「右キラー」としてNPB復帰を狙う元楽天・横山貴明(福島レッドホープス)
■「右キラー」として帰ってきた
右殺し―。
東北楽天ゴールデンイーグルスを退団し、海外に渡った横山貴明投手が日本に帰ってきた。6月20日、BCリーグ・福島レッドホープスと選手兼投手コーチとして契約し、NPB復帰を目指している。
そのフォームはかつてNPBで投げていたときとは異なる。腕を下げ、サイドから繰り出す。プレートの一塁側ギリギリ端を踏み、動くボールを駆使する。標榜するスタイルは「右キラー」だ。右バッターは限りなく完璧に抑え込む。
実際、BCリーグにおけるここまでの左右別被打率は左打者の.304に対して、右打者は.161である。
一度はクビになった身だ。同じことをしていても意味はない。ならばと、極端なスタイルでの復帰を目論んでいる。
もちろん状況が厳しいことは重々承知だ。しかし何もしないで諦めることだけはしたくない。
■NPBに戻るために海外へ
昨年、イーグルスから戦力外を通告され、迷うことなく12球団合同トライアウトを受けた。受験後、国内の独立リーグ数球団からオファーが来たが、NPB球団からの電話が鳴ることはなかった。
「まだまだやれる」―。横山投手がもっともプレーしたいのは日本のトップリーグ、すなわちNPBだ。そこに戻るためにどうすべきか考えた。
「先輩をいろいろ見たけど、日本の独立リーグですごい結果を残しても、なかなか戻れない人が多い。それならむしろアメリカとかに行って活躍して、ある程度上のほうまで行けば日本の人らも興味持ってくれるんじゃないかと思った」。
海外でプレーすることが目的ではなく、あくまでもNPBに戻る足掛かりにしようと考え、海を渡った。
「最初の1週間はフロリダ。スカウティングリーグといって、アメリカ人と混じって2チーム作って試合をして、それをスカウトが見る。1週間、毎回同じメンバーと試合をする」。
そこからアリゾナに移り、3週間を過ごした。
「アリゾナでは日本人がほとんどで、海外の人も何人かいた。25人くらいで1チーム作って、アメリカの大学生やマイナーのドジャースやレンジャーズと試合をした。あと、メキシコのプロチームとも。それをスカウトに見に来てもらうという形で」。
チーム内で平等にチャンスがもらえるようになっており、13試合ほどに投げた。
「そしたらアメリカのキャナムリーグからオファーがあった。独立リーグの中で上から2番目くらいのところ。ほんとはアトランティックリーグっていう一番強いところを狙ってたんだけど、声がかからなくて」。
キャナムリーグのニュージャージージャッカルズと契約したものの、ビザがなかなか下りない。待っているときにちょうどメキシコの話が舞い込んだ。
「メキシコはビザが要らないっていう。とりあえずメキシコに行けば、いきなりプレーできる、プレーしながらビザを申請したらいいっていう話だった。『いますぐ来て』って」。
即答を求められたが、横山投手自身の答えも明快だった。
「アメリカは独立リーグだけど、メキシコはプロリーグ。メキシコに行くのは当たり前だなと思った」と、メキシカンリーグのメキシコシティレッドデビルズと契約し、すぐにゲームで登板した。
■メキシカンリーグでプレー
6試合、4・2/3回、5安打、3失点。防御率は5.79。勝ちパターンで使われていたが6月上旬、契約を解除された。
「最後の試合以外はほとんど抑えていた。最後の試合だけピンチの場面でいって、フォアボール、ホームランで同点にしてしまった。そこから『もう要らない』と」。
たった一度の失敗だった。外国人であることの厳しさか。
「思ったほど空振りが取れてなかった。ゴロとかで打ち取ってはいたけど。右のサイドで、右バッターを三振に取るというのを求められていたんだと思う。僕くらいだったら、こっちの選手のほうがいいってなっちゃったのかもしれない」。
地形の影響も大きかった。標高が高いため、ボールがよく飛ぶ。さらに投手にとって致命的なのは変化球が曲がらないこと。つまり完全な打高投低になっていたのだ。
ここで決意した。もう野球は辞めよう、と。
「日本のプロよりはレベル的にはやや下だと思うメキシコで結果を残せないなら、やっぱりNPBでも厳しいなと思って。もうここで終わりかなと…」。
自ら幕を引くことにした。
■ボールに手応えが戻った
帰国して、何もせず2週間を過ごした。これまでケガ以外で、こんなにも練習せずに過ごしたのは初めてだ。
このときも日本の独立リーグから続々と話がきていた。福島レッドホープスの星野おさむGM・総合コーチからも、昨年に続いて熱心な誘いがあった。
辞めると決めたつもりだったが、どこかで揺れている自分もいた。
「今年1年は頑張ろうって決めたな。もうちょっと野球やりたいな。今シーズン最後までは頑張ろう」。
心の中のもうひとりの自分が、深く奥底に眠る気持ちを揺り起こす。だんだんと続けたい気持ちの比重が大きくなっていった。
そんな折、地元の友だちとキャッチボールをしたときだ。あれ?と思った。
「メキシコに行ったとき、ボールが曲がらないし、スピードもあまり出なかった。自分の投げているボールの感じがよくなかったんで、『あぁ、これだと厳しいな』って正直思っていた」。
「メキシコで」ではなく、あくまでも「NPBに戻るため」には、このボールでは厳しいと自己判断を下していた。だから辞めようと思ったのだ。
ところが、「思いのほか、いいなと思って。スライダー曲がるな、日本だと曲がるなと思って」と、メキシコでは得られなかった手応えがそこにあった。
「これならいけるんじゃないのかなと思った。だったら、もう一回、思いきってやってみようと」。
■地元のチーム・福島レッドホープスに入団
腹は決まった。国内の独立リーグ球団のオファーはいろいろあったが、入団するなら福島レッドホープスと決めていた。
一番の理由は「もしかしたらここで野球をやるのが最後になるかもしれない。それなら最後は地元でやりたいっていう思い」だったという。
これまでお世話になった人、応援してくれた人、親戚の人…そういう人々に投げている姿を見せたい。恩返しをしたいと思った。
「もうひとつの理由は、実家から通える距離(笑)」。
BCリーグも後期に入った6月下旬に入団した。残り2ヶ月強のために知らない土地でひとり暮らしを始めるより、さまざまな面で負担が少ない。
「やっぱ、やりやすい環境でやったほうがいいなと思って」。
実はNPBへの挑戦を続けようと決意したとき、どこにも所属せず11月のトライアウトまでひとりで練習することも考えた。チームに入ると少なからず拘束される。ひとりだとやりたいことをやりたいだけできる。
横山投手にはしなければならないことがあった。トライアウトはどうしても球速で評価されるところがある。だから試合に縛られず、スピードを上げることに特化して練習しようと考えたのだ。
しかし結局、入団を決意した。打者との感覚や実戦勘など、ひとりの練習では得られないものもあるからだ。
■念願のサイドスローで右殺し
もともと体が横振りで、イーグルス時代から横手投げにしたかった。オーバースローが合っていなかったためか肩を痛め、なんとか注射でしのいでいたということもあった。そこで退団を機に昨年12月、思いきって下げた。
思ったとおり、すぐにハマッた。やはり横回転の体には合っていた。
さらにサイドスローを生かすスタイルに仕上げていった。持ち球はストレート、スライダー、フォークで、決め球はほぼスライダー。
ストレートはきれいな回転ではなく、シュート気味に動かす。オーバースローのときは三塁側を踏んでいたが、サイドにしてからはボールがより動くよう一塁側のギリギリ端っこを踏んでいる。サイドからの動く140キロ台後半の球は、右打者に非常に有効である。
想定しているのはすべて右打者だ。実際、ここまでの被打率を見ると、左打者の.304(79打数24安打)に比べて右打者は.161(62打数10安打)と抑え、アウトの半分は三振だ。
完全に対右打者に特化し、右キラーとしてNPBにアピールする作戦だ。それくらい極端な特徴がなければ、NPB復帰は叶わないとも考えている。
しかしその勝算はどの程度、計算できているのだろうか。そもそも左に比べて、右キラーの需要はあるのだろうか。
「厳しいと思う。だから右バッターからは確実に三振が取れるようなスライダーを投げなきゃいけない。それをイメージしてやっている」。
たしかに完璧に右打者が抑えられるとなったら、それは夢がある。たとえばセ・リーグならば読売ジャイアンツの坂本勇人や岡本和真、広島東洋カープの鈴木誠也、東京ヤクルトスワローズの山田哲人、阪神タイガースの原口文仁、パ・リーグならば埼玉西武ライオンズの中村剛也や山川穂高、東北楽天ゴールデンイーグルスの浅村栄斗、北海道日本ハムファイターズの中田翔、福岡ソフトバンクホークスの松田宣浩・・・名だたる右の強打者のここぞという場面で登場し、くるくるとバットを振らせて三振を取る。そうなったら、それだけで見せ場が作れる。
一度はクビになった身だ。とことんやらないと後悔するだけだ。
■選手兼投手コーチ
現在、「選手兼投手コーチ」という肩書きがついている。
「どちらかというと自分はプレーヤーでありたいし、教えるほうも責任がある。教える勉強もしてないうちに教えるのはよくないなって思うので(兼任コーチは)お断りはしたけど、岩村(明憲)監督も星野コーチも『プレーヤー中心でいいから。背中で見せてやってくれ』って話だったので、それならと引き受けた」。
軸足はプレーヤーに置いているが、ゲーム中の投手交代はマウンドにいくし、時間が空けばピッチング練習も見る。
伝えられるものは伝授していくつもりだ。そもそも自身の練習量には自信がある。だからこそ「今のチームは練習量が足りていない」と痛切に感じるという。
「ホープスで結果を出したいがゆえに、上が見れていない。調整、調整になってしまっていて、練習ができていない。シーズン中でもうまくなりたいと思っていない。目指すべきものはもっと上でなければ」。
無理もない。選手たちはきっとほかの世界を知らないのだから。しかし、それではいけない。
「ピッチャーの練習メニューのトレーニングは自分が決めるようになったので、ちょっとずつ練習を増やしている。でもシーズン後半から入ってきたので、前半からやってきたものもあると思うし、一気には変えられないけど」。
多少の遠慮もありつつ、なんとか若手選手のプラスになるようにと考えている。
■11月のトライアウトに向けて
シーズンは残り1ヶ月ほどだが、横山投手にとってはその先がある。11月のトライアウトだ。そこにベストをもっていけるよう、抜かりなく進めている。「今は無理してでもトレーニングをしなきゃ」と自らを追い込む毎日だ。
中でも、球速を上げることは必須だ。現在の最速は146キロだが、アメリカでは151キロ出ていた。サイドで151キロはかなりのインパクトがある。
アメリカの硬いマウンドが好きで、合っていた。「地面からもらう力が強いので、すごいスピードが出る。そこをなんとか取り戻したい」。日本のマウンドでも実現できるよう、ここから3ヶ月で仕上げるつもりだ。
また、腕の高さも要注意だ。調子が悪くなると腕が上がってしまい、ボールが動かずきれいなストレートになる。そうなると打たれやすくなってしまう。フォームもしっかりと固めなければならない。
「もっとできると思うからNPBを目指す。できないと思ったら潔く辞めている。次のステップや違う業種に進むなら早いほうがいいから。続けようと決めたのも、できると思ったから」。
右殺しの刺客となって、横山貴明は必ずやNPBの晴れ舞台に返り咲いてみせる。
(数字は8月9日現在)
(撮影はすべて筆者)
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