Yahoo!ニュース

騒音トラブル用語の基礎知識、あなたはいくつ分かりますか  1つも分からなかった人はトラブル予備軍です

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
(写真:イメージマート)

 騒音トラブルに関する用語を集めてみました。10個のうち幾つ分かるでしょうか。多くは筆者の造語ですが、騒音トラブルの本質を表す用語ばかりです。これらの用語の意味を正しく理解できていれば、騒音トラブルに巻き込まれる危険性は少ないものと思いますが、もし、全く知らないという人は大変に危険です。騒音トラブルは、年間に千数百件もの殺傷事件を引き起こし、人生や生活を破壊してしまうこともある重大問題です。トラブルに巻き込まれないよう、是非、正しい知識を身につけて下さい。

煩音(はんおん)

 騒音トラブルに関する代表的な用語である。その意味は、「心理的に不快な音。騒音とは異なり、音量はそれほど大きくなくても、聞く人の心理状態や人間関係などの要因によって煩わしく感じられる音。隣人同士の争いの原因となることが多い(大辞泉より)」。この用語は筆者による造語であるが、朝日新聞の「天声人語」などでも取り上げられている。このように分けるのは、煩音問題では騒音問題とは異なった対応が必要となるからである。すなわち、騒音問題の対策は音を小さくする防音対策であるが、煩音問題の対策は、誠意ある対応による相手との関係の改善であり、安易に防音対策を行うと逆にトラブルはエスカレートする。近隣騒音トラブルの殆どが、騒音問題というより煩音問題であることを理解する必要がある。

感情公害

 公害には7つの種類があり、典型7公害と呼ばれている。すなわち、大気汚染、水質汚濁、地盤沈下、土壌汚染、騒音、振動、悪臭であるが、前半の4つは物質公害とよばれ、公害物質が排出されなくなっても汚染が残ることになる。これに対し後の3つは、感覚公害と呼ばれ、公害の原因が取り除かれればたちどころに感覚被害は解消される。騒音も感覚公害の一つであるが、これはあくまで公害騒音の場合の話である。トラブルになりやすい近隣騒音では、騒音が低減されたり無くなったりしても、一旦壊れた人間関係は元に戻らず、新たな火種でトラブルが継続することが多い。すなわち、公害騒音は感覚公害であるが、近隣騒音は感情公害であるといえる。

半心半技

 半信半疑の誤字ではない。騒音問題に対処する場合の基本的な考え方を表した言葉である。これまで騒音問題に対しては、騒音レベルを小さくするための防音対策のみが考えられてきたが、現代の騒音問題では、このような技術的な対応だけでは不十分であり、心理的な対応が不可欠であることを示す言葉である。すなわち、騒音問題への対処では、技術が半分、心理が半分ということである。 煩音に対する対応が不可欠であることを示しているが、この傾向は年々強まり、現在では九心一技と言っても過言ではない状況となっている。

拗れる先の知恵

 騒音トラブルにおける初期対応の重要性を表した言葉である。例えば、マンションの下階の住人がやってきて足音がうるさいので注意してほしいと言った時、「そんなにうるさいですか?」などと言葉を返すのはNGである。通常、人が騒音に対する苦情を言う時は、我慢に我慢を重ね、その結果、我慢ができなくなって言いに来るというのが通常であり、その状況に対する想像力があれば、このような対応にはならないはずです。初期対応は、煩音対策を行う最も重要な機会であり、拗れないよう十分に知恵を働かさなければならない。なお、この言葉は「転ばぬ先の杖」をもじった用語である。

STICK(スティック)

 トラブルをエスカレートさせないための主な注意点を纏めたものがSTICK(スティック)であり、エスカレートさせる各原因について、日本語の頭文字をアルファベットで纏めたものである。それぞれ、S:(不適切な)初期対応、T:敵対型対応、Ⅰ:(被害者)意識、C:クレーマー扱い、K:孤立化の策動である。これらの詳細な内容や参考事例については過去の記事「騒音問題を泥沼の騒音トラブルへ変えるSTICKとは、実例とともに解説」を参照のこと。

現代騒音トラブルのABC

 これまでの騒音問題と言えば、工場騒音や建設工事騒音などの公害騒音が中心だったが、現代社会の騒音問題は近隣騒音が主であり、これは近隣トラブルへと発展する可能性のある問題である。近隣騒音の中でも、最近増加傾向にあり、事件や訴訟にまで発展する危険性のある現代社会での三大騒音トラブルとは、(A)アパート・マンションでの騒音(Apartment noise)、(B)犬の鳴き声騒音(Barking dog noise)、(C)子どもの遊び声(Child playing noise)である。これを「現代騒音トラブルのABC」と呼んでいる。(参考:「子どもの遊び声の大きさは一体どれくらい? その騒音レベルとは」)

地域コミュニケーション

 学校や幼稚園、保育園などへの騒音苦情は昔は皆無に近かったが、現在ではこれらの施設は迷惑施設並みの扱いとなり、訴訟なども発生している。これらの施設が苦情対象とならないためには、常日頃から地域社会との親密なコミュニケーションが必要であり、これを地域コミュニケーションと呼ぶ。ある保育園では、年末の餅つき大会に近隣住民を招待し、来られなかった住民宅へは、園児たちが「お餅をつきました。食べて下さい!」と、つきたての餅を配るという。これは地域コミュニケーションとして大変有効だと園長は話していた。学校や保育園などは、地域の条件に応じた地域コミュニケーションを工夫して実践することが、今や不可欠な時代となっている。(参考:「保育園は迷惑施設なのでしょうか、保育園問題を通して改めて騒音トラブルを考えます」)

紛争心理のAHA

 心理学では、紛争心理を次の3つの要素から捉えている。すなわち、怒り(Anger)、敵意(Hostility)、攻撃性(Aggressiveness)である。怒りは相手に対する腹立ちや憤りなどの情動的側面を、敵意は悪意などを感じる認知的側面を、そして攻撃性は実際に危害を加えるような行動的側面を総称するものである。これらはまとめてAHAと称されるが、それぞれの要素は騒音事件発生の段階的メカニズムに極めて良く符合する。実際に発生した騒音による殺傷事件を詳細に調べると、殆どが基本的にこの心理段階をステップアップしながら騒音事件に至っている。それぞれの段階により、騒音トラブルへの対処の仕方が異なるため、現在の状況がどの段階に当たるかを冷静に判断することが求められる。なお、この心理段階を示した具体的なフロー図は、過去の記事「韓国でのマンション騒音殺人事件は典型的なケース、他国の話とスルーできない訳」や「日本にも「近隣トラブル解決センター」が必要です! 悲惨な事件や無駄な訴訟をなくすために」などに示されている。

騒音苦情の4点セット

 マンションなどで上階からの足音など響き我慢できない時などに、苦情者側がとる典型的な対応を「騒音苦情の4点セット」と呼んでいる。まず最初は、管理組合や管理人に被害を訴え、貼り紙などで注意を促す対応をとる。それでも状況が改善しないと、今度は役所などの相談窓口で対応を相談し、そこでも解決の糸口を見付けられないと、次に、音が発生した時に警察に通報して注意してもらうという行動に出る。しかし、このような対応は相手を刺激し、ますます状況が悪くするばかりであり、遂には訴訟まで決意して弁護士事務所を尋ねることになる。弁護士事務所では、詳細な音の記録を取るようにアドバイスを受け、そこから日夜の騒音記録づくりに励むことになる。筆者の事務所に相談を寄せる多くの人が、この4点セット(管理組合、役所、警察、弁護士)を実施済みというのが実情である。騒音問題の解決は、闘うことではなく煩音対応が重要であることを初期の段階から認識する必要がある。(参考:「騒音トラブルでの弁護士の助言は解決の役に立つのか、それとも逆効果か?」、「騒音トラブルで騒音を測定しようとしている人へ、これだけは理解しておいて下さい」)

消火設備のない火災

 我が国における近隣トラブルの現状を表した言葉である。近隣トラブルでは多くの殺傷事件が発生しているが、我が国ではその解決法が見当たらない。近隣トラブルは火災と同じであり、発生した時に素早く消火することが大事であるが、消火設備がないとどんどん火の手が広がり、最悪は巻き込まれて死亡する人も出てくる。火災が発生しても消火設備がない状態、これが近隣トラブルに関する今の我が国の現状である。取り敢えずは、火を出さないよう注意しなければならないが、何とか早く消火設備も用意しなければならない。すなわち、「近隣トラブル解決センター」の設立である。詳細については過去の記事「日本にも「近隣トラブル解決センター」が必要です! 悲惨な事件や無駄な訴訟をなくすために」を参照のこと。

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科を末席で卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。近隣トラブル解決センターの設立を目指して活動中。

橋本典久の最近の記事