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2018年、EU(欧州連合)27カ国はヨーロッパの近未来を決める年となる。

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
2017年9月、フランス・ストラスブールの欧州議会で一般教書演説を行うユンケル氏(写真:ロイター/アフロ)

今年はEU(欧州連合)の大きな節目の年になる。

ブレグジットは大きな衝撃だったが、それを乗り越えて今後EU27カ国がどのように進むのか、どの道を選択するのか、決める年だからだ。いわばヨーロッパの近未来を決める、決断の年だ。

本来なら、昨年2017年12月に決定する予定だったのだが、ブレグジット交渉が難航して遅れたせいもあって、延期された。決定は今年の6月予定とされている。

「雨降って地固まる」の様子になってきている欧州であるが、ユンケル(ユンカー)委員会は、どのような舵取りをするのだろうか。

欧州の未来を決める5つのシナリオ

英国が国民投票でEU離脱を選択したのは、2016年6月のことだった。

そのわずか3ヶ月後の9月、英国をのぞく27加盟国の首脳が、非公開の会議で集まった。場所は、当時EU理事会の議長国だったスロヴァキアの首都ブラチスラヴァである。「ブレグジットのショックに負けずに、結束を維持しよう」ということを確認するために集まったのだ。

そして今後重点をおく政策のロードマップ(行程表)案を、初めて示して協議した。

「ブラチスラヴァ・プロセス」と呼ばれている。

それから約半年後の翌年2017年3月、ユンケル(ユンカー)委員会は『欧州の将来に関する白書』を発表した。この中で、「5つのシナリオ」を示した。加盟国がEUの将来像を議論していくためのたたき台である。

5つのシナリオとは以下のとおり。

1) Carrying On(これまでどおり進める)

2) Nothing but the Single Market(単一市場のみ進める)

3) Those Who Want More Do More(希望する加盟国はさらに進める)

4) Doing Less More Efficiently(領域を絞り効率よく進める)

5) Doing Much More Together(さらに多くを共に進める)

ただしこれは五者択一ではなく、あくまで参考として示されたものだ。

上述したように、27加盟国がこれから進む道を決めるのが今年なのだ。どのような結果になるのだろうか。

筆者は「1) Carrying On(これまでどおり進める)」、つまり「現状維持」だと思うのだけど。

中欧・東欧からの厳しい波

今年のEU予測については、既に色々出ている。オーストリアやハンガリー、ポーランドの動向から、EUの先行きを不安視する声が主である。

代表的なものとして、以下に1月4日に放送されたNHKの報道を引用する。

「ヨーロッパの中部と東部の国々では、EU=ヨーロッパ連合が合意した難民政策の見直しを求めるなどEUが進める共通政策に批判的な政権が増えていて、ことしは加盟国間の対立が厳しさを増すとの見方も出ています。

中東欧では、ハンガリーやポーランドなどの政権が、EUが決めた難民の受け入れを各国で分担する政策に反発し、この政策の実行を求めるEUのヨーロッパ委員会との間で厳しく対立する事態となっています。

去年10月にはオーストリアでEUの難民政策の見直しを掲げる中道右派の政党が国民からの支持を集めて勝利し、極右政党との連立政権を設立させ、EUが進める共通政策に批判的な政権が増えています。

これらの国々は、政策の連携を進めて独自の難民政策を提案するなど、EUの中で存在感を高めつつあり、これまでフランスやドイツを中心に進められてきたEUの政策合意が一層困難になるとの見方も出ています。

難民政策だけでなく、ハンガリーなどがロシアに対する経済制裁の見直しを求めているほか、ポーランドは温室効果ガスの削減目標の見直しを訴えるなど、外交政策や環境政策でも既存の合意に異を唱えるケースが相次いでいます。

ここ数年、EUを引っ張ってきたドイツのメルケル首相の求心力の低下が指摘される中、ことしはイタリアやハンガリーで選挙が予定されEUの共通政策に批判的な政党が影響力を強めるとの見方もあり、今後、加盟国間の対立が厳しさを増すとの見方も出ています。」

「1つのヨーロッパ」とPESCOの重要性

今年のEUを予測する記事の中には、「反EU」とか、相も変わらず「EU崩壊」とまで書いてある記事がある。

でも、過剰に反応しないほうがいいのではと思うし、ましてや勘違いをしていはいけないと思う。

EU加盟国の首脳たちはこれから、「一つのヨーロッパ」として、大きな決断をしようとしているのだ。

EU脱退を考えている国など、一つもない。オーストリアのクルツ首相(なんと31歳!)は、極右との連立合意の後、「我々ははっきりと親欧州の方針で一致している」とはっきり記者会見で述べている。この点が重要なのだ。

首脳たちが話し合っているのは、移民問題だけではない。問題はたくさんある。ユーロ問題、EU域内の社会問題や教育問題・・・これらも難しい点はたくさんあるものの、合意に向けた話し合いで少しずつ進んでいる状態だ。移民問題は、そのうちの一つにすぎない。

特に強調したいのは、軍事・安全保障で新しい枠組みを作ることについて、新機構が発足したことだ。英語でPermanent Structured Cooperation = PESCO、「恒常的構造防衛協力」あるいは「常設軍事協力枠組み」などと訳される。

筆者はこれを2017年のEU関連ニュースの第1位に選んだ。

参考記事 EU&ヨーロッパ観察者が見る2017年のニュース・トップ3ー2018年への道

正式な開始は、ほんの1年前の2016年12月のことだった。「首脳たちは、ヨーロッパ人が安全保障に大きな責任を負わなければならないことに同意し、モゲリーニ上級代表(外務担当大臣)にPESCOを含む提案を提出するよう求めた」ことが始まりである。

予定通り事は進み、たったの1年で、昨年12月には25カ国の首脳たちはPESCOのスタートを祝っている(デンマークとマルタが未参加。英国のぞく)。

これはEUの本質を変えかねない、大課題である。しかしこの軍事・安全保障問題で、ほぼすべての加盟国は合意に至り、歩調がそろっている。この点は決して見逃してはならないと思う。

確かに、移民とテロ問題が最も難しいのは、疑いの余地がない。決して予断は許されない。でも、オーストリアもハンガリー等も、これからEUが共に行く道を決定してゆくのにあたって、自分たちの要求をEUの決定に組み入れようと、できる限りのデモンストレーションを行っているように筆者には見える。

「反EU」に対する疑問

実に不思議なのは、あの北朝鮮ですら「反国連」と呼ばれないのに、なぜEUの加盟国には簡単に「反EU」という言葉を使うのだろうか、ということだ。

北朝鮮は、どんなに非難されようとも、決して国連を脱退しようとしない。国連にいて、一応は話し合いの態勢をもっている。だから「反国連」と呼ばれないのだろう。

なのにどうして、EU加盟国には簡単に「反EU」と使うのか。EU離脱を唱える極右に使うのはわかるのだが。

今までは英国の問題があったが、結局今は、どの国もEU離脱など考えていない。「反EU」は3文字で便利ではあるし、市民の中には抜きがたいEU不信がある層があるので使う機会があるのは当然かなと思いつつも、これからの時代には使用は慎重になったほうがいいのではないかと感じる。

政権の交代と、多国間の関係

確かに、ある国の前政権が了承した内容でも、新政権には不満なことはある。韓国の従軍慰安婦問題のように。

しかし、二国間と多国間は異なる。

日韓のように二国間だと、問題が起きると直撃で、すぐにぎくしゃくしてしまいがちになる。

一方、多国間は違う。EUは27カ国(英国のぞく)の多国間組織である。多国間で決定したことになると、ひっくり返すのは難しい。となると、どうしても嫌なら脱退するしかなくなるのだ。

トランプ大統領がTPPを脱退したのは、世界一の超大国アメリカの力をもってしても、多国間で一度決めた内容を、自らの政権に都合のよい形に変更させるのはできないことを証明しているとも言える。英国のEU離脱も同じである。

同じことは、オーストリアやハンガリー等にも言える。

オーストリアは極右との連立政権になった。前政権が了承したEU政策が不満でも、27カ国の合意事項を、新政権に都合のよいようにひっくり返すのは無理である。

となると、選択肢は二つしかない。

中にとどまって話し合いに応じる。どのような手段もいとわないが、それは平和的な交渉の範囲であり、できるだけ自分の政権(国)に都合がよい合意内容・あるいは変更内容にもっていくように努力して交渉する。

それが嫌なら、EUを脱退する。

この2つしかないのだ。

果たしてEUを脱退する勇気(?)のある国はあるか。筆者はないと思う。それならEU内で力の限り交渉するしかない。

結局は交渉のためのデモンストレーション

今年は大統領選はチェコ、キプロス、フィンランド、アイルランド(ロシア)で、国政選挙はハンガリー、イタリア、ラトビア、ルクセンブルク、スロベニア、スウェーデンで行われる。

波乱含みではあるが、たとえ「反EU」と呼びたくなるような勢いのよい過激な言葉が出ようと、それは結局、EU内での交渉を有利に運ぶためのデモンストレーションであり、市民に対するパフォーマンスの域を出ないのではないかーーよほどの予期せぬ出来事が起こらない限りはーーと、筆者は思う。

あのユーロ危機時代の、ギリシャのチプラス首相を思い出してほしい。あれほどEU批判を繰り返し、ロシアに擦り寄り、派手なパフォーマンスをしたが、今でもしっかりEUの一員で、にっこり笑ってPESCO設立の席に連なっていたではないか(もっともチプラス首相は、一度もEUを離脱するとは言っていないという)。

27カ国はどのような結論を出すのだろうか。何かが一足飛びに進むことは決してないだろうが、ジャン=クロード・ユンケルという大物政治家のヨーロッパの舵取りは注目に価する。

そして、ギリシャ・ローマ時代から綿々と続くヨーロッパが、新たな時代のためにどのような結論を出すのだろうか。とてもエキサイティングな1年になりそうだ。

◎結末はどうなったのでしょうか。こちらに書きました。→ フランスは空を、ドイツは陸を牽引:パルリ仏国防相インタビュー紹介:欧と米は分離してゆくのか 後編2

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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