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大事な話なので、再度、解説します。マンション購入予定の人は勿論、現在お住まいの方も是非ご一読を!

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
(写真:イメージマート)

 新しくマンションを購入し心躍らせて新生活を始めたところ、予想以上に上階からの音が響いてきてノイローゼになる人や、下階からの執拗な苦情に悩まされる人、挙句の果ては裁判での争いに巻き込まれる人もいます。上階からの騒音、すなわち床衝撃音の問題はマンション生活のQOL(生活の質)を決定する重大要素なのです。

新しいマンションなのに、なぜそんなことになるのかを解説します

 デベロッパーによるマンション販売時のパンフレットや重要事項説明書、契約書等には、マンションでの上階音、すなわち重量床衝撃音性能についての明確な数値が示されていないのが普通です。明確な数値とは、L-50などと表示されるL等級と呼ばれるものです。これが示されていれば、そのマンションの性能を具体的に把握することができますが、一般には床スラブの厚さがパンフレットなどに記載されているだけであり、そこから購入者が性能を判断しなければなりません。

 L等級の性能が表示されていない理由は、現場における測定が必要になるためです。それが1カ所だけの実測で済むならいいのですが、通常、マンションの住戸には、様々な大きさ、形状、厚みなどがあるため、それに応じてL等級の性能も異なることになります。そのため、1カ所の測定結果を表示しても、他の住戸では性能が異なる可能性があるため、正確に表示するには全数を測定しなければならなくなります。L等級の測定は大変に面倒な作業であり、多額の費用も掛かるため、実際には全数測定は不可能です。そこでL等級の測定は行わず、床スラブの厚みだけを表示しているというのが現状です。 

 しかし、これには大きな問題があるのです。新築されているマンションの床スラブの厚さは、現在は概ね20cm~25cm程度ですが、同じ床スラブ厚でもL等級には大きなバラツキがあるのです。下記の図は、日本建築学会の書籍から引用した図です。横軸は床のスラブ厚、縦軸はL等級ですが、例えば、床スラブ厚が20cm~25cmでもL等級は、L-40からL-60以上まで20デシベル以上の範囲でバラついています。これが生活実感でどれくらいの差になるかを示したのが次の表です。

重量床衝撃音性能のバラツキの大きさ(スラブ厚が25cmでも、性能はLH-40~LH-60以上まで)
重量床衝撃音性能のバラツキの大きさ(スラブ厚が25cmでも、性能はLH-40~LH-60以上まで)

重量床衝撃音性能(L等級)とマンション上階からの音の響き方の関係。LH-60以下ではトラブル必至
重量床衝撃音性能(L等級)とマンション上階からの音の響き方の関係。LH-60以下ではトラブル必至

 現在のマンションの重量床衝撃音性能はL-50程度が標準とされています。上記の表から分かるように、L-40は十分に良好な性能ですが、逆にL-60の場合には劣悪と言ってもいいような性能となります。バラツキがあっても性能の良いL-40の方にバラついてくれればいいのですが、逆にL-60の方にバラついた場合には悲惨な結果となりかねません。これを一般の人が判断しなくてはならないのです。くれぐれも事前のチェックを怠らず、しっかりとした自己防衛が必要になるのです。

マンション購入に際しての床衝撃音問題に関するチェックポイント

 新築マンションでも重量床衝撃音(上階音)性能には大幅なバラツキがあります。床衝撃音のトラブルに巻き込まれたくないなら、事前に要点をチェックしておく必要があります。ここでは、その要点について説明します。

① 床スラブ厚の確認

 重量床衝撃音性能を決定する最も大きな要因は床スラブの厚みであることは間違いありません。ただし、最初の図に示したように、同じ床スラブ厚であっても性能は大幅に変動することも事実です。しかし、床スラブの厚みが27.5cmとか30cmとなっている場合には、事前の重量床衝撃音の予測検討において、必要があって床スラブを厚くしていることが多いため、L-50が確保されている可能性は高いといえます。床スラブ厚が20cmでもL-50が確保される場合もありますが、それは結果論ですから、この場合には実測結果の確認の必要性はより高くなると言えます。

② 実測結果の有無の確認

 一番確実なチェックポイントです。デベロッパーによっては、重量床衝撃音の測定をゼネコンなどの建設業者に義務付けているところもあります。内装が完全に出来上がってからの竣工検査として測定される場合や、コンクリートの床スラブだけが出来上がっていて、床の仕上げや天井の施工がまだ終わってない時点での測定の場合もありますが、重量床衝撃音の場合には構造体としての性能が重要ですから、どちらも参考になります。一部の住戸の測定結果であっても、その結果でL-50以下が確保されていること、できればL-45クラスの性能が確認できていれば、現状の中では安心できる状況だといえます。

③ デベロッパーの設計目標値の確認

 デベロッパーがマンションの建築設計を設計事務所やゼネコンに依頼する場合、重量床衝撃音性能の設計目標値を提示し、それをクリヤーできることを条件としている場合が多く、その性能はL-50としている場合が一般的です。その場合でも、建設後に性能を実測すると結果が大きくバラついているということもあるのですが、最初に目標値を設定しているかどうかは重要ですから、これはデベロッパーへの確認ポイントとなります。仮に、設計目標値をL-55に設定している場合や設計目標値を設定していない場合には、これまで上記で示してきたデータより更に悪くなることも考えられるため、念のため、確認しておく必要があります。

④ 純ラーメン構造かどうかの確認

 過去の記事「上階からの騒音問題に関する隠れ劣悪マンションの恐怖」で詳しく説明しましたが、純ラーメン構造かどうかも重要なチェックポイントです。純ラーメン構造とは、大梁の下に鉄筋コンクリートの壁がなく、間取りが石膏ボードなどを用いた乾式壁で区切られている構造であり、間取りの自由度が高まり、軽量化も図れるなどのメリットがあります。純ラーメン構造のマンション全てで重量床衝撃音性能が悪くなるわけではありませんが、条件によっては、床スラブの厚みが25cm以上でもL-60前後の性能となる場合があるため要注意です。特に、大梁で囲まれた床面積が比較的小さい場合は要注意ですから、純ラーメン構造の場合には実測結果をしっかり確認してください。

⑤ 予測計算法の確認

 マンションの床構造の設計においては、一般的には、重量床衝撃音の予測計算を実施します。最初の図に示したように、同じ床スラブ厚でも重量床衝撃音性能のバラツキが大きいのは、正確な予測計算が行われていないことが原因の一つと考えられます。予測計算法にはいろいろなものがありますが、その一つに筆者開発の拡散度法があります。筆者が開発者ですからそういうのは当然ですが、予測精度は拡散度法が一番すぐれていると信じています。特に、拡散度法は純ラーメン構造の予測計算にも対応していますので、そのチェックも行えます。他の計算法で純ラーメン構造に対応したものは筆者の知るところではありません。したがって、拡散度法による予測計算が行われているかどうかも是非、チェックして下さい。他の場合は要注意です。ただ、拡散度法を用いて予測計算が行われていても、入力方法等が間違っている事例もこれまで散見されるため、拡散度法の計算内容に疑問がある場合などは弊所·騒音問題総合研究所へご連絡下さい。

⑥ 床スラブがボイドスラブかどうかの確認

 床スラブには、従来型の空洞のない密実な床スラブと空洞のあるボイドスラブ(中空スラブ)があります。ボイドスラブは、床スラブが厚くなった時に重量を軽くするために用いられるものですが、中空にしても床スラブの断面性能はあまり低下しないというメリットがあり、最近は多くの建築物で採用されています。このボイドスラブは、ボイドスラブメーカーが床スラブの床厚の決定などの計算を専門的に実施していますので、性能確保に関する信頼度は格段に高くなります。その意味で、床スラブが通常のスラブかボイドスラブかもチェックポイントの一つであり、ボイドスラブの場合は一つの安心材料と考えて下さい。

 以上、マンションにおける重量床衝撃音の性能をチェックするための技術的なポイントを紹介しましたが、音の問題を軽く考えているととんでもない苦悩を抱え込んでしまうこともある事を十分に理解し、納得して入居できるよう、しっかりと事前チェックを行って下さい。

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科を末席で卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。近隣トラブル解決センターの設立を目指して活動中。

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