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子どもの遊び声の大きさは一体どれくらい? その騒音レベルとは

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
(写真:イメージマート)

現代騒音トラブルのABCとは?

 現代社会での三大騒音トラブルとは、(A)アパート・マンションでの騒音(Apartment noise)、(B)犬の鳴き声騒音(Barking dog noise)、(C)子どもの遊び声(Child playing noise)である。これを筆者は「現代騒音トラブルのABC」と呼んでいる。このうち、アパート・マンションでの騒音についてはこれまで度々書いてきたので、今回は残る2つのうち、子どもの声の遊び声について解説する。犬の鳴き声については次回で詳述する。

 子どもの遊び声と犬の鳴き声、この両方ともに最近まで騒音に関する本格的な測定データーは皆無であった。その理由は簡単である。犬が鳴くのは当たり前で仕方のないことだと思っていたこと、子どもの遊び声については誰もが騒音とは思っていなかったから、騒音の測定を行なわなかったのである。それが今では三大騒音の一角を占めるまでになってしまったのである。騒音とみなす人がいれば、苦情が発生し、対策を余儀なくされる状況も生じる。その時、騒音データーがないとどうなるか。次の事例を見て頂きたい。

『保育園との交渉相手は代理人弁護士に変わり、その弁護士から最終通告となる電話が男性の元に掛かって来た。

「保育園の北側敷地境界線に高さ3メートルの塀を設置する。その結果の推定値は算出していないので、保育園からの騒音がどれくらいになるのかは分からない。これで納得してくれ。この提案を受諾できないのなら、調停でも裁判でも何でもやったらいい。」

投げつけるような言い方だったが、男性はそれでも食い下がった。

「そんな話はおかしいじゃないですか。環境基準は守るとこれまで言っておきながら、騒音がどれくらいになるか分からないでは、話が通りませんよ。」

男性の反発に対して、代理人弁護士は興奮しながら怒鳴り声をあげた。

「だから、そんな話は裁判所でやってくれと言ってるだろ!」(筆者著「騒音トラブルの逆説的社会論(Amazon刊))」より』

保育園園庭で遊ぶ子どもの声の大きさは?

 このような無意味なエスカレーションを防ぐため、以前に、筆者の研究室で総合的な子どもの遊び声の騒音測定調査を実施した。東京都世田谷区に協力をお願いして区内の5つの保育園を選定し、筆者の地元八戸市の保育園5つと併せて、10の保育園で園庭で遊ぶ子どもの声の騒音測定調査を実施した。世界でも初めての子どもの遊び声の騒音データーである。社会的に重要な情報であることからもちろん学会発表済みであるが、一般の人にも興味のある事と思うので、ここにその主な内容を紹介する。

 データーを示す前に、最初に一つ留意点を記しておく。音の大きさを表す数値としては音圧レベルと騒音レベルの2種類がある。音圧レベルとは、音圧を対象として物理的に音の大きさを表したものであり、騒音レベルとは、その音を人間の耳で聞いた時の音の大きさ、すなわち聴感による補正の入ったものである。したがって、ここでは音の大きさを騒音レベルとして記述しているが、それは用語の問題であり、子どもの声を騒音として扱っていることとは意味が違う。この誤解のないように願いたい。

 まず、保育園の園庭で子ども達が遊んでいる時の騒音レベルの大きさであるが、下図に示す通りである。縦軸が騒音レベルであるが、その前についている等価とは、変動する値を時間で均した値ということであり、今回のデーターでは10分間の平均的な値を示している。これは、園児たちの中心から距離10m地点での騒音レベルであり、これによれば園児50人が遊んでいた場合の騒音レベルは約70dBということになる。20人程度の場合には同じく65dBとなる。

(保育園園庭での子どもの遊び声の騒音レベル測定結果、筆者作成、横軸は対数目盛)
(保育園園庭での子どもの遊び声の騒音レベル測定結果、筆者作成、横軸は対数目盛)

 これを基準に上端値や最大値との関係を調べたところ、下図に示すように、騒音レベル変動の上端値(L5)は等価騒音レベルに約5デシベルを加えた値になることも分かった。更に、瞬間的な最大値は、等価騒音レベルに約16デシベルを足した値だった。つまり、園児50人が園庭で遊んでいる時、集団の中心から距離10mにおいて、等価騒音レベルで70デシベル、上端値(L5)で75デシベル、瞬間的には最大値で86デシベル程度の音が出る可能性があるということである。これは近隣住民が「うるさい」と感じても無理はない大きさといえる。

(等価騒音レベルと上端値の関係、筆者作成)
(等価騒音レベルと上端値の関係、筆者作成)

 分かりやすくするため、公害騒音として騒音規制法の規制対象となっている工場騒音と比べてみることにしよう。プレス工場や木材加工工場など、騒音規制法の対象となる大きな騒音を発生させる工場を特定工場と呼ぶが、この特定工場からの騒音の規制値(上端値(L5)の値で決められている)は、一般住居地域(第2種地域)の昼間で最大60デシベルである。敷地境界でこれ以上の騒音が出ていた場合は、罰則の対象となり、速やかに規制値以下となるよう防音対策を行わなければならない。保育園の場合は、園庭で50人の子どもが遊んでいる場合の騒音レベルの上端値は75デシベルであるから、特定工場と比べても15デシベルも大きな値となっている。このように、音の大きさだけを見れば保育園というのは、かなり大きな音源施設であることは間違いない。

子どもの遊び声のもう一つの大きな特徴

 子どもの遊び声というのは、音の大きさだけでなくもう一つ重要な特徴がある。下図は、園庭で遊ぶ子どもの声の周波数分析結果である。周波数分析とは、その音が高い成分が多いか、低い成分が多いかを分析したものであり、図から分かるように子どもの声は1000ヘルツ(図では1Kと表示されている)~2000ヘルツ(同2K)に明確なピークがある。大人の声と比較すると、成人男性の会話の場合の音の高さは、125ヘルツ~250ヘルツであり、成人女性でも250ヘルツ~500ヘルツといわれているので、子どもの遊び声はかなり甲高く、成人男性の約8倍ぐらいの音の高さであるという特徴を持っていることが分かる。

(園庭で遊ぶ子どもの声の周波数分析結果、筆者作成)
(園庭で遊ぶ子どもの声の周波数分析結果、筆者作成)

 声が高いということは、低い音よりうるさく感じることになるが、逆に良い点もある。高い音は低い音に較べて対策がしやすいのである。例えば、防音塀を設けた場合、低い音ほど塀の裏側に音が回り込みやすく、高い音ほど回りにくくなるため防音効果が大きくなる。具体的な数値で示すと、成人男性(250ヘルツ)と子どもの声(2000ヘルツ)では、同じ塀の高さでも子どもの声の方が9デシベル小さくなる。音の大きさは10デシベル小さくなると、耳で聞いて半分の大きさの音に聞こえるので、この差が大変に大きなものであることが分かる。

 ただし、実際の防音塀の減音効果は、塀の高さだけではなく音源と塀との距離などによっても変化するので、計算はかなり面倒なものになる。そこで、だれでも簡単に防音塀の効果を算出できるように工夫した。下図は、塀による減音量の算出図であるが、これまでは、子どもの声の周波数特性という具体的なデーターがなかったため、防音塀の効果を正確に算定することが出来なかったが、騒音測定によってデーターが整備されたことにより、これが可能になったのである。

(塀の高さ3mの場合の防音効果、筆者作成)
(塀の高さ3mの場合の防音効果、筆者作成)

 この図を利用すれば、仮に、音源(子どもたちの中心)から塀までの距離が5m、塀から受音点(隣家の窓の位置など)までが4mの場合に、3mの高さの塀をつくれば、約20デシベルの減音効果があることが分かる。20デシベルというのは大変に大きな減音量であるから、防音塀による対策は大変に有効であることが分かる。なお、この図は塀の高さが3mの場合であるが、塀の高さが変わった場合の結果(2.0m~3.5mまで)など、その他の関連する内容は、弊著「保育園等での子どもの声の騒音問題に関する地域共生のための検討報告書(Amazon刊、Kindle版)」に詳述されているので、参考にされたい。

対策効果の把握ができる意義

 子どもの遊び声の大きさが具体的に把握でき、防音塀などの対策でどれくらいの効果があるかを定量的に評価できることの意義は大変に大きい。それは数値だけの問題ではない。以前の記事「保育園は迷惑施設なのでしょうか、騒音問題を通して改めて騒音トラブルを考えます」で示したように、保育園施設などの建設に反対する唯一の理由は、騒音に対する不安感だからである。具体的な数値を示した丁寧な説明により近隣住民の不安感を払拭できれば、保育園等の建設もスムーズに進むであろうし、近隣との良好な関係も構築できる。今までは、これらのデーターがなかったばかりに、下図に示すような状況の悪化を辿ってしまう状況であった。

(大阪府・子ども施設環境配慮手引書より引用、原案は筆者作成)
(大阪府・子ども施設環境配慮手引書より引用、原案は筆者作成)

 ただ、一つ注意しておきたいことがある。騒音計算にはいろいろな内容が含まれる。子ども達が園庭で遊ぶ声が住宅の中ではどれくらいの音になるのか、窓を開けているとどうなるのか、塀の高さを変えるとどうなるのかなどを正確に計算するためには音に関する専門知識が必要である。一般的には建築士に相談することになると思うが、殆どの建築士の人はこれらの計算は出来ないと考えられる。その結果、住民説明会などで曖昧な回答を出してしまうと却って不信や反発を招くことになる。そこで、騒音計算で具体的な数値を算出して説明ができるよう、音の専門技術者である音響コンサル事務所などを是非利用して頂きたいと思う。

 東京都の場合には、平成27年度に「都民の健康と安全を確保する環境に関する条例(略称、環境確保条例)」を改正し、保育園等の子どもの遊び声などを規制対象から外すことにしたが、他の道府県ではこのような措置は取られていないので、まだまだ子どもの声のトラブルは続く可能性はある。そのような時には、ここで示した具体的な数値を用いて、不安感をなくすための誠意ある対応を心がけて頂きたいと思う。子どもが元気に遊ぶ声を騒音扱いするなんて、という意見もあるが、かといって、不安感を持つなというような押しつけは出来ないことは自明である。

 最後に、以前、筆者の研究室で子どもの声に関する市民意識をアンケート調査した結果の一部を示しておく。こどもの声も騒音だと考えている人は少しはいるものの(Q9)、こどもが大きな声を出して遊ぶことは、心身の発達に大切であると思いますか(Q10)の質問では、大切だと思う人は9割を超え、大切だとは全く思わないという人は0であった。いろいろ議論のある子どもの遊び声の問題であるが、この結果には少なからず安堵した。

(子どもの声に関する市民意識アンケート調査結果、筆者作成)
(子どもの声に関する市民意識アンケート調査結果、筆者作成)

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科を末席で卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。近隣トラブル解決センターの設立を目指して活動中。

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