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保育園は迷惑施設なのでしょうか、保育園問題を通して改めて騒音トラブルを考えます

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
筆者撮影

葬儀場と保育園の共通性?

 コロナ禍以前の話ですが、自治体職員等を主な対象として講演会を企画している会社から講演依頼の打診がありました。筆者を含めて3人の講師が予定されていましたが、全体の講演テーマは指定されており、

『葬儀場、保育園等の「いわゆる迷惑施設」の立地・建築紛争と予防施策』

というものでした。葬儀場と保育園を迷惑施設として一括りにしたあからさまな表現に驚きましたが、反面、このような意識がもう既に自治体等では定着してきているのかもしれないと暫し嘆息の思いでした。いや、それどころではないかもしれません。火葬場を備えた自治体の葬儀場もありますが、最近の火葬場は無煙無臭、高い煙突もなく煙や臭いが出ないのが普通です。片や、保育園からは子どもの声の騒音がでるため、葬儀場より迷惑と感じる人がいるかもしれません。火葬場より迷惑となれば、これは正に「保育園受難の時代」です。

 では、騒音さえ出なければ保育園は歓迎されるのかと言えば、そうでもないように感じます。火葬場が無煙無臭でもイメージ的に歓迎されないように、保育園も迷惑施設としてのイメージから、例え騒音がなくても歓迎されないような社会意識が醸成されてきているように感じます。葬儀場と保育園、人生の両端を構成する老人と子どもの行き場所がなくなってきているという現実は笑い事では済まされません。保育園は本当に「迷惑施設」でしょうか、考えてみたいと思います。

迷惑と迷惑行為

 フィンランドを旅行していた時、サロという小さな町からトールクまで列車に乗りましたが、その車両の先頭部分には子ども用の遊びスペースが設けられていました。そこでは、数人の子ども達が楽しそうに遊んでおり、床で遊ぶもの、荷物用の棚にぶら下がっている子どもなど、かなり賑やかな状態でしたが(下記写真)、近くに座っていた乗客達は、私を含めて誰もこれを迷惑行為だとは思っていないようで、普通に本を読んだり、パソコンを操作したりして過ごしていました。

筆者撮影
筆者撮影

 迷惑とは、迷惑だと思うと迷惑になり、迷惑と思わなければ迷惑になりません。当たり前のようですが、これは大事な点です。日本では、子どもが列車の中で騒いでいれば迷惑だと感じるでしょうし、ベビーカーをそのまま地下鉄に載せるだけでも迷惑だと感じる人がいます。ウイーンの地下鉄では自転車さえそのまま載せることができますが、だれも迷惑行為だと怒る人はいません。迷惑とは、ひとえに主観的な存在なのです。

 では、迷惑施設とはいったい何なのでしょうか。まず、迷惑施設とは、迷惑行為を行う施設のことであり、迷惑と感じる施設の事ではありません。これを取り違えてはいけません。保育園からは子どもの声が響いてくるかもしれませんが、これは迷惑行為を行っているわけではありません。騒音に関する迷惑施設の要点を挙げれば、「明らかな設計計画の不備や著しい近隣配慮の不足などにより、近隣に通常より過大な騒音が到達する状況を継続的に生じさせること」であり、このような場合には迷惑施設だと言えますが、通常の保育園はこれに該当しません。

保育園建設反対の本当の理由

 しかし、現実には全国各地で保育園建設に反対する状況が起きています。この理由は一体何なのでしょうか。通常、迷惑と感じるのは、その裏にフラストレーションがあるためですが、保育園問題の場合には不安感がフラストレーションに繋がっているのです。以前、筆者の研究室で市民への意識調査結果を行ったことがありますが、そこには明確な結果が示されていました。

 その調査では、「仮に、あなたの家の隣に保育園建設計画が起こったらどうしますか」との質問(回答は、「強く反対する」、「反対する」、「どちらとも言えない」、「特に反対しない」、「歓迎する」の5択)を行い、保育園建設に反対する人の属性を調べましたが、その結果は意外なものでした。

 これまでは、保育園建設に反対する人は「静かな地域に住む高齢者」という一般的な論調がありましたが、調査結果を統計学的に検定すると、性別、年代(高齢者かどうか)、居住歴の長さ、家族構成(単身者かどうか)、仕事の有無(家にいる時間が長いか)、用途地域(静かな場所かどうか)の何れに関しても明確な関連は見られませんでした。数値的には、全く関係ないといってもよい結果でした。唯一、明確な相関関係が確認されたのは、下図に示すように、騒音に対する不安を感じるかどうかという質問の回答だけでした。

筆者作成
筆者作成

 図は、「仮に、あなたの家の隣に保育園建設計画が起こったらどうしますか」との質問と、 「あなたの自宅の横に保育園ができるとすると、騒音に対する不安を感じますか」の質問の回答をクロス集計したものです。この結果では明確な傾向が確認できます。

 保育園建設計画に強く反対する人の9割が騒音に対する不安を大いに感じており、少し感じる人を合わせると100%です。そして、不安が少なくなると建設反対の意見もそれに応じて低下し、不安を感じない人は保育園建設を歓迎するとまで答えているのです。保育園の建設に反対するかどうかは、静かな住宅地に住んでいるかどうかや、高齢者かどうかなどには一切関係がなく、その人が保育園からの子どもの声の騒音に不安を感じるかどうかで決まっているということです。これほど明確な傾向が現れるというのは、その因果関係の強さを表すものだと考えてよいでしょう。

 保育園の建設に反対するのは、環境の変化に対する不安が唯一の理由ということであり、保育園が迷惑施設であるという認識からではないということです。ちなみに、意識調査時に、「保育園は迷惑施設だと思いますか」という直接的な質問も行っていますが、「思わない」が78.1%、「思う」は僅か1.5%という結果でした(残りは「どちらとも言えない」)。迷惑施設として忌避するのではなく、不安が原因ということなら、不安を十分に解消すれば保育園建設も順調に進むと考えられます。そのための努力が必要なのですが、実はそう簡単にいかない事例も既に現れてきています。

迷惑問題から不寛容問題へ

 関西のとある保育園で園舎の建て替えを計画しました。昨今の保育園の子どもの声の騒音問題に配慮して、新たな保育園では、近隣に子どもの声が響かないよう細心の配慮をした計画としました。敷地西側に配置された3階建ての園舎は南北に長い平面計画とし、西側の近隣住居に面した壁には開口部を一切設けず、建物自体が高さ9mの防音塀になるようにしました。北側には保育園所有の3階建アパートがあり、これも防音塀の働きをしています。東側は道路を挟んで広い公園になっているので問題はなく、南側に関しては園庭を一番北側に配置して近隣住宅から距離を離し、かつ園庭の南側には高さ2.4mのコンクリート製の防音塀を設置しました。

 音の専門家から見ても、近隣への配慮の行き届いた、これ以上ないような申し分のない設計と言えますが、それでも近隣住民は納得せず、完成後に子どもの声を騒音計で計測し、基準値を超えるようなら(実際は子どもの声に基準値などないのですが)改善対策を行うという覚書きを出すように強く要求しているとのことでした。近隣住民側からすれば、迷惑を掛けられるのだからこれは当然だと思っているのでしょう。

 騒音問題の解決には「節度と寛容とコミュニケーション」が必要というのが筆者の持論です。音を出す側の節度と聞かされる側の寛容、それをお互いが感じ取れるコミュニケーションということですが、この事例は、例え節度ある行動をしても、もはや寛容な対応は得られない、そんな状況としか思えません。この保育園の建て替え問題では、近隣に十分に配慮した申し分ない計画がなされ、迷惑施設どころか優良施設と言えるものですが、それでも近隣住民は迷惑施設だと思っています。これはもはや迷惑問題ではなく、不寛容の問題です。これらは明確に区別されるべきものです。

 これまでもいくつか保育園に関する騒音訴訟が行われていますが、筆者の知るところでは、まだ保育園側が敗訴をした事案はありません。関西某市の訴訟判決では、子どもの声は確かに大きいものの、16時間で均した等価騒音レベルでみれば環境基準の値を僅かに下回るとして、防音対策や損害賠償の訴えは退けられました。原告らは最高裁判所への上告まで行いましたが、結果は変わりませんでした。東京都内の訴訟では、提訴から8年もの長い争いの末に判決が言い渡され、原告側の損害賠償等の請求が棄却されました。

 何れも、先に示した迷惑施設の該当要件を満たすものではなく、したがって子どもの声が受忍限度を超えるものではないと裁判所が判断しているためと考えられます。保育園問題が訴訟にまで発展してしまうのは、施設側の近隣対応が悪くて拗れてしまったという事例も多いのですが、住民側による迷惑と不寛容の認識の混同も原因の一つと言わざるをえません。

 これからの騒音問題は、必ず迷惑なのか不寛容なのかを正しく判断するところから始めないといけません。その上で、「節度と寛容とコミュニケーション」の状況を目指さなければなりませんが、現実は、音を出す側は相手を不寛容だと非難し、聞かされる側は迷惑騒音だと節度の無さを罵り、相手の悪意を感じ取るだけのコミュニケーションしか存在しないという真逆の状況が蔓延しています。トラブル渦中にある人は、もう一度、冷静に問題を見つめ直してください。

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科を末席で卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。近隣トラブル解決センターの設立を目指して活動中。

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