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騒音問題を泥沼の騒音トラブルへと変えるSTICK(スティック)とは、実例とともに解説

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
(提供:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

 誰もが騒音トラブルに巻き込まれる可能性があります。その時に備えて、是非、記憶に留めておいて下さい。

 単なる騒音問題が泥沼の騒音トラブルへとエスカレートしてしまうのは、苦情に対応する側に原因がある場合も多く、十分に注意が必要です。たとえ、それが理不尽な苦情であっても、トラブルをエスカレートさせないことを最優先に考えるべきです。その主な注意点を纏めたものがSTICK(スティック)であり、これはトラブルをうみ、エスカレートさせる各原因について、日本語の頭文字をアルファベットで纏めたものです。各々の名称と理由を、実際の参考事例も含めて説明します(場所や名称などは適宜変更されています)。

S:(不適切な)初期対応

 騒音苦情がトラブルに発展する一番の原因が不適切な初期対応です。最初に苦情が寄せられた時に、無視された、軽く扱われた、馬鹿にされたなどの印象を相手に与えないように細心の注意が必要です。騒音問題が発生した時に、相手がすぐに苦情を言いに来るわけではありません。通常は、自分なりに我慢を重ね、遂に我慢ができなくなって苦情を言いに来るのです。既にもう十分に怒りや被害者意識を蓄えているという想像力を持って対応することが必要です。

<参考事例>

 私立高校が敷地境界付近に空調室外機を設置するための整地工事を行っていたところ、隣地に住む老夫婦がやってきて、「こんな大掛かりな工事でこの辺は大変だったんですよ。一体何をされるんですか」と尋ねました。これに対し高校職員が「何をいうとる。学校のそばにいたら、こんなことは当たり前やろ。ここが安いから買ってきたんやろ」と発言しました。相手が老夫婦であり、つい口をついた冗談だったのかもしれませんが、このような相手の存在を軽視する発言は論外であり、許されるわけもありません。これが、その後10年以上にもわたる騒音トラブルと裁判への引き金になりました。

<参考事例>

 言葉だけではありません。東京近郊市に新設された市民公園の騒音問題に関する差し止め請求事件では、市の初期対応の拙さが拗れる原因になりました。公園近隣に在住の女性が、噴水で遊ぶ子どもの騒音に対する対策要望書を提出してから数日が経ったある日、公園で市が主催するイベントが行われ、市長がマイクを取って挨拶を行いました。そのスピーカーが女性宅の方を向いていたため、挨拶の声は女性宅にも大きく響き、騒音対策の要望を出しているさなかの配慮のないこの行為に対し、自分が無視されているような屈辱感を強く感じ、その後の裁判所への差し止め請求へと繋がりました。意図したものではないにしても、結果として女性の気持ちを逆撫でした行為と言われても仕方のない不適切な初期対応であり、仮に事前に女性側に連絡等があれば、その後の展開も大きく異なったことと思います。

(筆者撮影)
(筆者撮影)

T:敵対型対応

 不適切な初期対応に関する最も重要な注意点です。苦情を言われると思わず反発して敵対的な選択肢を選んでしまいがちですが、これがトラブル発生の切っ掛けになります。敵対的な言動までいかなくても、不機嫌そうに「そんなにうるさいですか?」というのも厳禁です。これは苦情を言われた時の代表的なNGワードです。自分の対応が敵対型の対応か関係改善型の対応なのか、自省的なチェックが必要です。

<参考事例> 

 上階音トラブルの事例です。完成した新築マンションの1階住戸を若い夫婦が数千万円で購入して入居し、入居1か月後にその直上階に子どものいる同年代の夫婦が入居してきました。その後、上階から子どもの足音などが時々響くようになりましたが、ある日、ベランダの避難用の金属ハッチの上で遊ぶ子どもの物音が響いてきた時、日頃の鬱憤が遂に爆発し、苦情を言いに上階へ向かいました。下階の妻が「いい加減にして下さい。うるさいんです。ベランダで遊ばせるのはもう止めて下さい」と言うと、上階の妻はむっとした表情で「すいません!」と吐き捨てるようにいい、いきなり扉をガシャンと閉めました。この時から、裁判を含めた6年にもわたる泥沼のマンション騒音トラブルが始まったのです。

Ⅰ:(被害者)意識

 苦情を言われると無意識に被害者意識を持ちやすいのですが、解決のためには何の役にも立たず、悪影響の方が大きくなります。自己コントロールをしっかり利かせ、無益な被害者意識を強めないように留意することが必要です。事例については、次のクレーマー扱いと併せて以下に示します。

C:クレーマー扱い

 被害者意識と同様に、相手をクレーマーだと思うと自分の気が晴れ、争いを正当化できますが、その意識は敏感に相手に伝わり、相手の被害者意識をより刺激して状況を更に悪化させます。

<参考事例> 

 関西で物流倉庫を改修して屋内球技場の経営を始めた夫婦は、開設してまもなく、近隣に住む女性からの騒音苦情を受けるようになりました。プレー中の声や歓声、駐車場の車やバイクの騒音がうるさいというものです。夫婦は、夜の営業ではサイレントプレーを呼びかけ、大きな扉は締め切るなどの対応をとっていると言い、それでも苦情が段々と酷くなってきていると状況を説明しました。相手の女性は、電話での苦情や警察への通報は勿論、利用客に窓から大声で叫んだり、利用客や施設の様子をビデオ撮影するなどの嫌がらせとも取れる行動を繰り返しているとのことでした。近所のクレーマーの被害にあっているという口調でしたが、営業時間を確認すると何と深夜の1時までやっているとのことでした。苦情者の自宅近辺での騒音レベルの記録を見ると55デシベルを超える騒音も時々発生しており、幾ら準工業地域に立地しているとはいっても、周りには住宅があるのでせめて夜の10時で終了してはどうかと尋ねましたが、仕事帰りの若者に楽しみを与える仕事なので、営業時間の短縮は決して認められないと頑として譲りませんでした。その後、屋内球技場宛に女性から内容証明郵便が送達されたと聞き、その内容を確認させてもらうと、要求項目として、騒音低減の防音措置を講じること、営業時間を午後10時までに変更すること、これまで被った精神的苦痛に対し慰謝料を支払うこととなっていました。

K:孤立化の策動

 周りを味方につけて相手を孤立化させ、自分の状況を優位にしようとするのは敵対型対応の典型ですが、これは相手の強硬な反発を招き、状況を悪化させるだけに終わります。

<参考事例> 

 子ども活動センターの屋外プレイパークで発生する子どもの遊び声に関する騒音訴訟では、センター館長と苦情者の関係が徐々に悪化してゆきましたが、センターの運営委員会の席上で、館長が女性をクレーマーであると断言し、「この女性のように言ったもん勝ちにならないようにしなければならない」と発言しました。更に館長は、センターを利用する各種団体に対して署名活動を実施し、苦情者に対抗するための支援を呼びかけました。その結果、訴訟の時に裁判長に提出された支援団体からの書面では、「常識を超えた、病的執拗姓を持ったクレーマーが自分の権利を主張するなら、同じ地域に住む住民として我々の権利も主張したい」とまで書かれる状況になりました。苦情者の孤立化には確かに成功しましたが、これらの行動がトラブルの解決に全く繋がらず、エスカレートさせただけだった事は論を俟たないでしょう。このような苦情者の孤立化を図る行動は、十数年前から問題となってきた道路族問題でも一般的にみられます。

 STICKの内容について、実例とともに説明しました。一振りするだけで泥沼の騒音トラブルを見事に解決してくれる魔法のスティックがあればいいのですが、そんなものは何処を探してもありません。せめて騒音トラブルがエスカレートしないように、上記のような対応をしている人を見たら、次のように注意してあげましょう。スティックだけに、「ボー(棒)と対応してんじゃねーよ」。

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科を末席で卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。近隣トラブル解決センターの設立を目指して活動中。

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