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「欧」と「米」は分離してゆくのか 中編:欧州の問題。将来EU軍で自立したいのかとPESCOを巡る議論

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
2017年末PESCO創設宣言の撮影後、欧州諸国の軍人に挨拶するマクロン仏大統領(写真:ロイター/アフロ)

前回の続きである。

6月25日に欧州9カ国が署名した「欧州介入イニシアチブ」。

北大西洋条約機構(NATO)やアメリカから離れて、欧州独自の軍事行動を可能にする元になるかもしれないのが、最大のポイントだ。

前回は、欧州独自路線とNATOの間で揺れ動く欧州の姿を紹介した。

参照記事:「欧」と「米」は分離してゆくのか 前編:欧州独自の軍事路線「欧州介入イニシアチブ」にトランプの反応は

今回は、欧州内部における問題を解説したい。

果たしてこれはEUの枠組みなのか否か。そしてどのような問題が起きているのか。

今は大揺れに揺れているが、遠い遠い将来この問題が解決したとき、欧州(EU)は世界で巨大な力、もしかしたらアメリカと肩を並べる程の力をもつ可能性があるのではと思っている。

逃げられない自分への問い

「欧州介入イニシアチブ」は、9カ国が参加している。9カ国とは、フランス、ドイツ、ベルギー、デンマーク、オランダ、スペイン、ポルトガル、エストニア、そしてEUを離脱予定の英国である。

この「イニシアチブ」の問題は、欧州が「自分たちはどうしたいのか」という問いを突きつけられていることを示している。

アメリカ・NATOとの問題は、「アメリカから離れて自立したい」「いや、離れられない」「離れたくない」という気持ちの揺れであった。そこでは「でも軍事だけの問題じゃない。経済問題だってある」とか「アメリカの政権が変われば」などの他の要素が入ることができた。

でも、時代の変化は「自分たちは強い軍をもって、自由に軍事力を行使したいのか」という、逃げられない自分への問いかけを要請しようとしている。

このような悩みは、日本と驚くほど似ている。欧州も日本も、大戦後ずっとアメリカに依存して平和を享受してきたからだろう(東欧は冷戦崩壊後)。

ただ、日本と違って、欧州には欧州連合(EU)がある。今回の中編と後編では、そこを説明していきたい。

問題の焦点PESCOとは何か

この「欧州介入イニシアチブ」で問題の焦点になったのは、PESCO(ペスコ)であった。

なぜなら「イニシアチブをPESCOの一環にしたい」と主張するドイツと、「イニシアチブは独立したものにしたい」と望んだフランスで、意見が対立したからだ。

結局、ドイツの主張を受け入れて、「イニシアチブはPESCOの一環」ということになったのだが。

「PESCOって何?」と誰もが思うだろう。

PESCOとは「常設防衛協力枠組み」というものだ。英語のPermanent structured cooperation on defenceの略語である。

昨年2017年12月に、EUの25カ国で創設宣言をした。デンマークとマルタが入っておらず、英国は離脱予定なので加盟資格がない。

EUの中には、奇々怪々なほどたくさんの防衛・軍に関する組織がある。複雑すぎて、見ているだけで嫌になる程だ。

そんな中で、PESCOは違う、別枠扱いしていいものだ。今までのものとは頭を一つ飛び越えた、特別な存在だと解釈して良いと思う。

モゲリーニ上級代表(EU外務大臣に相当)は、PESCOのことを「私たちの防衛力(軍事力)をさらに発展させる。防衛力は、戦略的な自治を強化するものです」と評価したと、AFP通信は伝えた。

共同で防衛能力を開発すること、共用プロジェクトに投資すること、軍隊の作戦に即時に対応すること、自国軍の貢献を強化することを可能にするものだ。

急激に議論が進んで、あれよあれよという間に2017年に発足したのには、英国が国民投票でEU離脱を決めたこと、トランプ大統領が登場したこと、ロシアへの危機感などの背景がある。

詳しくは、以下の記事を参照(7月に大幅加筆しました)

EUが軍事・防衛の行動計画で大幅に進展(1)ーー軍事モビリティ計画とPESCOのロードマップ

5000億ユーロの「コアネットワーク回廊計画」が軍事にー(2)EUが軍事・防衛の行動計画で大幅に進展

PESCOの重要ポイント

PESCOは、重要な点が二つある。

1点目は、参加資格は「意思と能力のある有志の加盟国」ということだ。つまり、参加はEU加盟国でなくてはならない(英国はダメ)、そして参加は強制ではないことだ。参加したくなければ、しなければいい。

そして2点目。

今までEUがとってきた「共通安全保障防衛政策」のほうは、EU加盟国の首脳(または大臣)の全員一致の合意が必要なのに対し、PESCOは多数決でよいケースがあることだ。

昨年2017年、ジャン=クロード・ユンケル欧州委員会委員長は、「一般教書演説」で述べていた。

「加盟国は、どの外交政策決定が満場一致から過半数の投票に移行できるかを検討したい」「私たちが効率的に働くには、外交政策において過半数の決定を必要とします」と。

EUではすべてのジャンルの決断において、満場一致が必要とされるケースが非常に多く、なかなか話が進まない。これは、EUの常態であると言っていいーーもっとも、逆の言い方をすれば、だから加盟国首脳や大臣が集まる会議では、必ず何か「合意(決定)事項」をつくり出すのだ。たとえそれが最低限であっても。

PESCOについては、PESCOをセットアップする決定、新しくメンバーが入る決定、メンバーの参加を一時停止する決定等は、多数決でよいという。それだけ、速く決められて速く行動できることになるのだ。

PESCOでも「イニシアチブ」でも、関係者はやたらにこの「素早さ」を強調する傾向にある。

ドイツとフランスの思惑の違い

ここでやっと、2週間ほど前の6月25日に成立した「欧州介入イニシアチブ」である。

これを「PESCOの一環にしたい」と強く主張したのは、ドイツであった。フランスが推進した「イニシアチブ」に、ドイツは当初は消極的だったという。

フローランス・パルリ仏国防大臣が、フィガロ紙に語ったところによると、ドイツは「イニシアチブ」とPESCOとを切り離すことを望まなかった。しかし、PESCOとの強いつながりを維持するとフランスが合意したことで、やっと参加することを決めたという。

ル・モンド紙は以下のように説明している。

「PESCOは、それを推進する者たちーー特にフランスーーの意図では、素早く進めることを熱望している、限定された国々を集めるつもりだった。 最終的には、25加盟国が結集することになった。そのことは、すべての加盟国がすべてのプロジェクトにすべての分野で参加するとは限らないとしても、間違いなく効率の問題を提起している」

「PESCOのメカニズムは、『ヨーロッパの力(軍隊)』の誕生を前もって示していたものではなかった。以降はそれぞれが、かかしの体をなしている、共通の『軍隊』という言葉を忘れることを余儀なくされた(かかし=こけおどし、ぞっとさせる醜いもの、不必要な心配、という意味がある)。しかし、フランス大統領によって推進された『イニシアチブ』は、このプロジェクトを、複数の国の軍隊間の強力な協力を提唱することによって、拡大するのだ」。

この文章は何を言っているのか。

揺れるPESCOの定義

筆者の理解を述べるなら、2点重要なことがあると思う。

1点目は、PESCOをつくろうと話し合っていた時から、推進者はフランスを筆頭に「とにかく素早く」というのが非常に重要なポイントだった。

素早く迅速にするには「参加したい国だけが参加する。EU全加盟国である必要はない」と「満場一致じゃなくて多数決方式を採択する」の2点がとても大事だった。

「加盟国は基本的に全参加」じゃなくてよい組織をつくろうとするのには成功した。しかし、PESCOは結局27カ国中、25カ国も集まってしまった。議題によっては満場一致ではなくて多数決で可能になったのは大きな進歩だったが、それでも25カ国もいては問題だった。

2点目は、PESCOというのは、あいまいさが残る枠組みであった。「EU軍の創設」などという物騒なことを言うかわりに、ロジスティックだの医療協力だの、テロ対策のための防衛だのを前面に出した。「あくまで防衛だ、テロ対策だ。EUで効率よくやるためだ」と全体としてはとらえられている。だからこそ25カ国がまとまることができたのだろう。

しかし、一部の識者は「これは、EU軍創設の布石になるものではないか」と疑った。筆者もそのうちの一人である。

筆者が今年3月にパリで行われた、欧州の安全保障についての講演会に参加したときのことを思い出す。

専門家の一人が「PESCOはまあ医療協力とか、そういう方面だから」と言ったのだ。筆者は内心「え、そうなの? それってカモフラージュではないの?」と思ったので、質問の時間の最後に思い切って挙手して聞いてみた。「PESCOは、将来EU軍に発展する可能性があるのですか」と。

講演者はしばらく黙ったのち、苦い顔をして「アメリカに利用されないかと心配している」と答えた。

意味がよくわからなかった。でも、すでに時間オーバーしていたので、筆者には突っ込んで聞く勇気がなかった。

まるで日本みたい、自衛隊の海外派遣の議論、自衛隊は軍隊かの議論にそっくりだ、日本と欧州はこんなにも心が似ているのか、と思った。

参加していた専門家はほとんどがフランス人であったが、彼らはむしろ慎重であるドイツの方向性に賛成したい人たちなのだろう。

ーーそしてフランスが主導する「イニシアチブ」では、ドイツはそんなPESCOの一環とすることを主張した。「欧州介入イニシアチブ」をPESCOの一環にすれば、ある程度の横並び、EU内の協力、あるいは歯止めや足かせになるというわけなのだろう。フランスは妥協して独仏で足並みをそろえることを優先し、今回の決定となった。

しかし、まだ新しいPESCOは「イニシアチブ」の創設によって、その性質そのものが変化させられていく可能性があると、ル・モンド紙の記事は伝えていると思う。

複雑怪奇な欧州の軍事のプロジェクト

ただ、よくわからないのは、PESCOというのはEUの枠内の集まりなのだが、「欧州介入イニシアチブ」をPESCOの一環にすると、矛盾が生じるはずである。その証拠に、前者には英国が入る資格がないが、後者は英国が入っている。筆者が調べた範囲では、この問いに答える資料はみつからなかった。

もっとも、欧州の軍事の枠組みやプロジェクトはあまりにも複雑で、何がなんだかわからないことだらけである。

もともと欧州の軍事・安全保障については「西欧同盟」というものが担っていた。2009年に西欧同盟の集団的自衛条項は、この年に発効したリスボン条約(=EU)に引き継がれた。西欧同盟の活動は、2011年6月30日に停止。どのみち、まだ10年も経っていない。

欧州の軍事専門家じゃなければ、細かい点は解説できないだろうと思う。今回の疑問点も、また一つ「???」が増えただけ・・・という感じが個人的にはする。筆者としては、力不足なのは承知しているが、一般人がいきなり専門家はハードルが高いので、少しでも橋渡しができればと思って記事を書いている。

それにしても「PESCOがアメリカに利用される心配」ーーこの意味がわかる日は来るのだろうか。

後編に続く。

追伸 今回の記事は本当に書くのが大変でした・・・。

※このシリーズは完結しています。以前に書いた関連の別シリーズもあります。上記のリンクと重なるものがありますが、以下にまとめます。

前編:「欧」と「米」は分離してゆくのか :欧州独自の軍事路線「欧州介入イニシアチブ」にトランプの反応は

後編1:「ヨーロッパ人は米軍に守られるのに慣れてしまった」在欧米軍の戦略:欧と米は分離してゆくのか

後編2:フランスは空を、ドイツは陸を牽引:パルリ仏国防相インタビュー紹介:欧と米は分離してゆくのか

◎以前のシリーズ

EUが軍事・防衛の行動計画で大幅に進展(1)ーー軍事モビリティ計画とPESCOのロードマップ

5000億ユーロの「コアネットワーク回廊計画」が軍事にー(2)EUが軍事・防衛の行動計画で大幅に進展

トランプ大統領とNATOー欧州連合の自立のせめぎ合い (3)EUが軍事・防衛の行動計画で大幅に進展

EU(欧州連合)「防衛同盟」への道:防衛パッケージ計画の背景(4)EUが軍事の行動計画で大幅に進展

◎PESCOの初出。2017年末と2018年初めの記事

参照記事:EU(欧州連合)&ヨーロッパ観察者が見る2017年のニュース・トップ3ー2018年への道(1位を参照)

参照記事:2018年、EU(欧州連合)27カ国はヨーロッパの近未来を決める年となる。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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