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騒音トラブルでの弁護士の助言は解決の役に立つのか、それとも逆効果か?

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
(写真:イメージマート)

騒音トラブル相談者の4点セット

 筆者の騒音問題総合研究所では、騒音問題や騒音トラブルに関して無料で相談を受け付けており、それをホームページで広報しています。無料ということで多くの相談が寄せられていますが、騒音に関する技術的な質問は多くはなく、その殆どは騒音トラブルに関する相談です。これもコロナ禍による巣ごもり需要の一種なのか、最近は相談件数も増加傾向を辿っていますが、その相談者には一つの特徴があります。最初は、初めて相談するといった雰囲気で話しを始められるのですが、よくよく話を聞いてゆくと、殆どの相談者は既に様々な所に相談や訴えを行っています。筆者はこれを4点セットと呼んでいますが、例えば、マンション騒音トラブルの場合には、①マンション管理組合(理事長)、②市役所、③警察、④弁護士です。戸建て住宅の場合には、①が自治会の会長などに変わりますが、②~④は同じです。この4点セットをこなした後で、それでも解決せずに筆者の研究所に電話またはメールしてこられるというのが通常のパターンです。

相談窓口が解決の窓口にならず悪化の窓口に

 筆者の研究所まで辿り着かれたということは、それ以前の相談先で満足のゆく対応が得られなかったということですが、それだけではありません。それらの相談窓口は解決のための窓口であるべきですが、そうでないばかりか、むしろ悪化の窓口になっているのです。マンション騒音を例にその状況を紹介しましょう。

 上階からの子どもの足音などがうるさいと感じた時、マンション管理組合の理事長などに相談し、その結果、騒音などに注意して生活するよう貼り紙などをして周知してもらうことになります。しかし、それ以前に電話などで静かにしてくれるように相手方に直接連絡している場合が多く、そのため、相手方はマンション全体に自分の悪口を言いふらされたと感じてしまい、相手に対して怒りを感じることになります。そうすると、逆に注意して生活する気もなくなり、騒音の状況は改善するどころか悪化することにもなります。

 下階の住人は、管理組合では話にならないと、市役所の市民相談窓口などに連絡しますが、一般的に、騒音の場合には環境課の方に連絡するように言われます。環境課は、公害騒音や深夜カラオケなどの法令が係わる場合には対応してくれますが、生活音など個人の騒音問題には関与してくれないので、自分たちで解決するように言われます。

 ここまでに、いろんな人に被害を訴えることを続けていますから、その行動によって益々自分の中の被害感は膨らんでいます。そこで今度は警察に連絡して相手に強く注意して貰おうと考えますが、警察は一度は状況確認のために当事者宅を訪れますが、その後は民民の問題であるとして関与はしてくれません。ただ、苦情を言われている側は、いきなり警察官が臨場してくるのですから、下階の人間は遂に警察にまで訴えやがったと、激しい怒りと敵意を感じます。そうすると、下階に音が響かないように注意しようというような気持ちは霧散し、時には足を踏みつけて故意に音を出したりという反撃に出ることになります。これを聞いた下階の住人は、これはもう自分自身で闘わないと仕方ないと確信することになり、そこで登場するのが弁護士です。 

騒音トラブルに対する弁護士の一般的な助言

 弁護士事務所を訪れて状況を説明すると、一般的に、次のような2つの助言を貰うことになります。

① 騒音の状況が受忍限度を超える場合には損害賠償が認められる場合がある。

② そのためには、証拠となるように騒音の大きさや発生状況などを克明に記録しておくこと。

 当事者は、良い話を聞いたと喜びますが、これらの助言は本当に役に立つものなのでしょうか、確認してみます。

 まず、受忍限度とはどのようなものかということですが、専門的には様々な学説があるのですが、過去の判例等を参考にすれば、『平均人の通常の感覚ないし感受性を基準として、被侵害利益の性質、被害の程度、加害行為の様態、地域性、交渉経緯を総合して判断される』というのが通説です。東京都が保育園の子どもの声を数値規制から外し、受忍限度で判断すると条例を改正した時の判断基準では、『個々の事例ごとに、音の大きさや種類、発生頻度、近隣住民等に及ぼす影響の程度、音を発生させる行為の公益上の必要性、所在地の地域環境、関係者同士でなされた話し合いやコミュニケーションの程度や内容、原因者が講じた防止措置の有無や内容等を総合的に考察して決すべきもの』であるとしています。

 これらは言葉としては明確ですが、実態は実に不明確であるため、結局のところ、判例がある場合には最大限それを尊重した形で判決が下されることになります。しかし、実際には生活音に関する騒音訴訟では、受忍限度を超えるとして損害賠償や騒音の差し止めが認められた事例は稀有といっても構いません。

 平成19年に判決のあった訴訟では、マンション上階に住む幼児の足音がうるさいとして争われ、36万円の損害賠償が認められましたが、実は、被告側は判決の一年前にマンションを退去し、その後、陳述書を提出することもなく、口頭弁論にも出頭せずに裁判は決着していたのです。このため、被告に対する懲罰的な意味合いも含めた判決が下されたという要素が大きいのです。その他、絨毯床を劣悪な性能のフローリングに張り替えたために騒音被害を蒙ったという単純な事例でも、損害賠償は認められましたが、フローリングを絨毯に戻すという差し止め請求については棄却しています。本来、訴訟を起こした最も大きな理由は、お金より何より騒音の差し止めでしょうから、これも皮肉な結果といえます。

 仮に、生活騒音に関する損害賠償請求が認められ、それが判例として残った場合、その影響の大きさは計り知れず、社会的にも大変な混乱を招くことは必死です。判決では、それらの点も考慮されています。生活をしていれば程度の差はあれ必ず音は発生するものであり、違法性が極めて高い場合等を除いて、それらを規制することが出来ないことは自明です。しかし、当事者は相手の悪質性を確信していますから、弁護士の助言を受け入れて相手と闘う準備に入ることになるのです。

闘うことより問題の解決を考える

 騒音の測定については、過去の記事「騒音トラブルで騒音を測定しようとしている人へ、これだけは理解しておいて下さい」で注意点や問題点を指摘しましたが、一番の問題点はそんな技術的なことではありません。生活騒音を対象に、騒音測定や発生記録を克明につけるということは、日々の生活の破綻につながり、大きな精神的負担になるのです。いつ発生するか分からない音に常に備え、発生した騒音の大きさや時刻を記入するたびに、相手への怒りを膨らませることになるのです。騒音の測定自体が相手に対する敵意や攻撃性を日々高め続け、その結果、思わぬ事態に巻き込まれることも考えられるのです。受忍限度の解釈と併せ、生活騒音の測定などやっても殆ど意味はないのです。

 弁護士は闘うことが仕事ですが、騒音トラブルの当事者は、闘うのではなく解決を目指すべきです。どうすれば解決できるかは個々の状況によって違うため一概にはいえませんが、少なくとも、騒音トラブルに関しては、弁護士の助言は必ずしも役に立つものではないことは理解しておくべきと思います。

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科を末席で卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。近隣トラブル解決センターの設立を目指して活動中。

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