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ファームリーグのドラフト候補は虎キラー 阪神打線を15回0封にした虎の天敵・早川太貴(くふうハヤテ)

土井麻由実フリーアナウンサー、フリーライター
阪神タイガース打線を0封!虎キラー襲名の早川太貴(くふうハヤテベンチャーズ静岡)

■“虎退治”でキラーぶりを発揮

 「広いですねぇ…」。

 野球人にとっての憧れの“聖地”に足を踏み入れた早川太貴投手(くふうハヤテベンチャーズ静岡)は、心地よい浜風を頬に感じながら、芝の匂いのする空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 ゴールデンウィーク中の3連戦は阪神タイガース戦。前回の鳴尾浜球場ではなく、阪神甲子園球場での開催だった。実際のサイズは両球場とも同じなのだが、スタンドの高さのせいだろうか、広く感じたようだ。

 高校時代には手の届かなかったこのマウンドで、早川投手は躍動した。

 “虎退治”は2度目だ。前回3月22日のゲームは、チームは未勝利で迎え、自身も開幕戦のオリックス・バファローズ戦でノックアウトされての2戦目だったが、7回を散発3安打で無失点。チームも自身も初勝利を挙げた。

 5月3日に再び相まみえ、さらに進化した姿でタイガース打線と対峙した早川投手は8回を3安打、四球は1つ与えたが、自身初の2ケタに乗せる10奪三振でまたもやホームを踏ませなかった。

 残念ながら援護がなく白星は得られなかったが、それ以上の大きな手応えを掴んだ。

 ウエスタン・リーグトップのチーム打率(5月9日現在.272)を誇るタイガースに対して、これで通算15回に投げて未だ無失点と、“虎キラー”ぶりを発揮している。

阪神タイガース戦には2度目の登板
阪神タイガース戦には2度目の登板

さらに進化して甲子園に乗り込んだ
さらに進化して甲子園に乗り込んだ

■初球ストライク率は85%

 最速147キロをマークしたストレートは前回と比べても強さがさらに増し、スライダーのキレも抜群で、おもしろいように空振りが取れた。さらに、曲がりが小さく速度の速いカットボールの割合を増やし、打者に狙い球を絞らせなかった。

 前回も織り交ぜていたカーブは初回と二回は封印し、三回以降、効果的に使った。

 コントロールも安定していた。低めに制御し、ここというときインサイドに鋭く突っ込む。3ボールになったのは1つの与四球を含め3度のみで、常にストライク先行のピッチングだった。

 とくに初球で簡単にストライクを取る。プレーボールから12人連続で初球はストライクから入り、対戦した27人中、ボールから入ったのはわずかに4人だ。“初球ストライク率”は85%にも上った。

 そして、その初球ストライクの23人中、12人は見逃しということから、完全に虎打線を幻惑していたことがわかる。

 さらに10コの三振を奪いながらも8回で102球という球数の少なさからも、無駄球がほぼなかったことが窺える。

ストライク先行のピッチング
ストライク先行のピッチング

■表情のギャップ

 一回に2安打されたあと、二回1死からヒットを許して以降、七回2死からの四球まで16者連続で出塁を許さず、8つの0を並べた早川投手。

 試合中はずっと表情を隠していた。ズバッと決まって三振を取っても、3アウトでチェンジになったときも、なかなか表情は崩れない。両軍点が入らず延長十回までもつれて引き分けに終わり、あいさつの整列に出てきたときにやっと笑顔が見られた。

 いかにゲームに集中し、入り込んでいたのかということだ。

 今年なんとしてもNPBのドラフト会議で指名を勝ち取ろうという早川投手にとって、試合中に1秒たりとも気が抜けるときはなく、常に真剣勝負に専心しているということだろう。

 その決意のほどが窺える、試合中の表情だった。

試合後のハイタッチ
試合後のハイタッチ

整列時にやっと笑みがこぼれた
整列時にやっと笑みがこぼれた

■スライダーとカットボールのコンビネーションで虎を翻弄

 試合終了後に気を緩めた早川投手は、清々しい笑顔で自身のピッチングを振り返った。

 「今日は序盤から、変化球が安定すれば外でうまく外せるなという感触があって、その感触のまま後半までいけたので、いいピッチングになったのかなと思います」。

 変化球の“キモ”に挙げたのはスライダーとカットボールだ。

 「130キロちょっとくらいの鋭めに曲がるカットと125キロくらいの幅が大きく曲がるスライダーで、回転は似ているんですけど奥行きと幅で差別化できたから、うまく外せたって感じです」。

 前回はあまり投げなかったカットボールを、今回はスライダーとほぼ同じくらいの比率で投げたことで、打者を惑わすことができた。

 実際、タイガースの渡邉諒選手も「スライダーとカットがね…」と口にし、「スライダーを待ったらカットで、カットかなと思ったら大きく変化して、絞りきれなかったね」と翻弄されたと証言した。

 得意球の一つであるフォークが少なかったのは、あまり落ちがよくなかったからだと明かす。「相手がスライダーに対応してきたら配球を変えようという話はしていた」が、そこまで使うまでもなく役目を終えることができた。

 その日のいいボールを活かすことができ、深谷力捕手に感謝する。カーブの有効な使い方も、キャッチャーのリードに任せていたという。

スライダーとカットボールのコンビネーションが絶妙だった
スライダーとカットボールのコンビネーションが絶妙だった

■ストレートのヒミツ

 自ら「ウリはまっすぐの強さ」と胸を張るとおり、打者をことごとく差し込んでいた。この日の最速は147キロで、アウトを取った球種はスライダーに次いで2番目にストレートが多かった。

 150キロ超えの投手が少なくない昨今だが、アベレージが140キロ中盤でも数字以上の威力を感じさせる。

 「まっすぐを打たれたというのもなく、差し込んでファウルが取れていたので、僕も投げていて今日はまっすぐが走っているのかなっていうふうには思っていました」。

 そう手応えを口にするが、これまたタイガースの選手が早川投手のストレートについて説明してくれた。この日、早川投手の前に2つの空振り三振とセカンドフライに打ち取られた榮枝裕貴捕手だ。

 「エクステンションっていってリリースの位置なんですけど、めちゃくちゃ前で離してるんですよ。つまり、よりバッター寄りってこと。ウチのザキさん(岩崎優投手)ってリリースがすごく前じゃないですか。だから140キロくらいでもバッターが遅れちゃうんですけど、そのザキさんより前なんですよ!!」

 たしかにリリースポイントが岩崎投手より前となると、NPB内でも1、2を争うくらいなのではないだろうか。なるほど、早川投手のストレートの秘密が解明できた。

力強いストレートに手応えを深める
力強いストレートに手応えを深める

リリースポイントが岩崎優投手より前打という事実が判明
リリースポイントが岩崎優投手より前打という事実が判明

■独特のフォームを武器に

 独特のフォームも、早川投手の投球に好影響しているようだ。早川投手の場合、投げにいくときに一旦沈んで浮き上がり、また沈むというような、コンマ何秒かの中で小さく上下動があるのが特徴だが、それがどうやら打者にタイミングをとりづらくさせているのだ。

 視察していた某NPB球団のスカウトも「あの、ちょっとした間がいいんだよ」とうなずいていた。

 「でも、それが球速が上がらない要因でもあるんですよねぇ。そのまま(上下動せずに)ダンッていったほうが速くなると思うんです。球速を出す上ではロスっていうのはわかっていて、いろんな人からも『速くしたいなら直したほうがいい』と言われてきたんですけど…」。

 これまでずっと、ナチュラルにそうなるフォームを変えることができなかった。

 しかし今年、視点が変わった。

 「紅白戦で(福田秀平さんと対戦したときに『タイミングがとりづらい』って言われて、どうやら(打者は)低い位置から投げられるのって見づらいというか、低くから来るのは嫌みたいなんです。直そうとしても直せなかったんですけど、これは逆に武器になるというのが打者からの意見だったので、そこは自信にして投げるようになりました」。

 球速表示がすべてではない。要は打者を打ち取ることが重要なのだ。このフォームが武器だと気づかせてもらえたことは大きく、今後も強力な味方にして戦っていく。

低い」位置から…
低い」位置から…

■高い三振奪取力

 自身初の2ケタとなる10コを記録した奪三振能力の高さも、早川投手の魅力のひとつだ。この日は一回から七回まで毎回の奪三振で、井坪陽生選手以外の全員から奪った。

 「とくに右バッターにはスラとカットでうまく外せていたので、たぶん多少甘くても長打はないかなとメンタル的にも余裕をもって入れたのかなと思います」と、先述したようにストライクから入ることが多く、簡単に追い込むことができた。

 「やっぱり2ストライク取れたら狙います。ランナーがいない場面も多かったので、甘いところからボールになるように意識はして投げていました。とくに今日はスライダーを大きく曲げて外で三振っていうのが多かった。うまく取れたかなと思います」。

 8コの空振り三振のうち、5つはスライダーで取ったものだ。思いどおりにボールが操れた手応えに、満足そうに微笑んだ。

ベンチ前で野手を迎える
ベンチ前で野手を迎える

強靭な下半身
強靭な下半身

■生まれて初めての甲子園球場

 初めての甲子園での登板を終え、「やっぱり1軍のマウンドは投げやすかったですね」と白い歯を見せた早川投手。“プロ仕様”の硬いマウンドが合うようだ。

 「観客数も多かった、僕が投げた中でも一番。投げていても奥行きとか広く感じて、マウンドからの景色もいつもとは全然違う感じでした」。

 この日の入場者数は8,121人だった。甲子園球場特有の造りは、ネット裏の客席の位置が低く、投げるときに視界の向こうに観客の顔が見える。

 「気にはならなかったですけど、(観客が)目線に入るのはなんかいつもと違うなと思って投げていました。応援の声とかもいつもと全然違うし、雰囲気はすごかったですね」。

 大半はタイガースファンではあったが、自身の調子がよかったこともあり、球場全体の空気感も楽しめたようだ。

 「やっぱ小っちゃいころは夢の舞台というか、甲子園に出たいなと思っていたんで、特別な思い入れというか、マウンドに立って感動というか…すごく感じるものがありました」。

 NPBに入ればまた、立てる可能性がある。そのとき、早川投手はどこのユニフォームを着ているのだろうか。

初めて甲子園のマウンドに立った
初めて甲子園のマウンドに立った

■ドラフト指名に向けてアピールを続ける

 目指す目標は変わらない。入団当初からずっとNPBのドラフト指名に向けてアピールを続けている。ウエスタン・リーグ開幕から6試合、40イニングスに投げて3勝2敗で防御率は3.15。対タイガースに限っては、未だ0.00だ。

 こんなにも野球漬けの毎日を送るのは初めての経験だが、開幕から先発ローテーションに入って約2か月が経ち、体調などはどうだろうか。

 「去年、働きながら野球をやっていたほうが圧倒的に大変だったので、身体的に疲れはあるけど睡眠時間も十分にとれるし、ケアに充てる時間もあるので、むしろ過ごしやすいです、今のところは(笑)」。

 大学を卒業後、昨年までは北海道の北広島市役所に勤めながら市役所の軟式チームと硬式のクラブチームに所属して、フル回転で野球をしていた。1日の大半の時間は仕事に割かねばならず、NPBに行きたくてもアピールの術もなかった。

 それに比べれば今は幸せだ。高いモチベーションで野球に没頭できている。今回も中村勝ピッチングコーチが先発を1回飛ばすという配慮をしてくれ、万全のコンディションで甲子園に乗り込むことができた。スカウトにいつ、どこで見られてもいいように、常にコンディショニングには気を配っている。

 これから夏場を迎える。シーズンを通してプレーする苦しさやしんどさを味わうかもしれない。いくら春先によくても、ドラフト会議がある秋口に調子を落としては評価されづらい。

 今の状態を維持、いや、さらに尻上がりにしていくべく、早川太貴は鍛錬を積み続ける。

登板翌日の笑顔
登板翌日の笑顔

(撮影はすべて筆者)

【早川太貴(はやかわ だいき)*プロフィール】

1999年12月18日(24歳)

185cm・96kg/右投右打

北海道大麻高校―小樽商科大学―ウイン北広島

北海道出身/背番号41

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フリーアナウンサー、フリーライター

CS放送「GAORA」「スカイA」の阪神タイガース野球中継番組「Tigersーai」で、ベンチリポーターとして携わったゲームは1000試合近く。2005年の阪神優勝時にはビールかけインタビューも!イベントやパーティーでのプロ野球選手、OBとのトークショーは数100本。サンケイスポーツで阪神タイガース関連のコラム「SMILE♡TIGERS」を連載中。かつては阪神タイガースの公式ホームページや公式携帯サイト、阪神電鉄の機関紙でも執筆。マイクでペンで、硬軟織り交ぜた熱い熱い情報を伝えています!!

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