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「欧」と「米」は分離してゆくのか 前編:欧州独自の軍事路線「欧州介入イニシアチブ」にトランプの反応は

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
中心人物となった2人の国防大臣。右は独のフォンデアライエン、左は仏のパルリ(写真:ロイター/アフロ)

「欧米」。この言葉を今まで何度聞いたことだろう。ヤフーでこの語を検索すると、3100万件ヒットする。

いよいよ「欧」と「米」を一緒にできる時代が終わろうとしているのだろうか。

来たる7月11日と12日、北大西洋条約機構(NATO)の会議を前に、欧州の動きが慌ただしい。

独自の構想「欧州介入イニシアチブ」とは何か

6月25日、ルクセンブルクで、欧州9カ国の大臣が「欧州介入イニシアチブ」という新しい構想の創設に署名した。軍事作戦や、戦争中の国での避難を迅速に実施すること、災害時の支援を行うことが目的で、素早い行動ができることを強調している。

9カ国とは、フランス、ドイツ、ベルギー、デンマーク、オランダ、エストニア、スペイン、ポルトガル、そしてEUを離脱予定の英国である。

この構想は、NATOやアメリカから離れて、欧州独自の軍事行動を可能にする元になるものになるかもしれないのが、最大のポイントだ。実際、そういう意図をはっきりもっている人たちがいる。

しかし、そう簡単に参加国が一枚岩にはならないし、なれるわけがない。

日米同盟と同じくらい、それ以上に、欧米の関係は深い。「アメリカから離れて独立したい」「でも簡単に離れられない」「離れたくない」と複雑なのだ。日本人にはとても理解しやすい感情なのではないか。

大問題が2つ

大変微妙な大問題が2つある。

まず1番目の問題は、このイニシアチブは、公には「あくまでNATOを補完するもの」と主張している。かなり苦しく、欧州側の独立という「野心」はスケスケに見えていると思うのだが、そういう体裁にしようと思えばできないことはなさそうだ。

アメリカは、トランプ大統領は、果たして納得するのか。

次に2番目の問題は、これは果たしてEUの政策なのか否か。サインしたのは9カ国で、エストニア以外は西欧の国である。しかも、離脱予定の英国が入っている。

このイニシアチブはあくまで、昨年2017年に25加盟国でスタートした「PESCO(常設軍事協力枠組み)」の枠組みの中に留まるとしている(PESCOはデンマークとマルタが未参加)。このことはドイツの強い主張だった。

しかし、そもそもPESCOはそういう種類のものだったのかーーといっても、ほとんどの読者には何のことだかわからないと思う。このことは詳しく、続きの中編に書く予定である。また、昨年に書いた以下の過去記事も参照にしていただきたい。

「PESCOとは何か」の参照記事:EU(欧州連合)&ヨーロッパ観察者が見る2017年のニュース・トップ3ー2018年への道(1位参照)

今回の「前編」では、1番目の問題、NATOとの関係について書こうと思う。

もともと、欧州とアメリカの関係は変化しつつあった。そこにあのトランプ大統領が現れて、欧州のアメリカ離れを加速させているようだ。

軍事だけではなく民事も

AFP通信によると、6月25日、ルクセンブルクで署名したのは9カ国だったが、条件を満たせば他の国も参加可能だという。

「我々は、もしもの時に、介入する軍事能力と、政治的意志がある国々の間で、みんなで決断したときに協力を発展させていきたいのです。シナリオは様々で、軍事だけでなく民事も含まれます」と、フランスの国防大臣フローランス・パルリは説明した。

「欧州介入イニシアチブを指し示すのに、ひとつの力(部隊とも訳せる)を話すことはできません。なぜなら、この用語は、厳密には軍事的すぎる意味合いがあるからです。そのスペクトルは、はるかに開いているのですが」と彼女はAFP通信に答えた。

例として、パルリ国防大臣は、2017年9月に西インド諸島にあるアンティル諸島に、Irmaハリケーンが通過した後に、英国とオランダが介入を進めた件を引用した、とAFP通信は伝える。

よくわからない物言いだが、要するに「そんなにこのイニシアチブを軍事と捉えないでください。民事もあるんですよ。災害救助だってやるんですよ。そちらこそ、とても重要なんですから」と言いたいのだと思う。

なんだか日本の自衛隊の海外派遣の議論に似ている感じがする・・・。

フランスが主導して実現

このイニシアチブは、フランスのマクロン大統領が、ヨーロッパの防衛を強めるために望んだものだ。

構想は昨年2017年9月、ソルボンヌ大学大講堂で、マクロン大統領が初めてEUに関して行った演説「ヨーロッパのためのイニシアティブ」で述べられている。

(私事で恐縮だが、筆者はこの演説会に参加できる切符を手にしていたのに、某仏官庁の仕事がある日で行けなかった。とても残念・・・)

参照記事:マクロン大統領がヨーロッパのためのイニシアティブを発表(在日フランス大使館サイト)

EUの中で、国単位で見るとしたら、EU軍の独立を推進したがっているのは、フランスのマクロン大統領である。

フランスは単独で行動する傾向がある。もともと自律のためにNATOを脱退していたことのある国である。そういう国が、この欧州の構想で主導権をとっていることは、覚えておく必要があると思う。

「フランスはもはや単独で行動できないことになるが、他のEU加盟国や、非加盟国と共に行動することになる」とフランス国防大臣は述べた。

例をあげると、最近では2013年のマリで展開された「セルヴァル作戦」がある。テロリストを排除するという目的で、イスラム系武装組織に対し行われた攻撃だ。

9月にパリで、「欧州介入イニシアチブ」について総司令部が集まる初会合が開かれる。

イタリアが入っていない

参加9カ国を見て、イタリアが入っていないことに気づいた方もいるだろう。

10番目の国、イタリアは合意はしたものの、最終的な決断はされていない。「新しい政府は、すべての選択肢を検討するのに、もう少し時間を要する」と説明した。資金よりもフォームの問題だという。

イタリアではほとんど極右の政権になっているので、合意には時間がかかるかもしれない。

しかし・・・極右政権は、本質が左派のEUの結束にとっては異分子のはずなのだ。極右政権に対して「EU市民の連帯のために妥協するべきだ」と説得するなら今までのEUらしいが、「軍事のために妥協しろ」と説得することになるとは・・・。EUの極右なんて、軍事構想が出てくると、途端にヤワになる程度のものなのだろうか。今後に注目したい。

それにしても、しつこく書いているが、日本ではEUの本質が伝わる前に、本質が変わってしまいそうである。

今に始まったことではないが

ただ、ル・モンド紙によると、このような「グループでの介入」構想は初めてのものではないという。

NATOは2015年に「the Very High Readiness Joint Task Force (VJTF)」と呼ばれる2万5000人からなる迅速な対応ができる部隊をつくった。EUは、15年ほど前にヨーロッパの戦闘集団、「バトル・グループ」(欧州連合戦闘群)を創設したが、一度も展開されていない。

ヨーロッパは既に軍事力を強化し、軍隊間の相互運用性を高めるという野心を持っていたのだという。

しかし、ヨーロッパの防衛プロジェクトが効果的に復活したことと、ヨーロッパの安全保障はヨーロッパ人がもっと良く担うべきだというアメリカの圧力のために、政治的背景が変わった、と同紙は説明している。

「あくまでNATOの補完」と主張

AFPの記事によると、フランス国防大臣は「われわれは、もっと自分たちの安全保障を確かなものにするのに適した、ひとつのヨーロッパを望んでいる」と述べた。

そしてこのイニシアチブは、NATOとの「相互の補完性」を望んでいるという。 「ヨーロッパは、アメリカ大統領が、同盟の円滑な運営を確保するために求めていることに対して、具体的な貢献をしている」と。

しかし、「(欧州における米国のコミットメントについて)「起こりそうな疑い」に直面したために、ヨーロッパ人は強くなければならず、ますます主権と保護を確かなものにする必要がある」と付け加えた。 パルリ国防大臣は、他の8つのメンバーは同じ思いでいると確信していると述べた。

つまり、ル・モンドの記事とAFPの記事をまとめると「確かにヨーロッパには野心はありました」「でも、これは防衛です。ヨーロッパは自らの手で防衛する必要があるのです」「トランプ大統領の態度のせいでこうなったんです」「NATOをないがしろにするなんて、とんでもない!」と言いたいようだ。

在韓米軍の問題が取り沙汰されるようになり、遠くない将来、日本も同じ文脈のことを言うんじゃないか・・・と感じた。

NATO事務総長はどう反応したか

NATO事務総長のイェンス・ストルテンベルグは、議論のためにルクセンブルクにいた。

氏はノルウェー人である。労働党出身だ。ノルウェーはNATOには入っているが、EUには入っていない(ただしシェンゲン協定など、数々のEUのプログラムには参加している)。

ル・モンド紙によると、大臣たちはストルテンベルグ事務総長に対して、このイニシアチブのプロジェクトの草案が、アメリカ政府の要求する「負担の分担」に属していると納得させることを、同日25日に試みたという。他のEUの軍事関連プロジェクトも同様である。

ストルテンベルグの答えはどうだったのか。「彼は、ヨーロッパ人が取ったこのイニシアチブは、本物の非常に具体的な貢献であることを認めました」とパルリ国防大臣は答えたという。

7月11日と12日の大西洋同盟の首脳会談で、トランプ大統領はどのように回答するだろうか。

ル・モンド紙は「アメリカの確認を待っている」と穏やかに記事をまとめているが、あのトランプ大統領のことだから、周りや報道官が言ったことはあまり当てにならない。首脳たちは不安に包まれながら会談を待っていることだろう。

山積みの問題は、次章へ続く

※このシリーズは完結しています。以前に書いた別のシリーズもあります。

中編:「欧」と「米」は分離してゆくのか :欧州の問題。将来EU軍で自立したいのかとPESCOを巡る議論

後編1:「ヨーロッパ人は米軍に守られるのに慣れてしまった」在欧米軍の戦略:欧と米は分離してゆくのか

後編2:フランスは空を、ドイツは陸を牽引:パルリ仏国防相インタビュー紹介:欧と米は分離してゆくのか

◎以前に書いたシリーズ

EUが軍事・防衛の行動計画で大幅に進展(1)ーー軍事モビリティ計画とPESCOのロードマップ

5000億ユーロの「コアネットワーク回廊計画」が軍事にー(2)EUが軍事・防衛の行動計画で大幅に進展

トランプ大統領とNATOー欧州連合の自立のせめぎ合い (3)EUが軍事・防衛の行動計画で大幅に進展

EU(欧州連合)「防衛同盟」への道:防衛パッケージ計画の背景(4)EUが軍事の行動計画で大幅に進展

◎PESCOの初出。2017年末と2018年初めの記事

参照記事:EU(欧州連合)&ヨーロッパ観察者が見る2017年のニュース・トップ3ー2018年への道(1位を参照)

参照記事:2018年、EU(欧州連合)27カ国はヨーロッパの近未来を決める年となる。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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