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拡がりを見せる新しい騒音公害! あなたの家の隣にヤードがやってくる日、そこから始まる地獄の日々

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
(写真:ロイター/アフロ)

 金属スクラップや廃車部品などを収集・保管する屋外施設で、塀などで囲われたものを「ヤード」と呼びます。自動車ヤードやスクラップヤードと呼ばれることもありますが、このヤードから発生する騒音が問題となるケースが増えています。新しい騒音公害ともいえるものです。

廃棄物ではなく再生資源物であるため規制できない?

 ヤード問題の推移を見てゆきましょう。ヤード問題が世間の耳目を集め始めるのは、2000年の初めごろからでした。2010年6月には、警察が全国619カ所の「ヤード」と呼ばれる解体作業所の一斉捜索を行い、盗品等の保管、入管難民法違反などの容疑でタイ人やナイジェリア人など外国人33人を逮捕しています。この当時、3mほどの鉄板の塀に囲まれたヤードは組織的な盗難車解体グループの温床とされ、警察が把握しているだけでも全国に1400カ所あるとの報道もありました。

 このようなヤードでは、近隣への騒音や振動の問題、油漏れによる土壌の汚染、悪臭、火災など多くの問題がありましたが、当時はヤードを規制する法律はありませんでした。産業廃棄物の処理に関しては「廃棄物の処理及び清掃に関する法律(廃棄物処理法または廃掃法)」があり、処理場の設置に関しては管轄する都道府県知事の許可を受けなければならないことになっており、その許可の基準には、周辺地域の生活環境の保全及び環境省令で定める周辺の施設について適正な配慮がなされたものであることと規定されているため、廃棄物処理場が住宅の近くにできることはありません。もちろん、不法投機もありますが、この場合には人目につかない所で行われるのが通常ですから、これも住宅等への直接的な被害は生じません。しかし、金属スクラップ等は再生資源物(有価物)であり、ヤードは再生資源物の収集・保管場所であるため、廃棄物処理法の適用対象にはなりません。

 ヤードの騒音に関しては、騒音規制法や騒音規制条例の適用も考えられますが、これらの場合は特定施設と呼ばれる一定の条件に該当する工場を対象としているため、例えば粉砕機や一定出力以上の圧縮機があるなどの条件を備えていなければ適用はできず、また、規制地域が第1種区域から第4種区域(それぞれが用途地域に対応)となっているため、都市計画法の用途地域外の場所では適用されません。用途地域外にも多くの住宅が建っているのですから、そのような場所ではこれらの法律や条例は適用外となってしまいます。

 その他、昔の公害防止条例を改名した環境確保条例というものが各自治体に制定されていて、一部の自治体の条例で屋外堆積場の項目があるところもありますが、その内容は、届け出を義務付けたり、指導が行えることを謳っているだけであり、実質的に規制ができる法制度にはなっていません。このような状況のため、盗品でもない限りヤードの立地については何も規制ができないというのが現状でした。

2015年から始まった千葉県と千葉市の取り組み

 このような犯罪の温床ともなりかねないヤードの数が最も多かったのが千葉県であり、全国2100カ所のうち、千葉県内では最多の520カ所に上ることが分かりました。首都圏へとつながる高速道路があり、港湾施設とも近く、土地が比較的に安いことがその理由でした。このような状況に対して千葉県が対策に乗り出し、2015年4月1日付でヤードを規制する条例を全国で初めて施行しました。その条例が「特定自動車部品のヤード内保管等の適正化に関する条例」です。条例では、施設の届け出、油の流出防止、取引記録の作成などを義務付け、県による立ち入り検査ができ、違反者に対して1年以下の懲役または50万円以下の罰金を科すとしました。

 この条例は全国初の取り組みとして高く評価され、同年の9月には「優秀政策」として知事会表彰を受け、その後、茨城県でも2017年4月1日に「ヤードにおける自動車の適正な取扱いの確保に関する条例」が施行され、三重県、山梨県などでも同種の条例の施行が続きました。しかし、これらの条例では対象が自動車となっていたため、オートバイや重機類は対象外となっており、条例の抜け道をつく新たな不法行為も増加し、条例施行から2年後の調査では、条例施行前が520カ所だったものが、2年後でも551カ所となっており、条例施行後も大差がなかったことが分かりました。

 これらの結果を受けて今度は千葉市がヤード規制の条例制定に動きます。千葉市が調査した結果では、金属スクラップヤードでは騒音や振動の苦情が多数あり、火災も2018年以降で11件発生し、ヤードの事業者のうち4割から5割が中国系の事業者である事が分かりました。また、朝日新聞が千葉県内にあるヤードを調査したところ、その3分の1にあたる108施設で近隣とのトラブルを抱えていることが判明し、その内容の内訳では、騒音・振動が一番多く78施設に上りました。その大きな理由が、ヤードが住宅の近くに存在することであり、トラブルになっているケースの58.4%が100メートル以内に存在する状況でした。

 これらのことから、千葉市は、ヤードでトラブルがあるのは県条例の規制に限界があるためと考え、独自に罰則付きの条例づくりに乗り出すことにしたのです。その条例が「再生資源物の屋外保管に関する条例」です。規制対象は自動車に限定されず、再生資源物と広く捉えられています。そしてこの条例の目玉と言ってもよい条項が、屋外保管事業所の立地基準の制定です。すなわち、「屋外事業場の場所は、住宅等(住宅、学校、病院等、公民館、博物館、図書館、保育所、特別養護老人ホームその他の社会福祉施設及びこれらに類するもの)から屋外保管事業所の敷地の境界までの距離が100m以上であること。」(第8条の(1))としました。2021年11月1日、千葉市がこの条例を施行したのです。

 これはヤードの騒音問題に関しては画期的な条項です。仮に、重機を使ってヤード内で作業をしている場合、その騒音が10m離れた場所で80デシベルだったとします。これはかなりうるさい音ですが、その騒音は100m離れた地点では距離減衰によって約20デシベルほど小さくなります。それに塀による回析減衰が10~15デシベル見込めますから、住宅に届く騒音は50デシベル以下となり、窓を閉めてしまえば殆ど聞こえなくなります。窓を開けている場合でも、道路騒音などの暗騒音と較べても特別大きく感じることはないレベルだと言えます。

 住宅からヤードを100m以上離すことに加え、設置に際しては近隣住民への事前説明を義務化し、市からの許可取得を義務付けし、これらに違反した場合には1年以下の懲役または罰金100万円としました。千葉県の条例では罰金50万円でしたから、この点を見てもかなり厳しい条例になっていると言えます。この条例に関しては、他の自治体からの問い合わせも多く、その後に袖ヶ浦市やさいたま市などでも同様の条例が制定されています。

 その後、千葉県でも新たに条例を設置し、更なる規制に乗り出しています。ヤードの新たな設置を許可制にする条例であり、既存事業者に対しても許可の取得を義務付けており、今年4月1日から施行されました。名称は、「特定再生資源屋外保管業の規制に関する条例(通称:金属スクラップヤード等規制条例)」であり、この県条例では住宅までの距離は規定していませんが、市町村が独自に規制する場合には、それが適用できるための条項(市町村への支援等の項目)を設けています。千葉県は、ヤードの規制と資源循環の両立を目指した形だとしています。

 2024年以後、三重県、茨城県、山梨県などでもほぼ同様の条例の施行が続いています。細かな数値には差がありますが、基本的には千葉県の条例と同じ内容となっています。県だけではなく、市でも条例制定の動きは広がっており、越谷市、常陸大宮市などでも条例が施行されています。千葉県、千葉市から始まったヤード規制の考え方が日本全国に広まりつつあるといえるでしょうが、騒音問題の防止から見た場合、千葉市の100mルールは特に重要であるといえます。

ヤード規制条例がないとどうなるか、福井県鯖江市の事例

 ヤード騒音問題の具体的事例を見てゆきましょう。2023年9月14日の記事で、福井新聞がこの騒音問題を取り上げました。場所は福井県鯖江市の西側地区にある住宅街でした。「化粧品の倉庫が建つらしい」という話のあった住宅隣の敷地にできたのは、倉庫ではなく金属くずを収集・保管するスクラップヤードでした。3年前に立地して以来、隣家の住宅の生活は一変しました。朝の8時過ぎから重機が動き回り、金属くずを載せたトラックが往来して荷下ろしをし、住宅室内にはその金属音が一日中鳴り響く状態となってしまいました。その騒音レベルは時に70デシベルにもなることがあるといい、尋常でない生活環境だといえます。住宅とヤード敷地の距離はわずか1.5mしかなく、油の臭いも漂ってきて、洗濯物を外で干すこともできない状態だといい、住民は、「この状態がいつまでも続くかと思うとノイローゼになりそうだ」と嘆いていました。

 住民は市に相談しましたが、福井県や鯖江市にはヤードを規制する条例はないため手の打ちようはなく、直接にヤード業者と接触して現状の打開を探ろうとしても、業者の代表は中国籍の男性であり、言語の問題もあり円滑なコミュニケーションがとれない状態だと福井新聞が報じています。住民は、ヤードが来るのが分かっていたらここに家を建てることはなかったと嘆いていますが、もうどうしようもないのが現状です。鯖江市は他の市町村と連携してヤードに対する条例による規制を県に働きかけていきたいとしていますが、まだその動きは鈍いようです。

 この場所にヤードがやって来たのには理由があります。まず一つは交通の便です。ヤード敷地は幅広い2車線の県道に面しており、そこから北陸の幹線道路である国道8号線までは一本道でわずか4km足らずであり、北陸自動車道の鯖江ICも直ぐ近くにあります。トラックによる運送に大変に適した場所であるといえます。もう一つは、この場所が都市計画法の適用区域外になっていることです。用途地域の指定のある場所はさまざまな制限がありますが、区域外では制限がないため何でも自由に建てられるうえ、土地代も比較的安いというヤード側のメリットもあるのです。

 このような条件の土地は日本全国に存在し、千葉市や袖ヶ浦市など一部の市町村以外では、いつ自宅の横に金属スクラップヤードができてもおかしくない状態が続いているのです。一旦できてしまえば、騒音に悩まされ続ける地獄の日々が始まり、転居しようにも自宅の売却もできないという状況に陥るのです。このような不合理な状況を生まないためには、個人的には、自宅の横に何かができるという情報があれば、それを徹底的に調べて必要な予防策を考えるより仕方ありません。業界的には、法令違反のヤードだけではなく、近隣への配慮を含めて不適正なヤードを自主規制してゆく体制を作っていってほしいと考えますし、何より行政的には、ヤード規制条例を全国的に整備することを急がなければなりません。

 あなたの居住する自治体の状況はどうでしょうか。リサイクルは重要などと、のんびり構えていないか、是非一度、チェックしてみて下さい。

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科を末席で卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。近隣トラブル解決センターの設立を目指して活動中。

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