向けた非常に現実的なステップの1つ」と付け加えた。

脅威に対抗してヨーロッパ内で軍隊を移動させる必要性について「それは決して起こらないことを本当に願っている」と彼女は語った。

「しかし、私は驚きたくない」「ものごとを活性化する必要がある場合に備えて、このことを保証しようとしているのです」。

この計画の下で、欧州委員会、加盟国および欧州防衛機関は、必要なインフラの定義を含む軍事的要件を定義し、それらが現在の規則にどのように適合するかを特定する。

来年末までに、民間輸送と軍事輸送の両方に使用できるインフラを改善するための「デュアル・ユース(dual-use、二重使用)」プロジェクトのリストを作成することが目的である。

5000億ユーロの「コアネットワーク回廊計画」が軍事に?

昨年実施されたパイロット分析では、道路橋や鉄道の基準が加盟国によって異なることが示された。例えば、一部の橋では、特大または過重の軍用車両をサポートできず、一部のレールは積載能力が不十分だった。

軍事インフラの更新に向けた取り組みは、2030年までに東西南北の9つの「コアネットワーク回廊(core network corridors)」をつくるという進行中の計画の一部である。

ブルク氏は、回廊を完成させるためには5000億ユーロが必要であるが、軍事的要件に適応させるための追加コストは、依然として、今後特定されるニーズ次第であると指摘した。

「現時点では、いくらになるのかはわかりません」 「すべての加盟国が一緒に働いているので、どこまで、どのくらい深く行くかは、加盟国が決定するでしょう」と述べた。

インフラ整備に加えて、欧州委員会は、税関や付加価値税の申告や、危険物の輸送の許可などの行政手続を簡素化する計画もある。

「われわれは断片化している国のルールを調和させることを検討している」、そして「少なくとも300億ユーロの機会費用を生み出している」と指摘した。

(引用翻訳終わり)

なし崩しで軍事へ??

しかし、本当にいつから、この計画は軍事に関係するものになったのだろう。

鉄道整備など、市民の移動のため、経済のため、国境なき一つのヨーロッパをつくる政策と思っていたのだけど。

最初から戦車を走らせるためだったのだろうか、途中で変わった(付け加えられた)のか(変わったのは今この時??)。筆者の認識が不足していただけなのか。

恐ろしい・・・。

下は、コアネットワーク回廊の図である(欧州委員会の資料より)。

画像

PESCOとの関係は?

前の記事で紹介したように、EUでは昨年12月にPESCO(常設軍事協力枠組み)というものが誕生している。

そして、この「軍事モビリティ行動計画」の発表と同じ3月に、PESCOの行程表(ロードマップ)が発表されている。

軍事モビリティ計画は、最初に実現を目標にしたPESCOの17項目の一つである。

しかし、EUとしては、PESCOも、2025年までに創設しようとしている「欧州防衛連合」も、「NATOを補完するもの」という姿勢を崩していない。実際は、欧州軍の独立への意志がちらちら見え隠れしているとしても、である。

これはまずいのではないだろうか。「EU加盟国で中立を宣言している国の立場」がなくなってしまう。だからブルク運輸担当大臣(委員)は「軍事モビリティ計画は欧州の防衛計画の一部だ」と弁明に必死であった。

なんだか言い訳だらけである。

筆者に言わせると、軍事モビリティ計画が「NATOではなくて、欧州の防衛計画の一部」というのなら、そのほうがまずいんじゃないかと思うのだが。あれほど何かにつけ「欧州の防衛・軍事は、NATOと共にあります」と言っているのだから。

本音が出ている

しかし、公式文書「DEFENDING EUROPE」を見てみるとーー。

「軍事モビリティに関する行動計画では、いくつかの分野における具体的な措置を通じて、これらの障壁に取り組み、軍の移動を促進することを目指す。 そして、NATOのような関連するアクターと完全に相互補完的であり、PESCOの下での努力と協調しながら目指す」と書いてあった。

苦しい言い訳がほころびを見せて、本音がはっきり書かれているという印象である。

これもそれも、「アメリカから独立したい」「離れられない」「離れたくない」という、複雑なヨーロッパ人の気持ちの表れなのだろう・・・まるで日本人みたいだと思うのは、筆者だけだろうか。

この矛盾と言い訳を追求するジャーナリズムは、まだ欧州にも育っていないようである。問題視している記事は、中立を保っている国のメディアの中にはあるのかもしれない。しかし、おそらく専門家レベルや高度なインテリ層が読むたぐいのものではないかと思う。

いや、それより何より、筆者が声を大にして聞きたいのは「そもそもこの回廊計画は軍事目的だったのか?」ということである。上記に掲げたルートで、欧州大陸中を戦車や軍隊が自由に動き回るの日が来るというのか。そのために50兆円以上もかけてこの回廊計画をつくったというのだろうか。なんて恐ろしい・・・。

次稿以降では、アメリカの思惑やNATOとの関連などを書いていく予定である。

続く

※このシリーズは完結していて、続編とも言えるもう一つのシリーズも完結しています。

トランプ大統領とNATOー欧州連合の自立のせめぎ合い (3)EUが軍事・防衛の行動計画で大幅に進展

EU(欧州連合)「防衛同盟」への道:防衛パッケージ計画の背景(4)EUが軍事の行動計画で大幅に進展

◎もう一つのシリーズ

前編:「欧」と「米」は分離してゆくのか :欧州独自の軍事路線「欧州介入イニシアチブ」にトランプの反応は

中編:「欧」と「米」は分離してゆくのか :欧州の問題。将来EU軍で自立したいのかとPESCOを巡る議論

後編1:「ヨーロッパ人は米軍に守られるのに慣れてしまった」在欧米軍の戦略:欧と米は分離してゆくのか 後編1

フランスは空を、ドイツは陸を牽引:パルリ仏国防相インタビュー紹介:欧と米は分離してゆくのか 後編2

◎PESCO初出。2017年末から2018年初めの記事

EU(欧州連合)&ヨーロッパ観察者が見る2017年のニュース・トップ3ー2018年への道

2018年、EU(欧州連合)27カ国はヨーロッパの近未来を決める年となる。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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