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音の問題は難しいとよくいいますが、本当にそうなのでしょうか。注意するポイントとは?

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
(提供:イメージマート)

驚くべき判決文、70メガヘルツの音

 以前、近隣騒音トラブルの裁判記録を調べていて驚くような記述に出くわしました。野良猫への餌やりをきっかけとして、店の経営者とその店舗の大家さんが諍いを始め、それが徐々にエスカレートして裁判にまで発展してしまった事例の判決文です。

 店の経営者が、大家に対し野良猫への餌やりをやめるよう苦情を言ったところ、大家側は、飼い犬を外につないで長時間鳴かせたり、窓を開けて大音量で音楽を流したりと、嫌がらせを続けたというものです。これに対し、店の経営者が裁判に訴えて数百万円の慰謝料と謝罪看板の掲示を請求し、判決ではこのうち慰謝料が認められました。

 その判決文の中では、次のように記述されていました。

『(被告1が)犬を外に出している時間が1時間を超えることも多くなった。また、(もう一人の)被告2も犬を外に出す行為を手伝うようになった。犬の鳴き声は相当大きく、70メガヘルツに達することもあった。(中略)掃除の際に自宅の窓を開け放して、ラジカセから大音量(時には80メガヘルツを超える)の音楽を流し、そのため原告らの睡眠が妨害されることがあった。』

 これを読んだ時は思わず笑ってしまいましたが、このような判決文でよくみんなが納得して確定したものだと二驚きました。しかも、これは判例として残っているのですから、二重の驚きです。

デシベルって本当に知っていますか

 音に詳しくない方もいらっしゃると思うので一応解説をしておきます。音の大きさはデシベルで表されます。ですから、まず単位が違います。そして音の高さはヘルツで表されます。高さとはもちろん、高い音、低い音の高さです。人間が聞くことができる音の高さは、下は20ヘルツから上は2万ヘルツまでと言われています。メガヘルツというのは、百万ヘルツのことであり、70メガヘルツというのは7千万ヘルツとなりますから、人間にはとても聞こえない音です。一般的には、数十メガヘルツというのはFM放送の電波の周波数ぐらいです。

 判決文は、単純にデシベルとメガヘルツを間違って使っただけだと思いますが、騒音の大きさを争った裁判で、裁判官が音の基本を全く分かっておらず、それで判決を下してしまっていいのかと思ってしまいます。多分、原告側の訴状か準備書面に書かれていたものをそのまま引用したのだと思いますが、原告も被告も裁判官も誰も騒音についてよく分からずに裁判が行われていたのだと思います。音が専門の筆者から見ると、何かほほえましい感じさえしてしまいます。

 そういえば、筆者も大学生時代に音の授業科目を受講しましたが、試験では不合格になってしまいました。最初に聞いたデシベルの説明がどうしてもよく分からず、その後、だんだん面白くなくなり、結局は勉強するのをやめてしまったのです。そんな人間が、今は音の専門家としてデシベルで飯を食っているわけですから、あまり裁判官を笑うことはできないところです。

 では、デシベルとは何か、説明できる人はいるでしょうか。デシベルは音の大きさを表す単位であることは誰でも知っていると思いますが、デシベルというものがどういうものか、具体的な内容は殆どの人が知らないのではないでしょうか。余計なことかもしれませんが一応、説明しておきます。

 デシベルとは、ベルという単位を10分の1にした単位です。1リットルの10分の1をデシリットルというのと同じです。ベルという単位をそのまま使うと、単位が荒すぎるので細かい単位を設定したのです。基本単位のベルの由来は、電話の発明で有名なグラハム・ベルの名前をとったもので、そのためデシベルの表記単位であるdBのBは大文字になっています。

 音の大きさを表す音圧をデシベルで表したものを音圧レベルといいます。単位はもちろん(dB)です。音圧レベルとは具体的にどういうものかと言えば、音圧をある基準値で割って、その値を2乗したものの常用対数をとり、それを10倍したものです。どうでしょうか、筆者が勉強する気がなくなった理由が分かるのではないでしょうか。

 この基準値とは、人間の耳で聞くことができる最も小さい音圧(最小可聴値)を示しています。音圧をこの基準値で割る意味は、常用対数をとった時に最小可聴値が0デシベルとなるようにしているのです。すなわち、人間の耳で聞こえる最も小さな音が0デシベルで、人間の耳で聞いた音の大きさは音圧の対数に比例するため常用対数をとり、デシに対応して10倍しているのです。なお、これでは2乗の説明が抜けていますが、これを説明するとややこしいので省略します。

音に関して%(パーセント)が出てきたら眉唾物

 このようにややこしい内容ですから、騙しのような話も出てきます。ある製品の宣伝で「音のエネルギーを30%カットするのに成功しました!」というものがありました。一見、凄いことのように聞こえますが、30%のカットをデシベルで表すと-1.5デシベルになります(計算式は省略します)。音は10デシベル小さくなると、およそ半分の大きさに聞こえますから、1.5デシベル小さくなっても耳で聞いても殆ど違いが分からないことになります。それなのに、大きな効果があるような印象を与える宣伝になっているのですが、これが間違いではないところがずるい点です。

 音の性能に関して、デシベルではなく%(パーセント)で表示されている広告などがあれば、それは要注意です。上記では30%で-1.5デシベルでしたが、50%の場合でも-3.0デシベルですから同様です。十分にご注意ください。

本当に難しい問題とは

 こんな話をすると、やはり音は難しそうに感じますが、これは少し勉強すればそんなに難しくはありません。本当に難しい問題とは、音のトラブルの問題です。人間同士の感情が複雑に絡み合い、冷静で知的なはずの人でもトラブルの渦中に巻き込まれ、最悪は殺傷事件にまで繋がってしまうのです。そのメカニズムを明確に説明することさえできない状況であり、ケーススタディをもとに手探りで研究を進めるしかない難しさです。筆者の著書に「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析 -裁判資料調査に基づく代表的13件の詳細事例集-」というのがありますが、これを見て頂ければ問題の複雑さがよく分かります。騒音トラブルに較べれば、音の物理の問題など、どれをとっても他愛のないものばかりだといえるでしょう。

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科を末席で卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。近隣トラブル解決センターの設立を目指して活動中。

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