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20代の若者が考える「年収いくらなら結婚できるか?子ども産めるか?」その意識と現実との大きな乖離

荒川和久独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター
(写真:アフロ)

いくらあれば結婚・出産できるの?

かつて、婚活する女性の声として、相手の男性の年収条件について「高望みはしない。年収500万円くらいの普通でいい」というものがあり、「いったい普通とは?」と大いに物議を醸したことがある。

それが「いかに普通じゃないか、実態と乖離しているか」については過去記事で書いた通りだ。

問題は、何が普通で、何が普通じゃないか、ということより、こうした「希望と実態の乖離」が、結果として、若者の結婚への道筋を大きく閉ざしてしまっていることだと思う。

SMBCコンシューマーファイナンス株式会社が定期的に実施している「20代の金銭感覚についての意識調査」から紐解いてみる。

この調査では「結婚しようと思える世帯年収」「出産しようと思える世帯年収」はいくらか?ということを聞いている。いわば、20代若者が描いている「結婚可能年収」「出産可能年収」というものだ。

2014年から2024年までの結果から、それぞれの中央値を計算してグラフ化したものが以下である。あわせて実情として、国税庁の民間給与実態調査から25-29歳男性の平均給料をプロットした。

結婚可能年収意識の推移

まず「結婚可能年収」だが、2014年時点では379万円であったものが、それ以降右肩上がりに上昇し、最新の2024年では544万円にまであがっている。実に2014年対比で約1.4倍である。

一方で、25-29歳の男性の平均給料(個人年収)を見てみると、2014年は381万円で、かろうじて「結婚可能年収」を超えている。が、それ以降は伸びがなく、2022年段階でも420万円約1.1倍の上昇にとどまる。

ちなみに、この民間給与実態調査は配偶関係別のデータはないため、25-29歳男性の中には既婚者も含まれる。よって未婚者だけにすればもっと低い。さらに、平均ではなく中央値にすればより低くなる。

参考までに、就業構造基本調査より25-29歳の未婚男性の年収中央値を計算すると366万円である。

注目すべきは、2014年時点では、「結婚可能年収」と結婚適齢期直前の25-29歳男性の個人年収がほぼ同額だったことである。つまり、結婚意識と実情との乖離はなかったわけだ。それが、2015年以降年々その差が広がった。

これは、2014年までは夫の一馬力でも「結婚可能年収」をクリアしていたが、今は「妻も稼いでくれないとこの年収に達しない」ということを意味する。

出産可能年収推移

「出産可能年収」はもっと上昇率が高く、2014年450万円だったものが、2024年は683万円へと、約1.5倍以上の増である。中央値なので、夫の年収が400万円なら、妻も300万円の仕事をしていないと半分以上の20代の夫婦が子を産めないと考えていることになる。

夫婦の年収の内訳はともかくとして、「世帯年収680万円ないと第一子が産めない」と、少なくとも50%の20代の若者が考えてしまっていることに、現状の婚姻減と出生減の原因がある。

実際、国民生活基礎調査上でも、児童のいる世帯の年収でみれば、900万円以上は全く減っていないが、それ以下の世帯はすべて激減している。

東京23区に関していえば、子のいる世帯の中央値がすでに1000万円以上だ(参照→東京23区で子を出生した世帯の半分以上が年収1 000万円「子を産める・産めない経済格差」が進行)。

かつて中間層として、第一子を産んでいた400万円台の夫婦はもう子を産めなくなってきているのだ。

それでも、すでに結婚をしている夫婦なら、年収がどうあれ、授かった子どもを産もうとするだろう。しかし、「子が産める余裕がないのだから、結婚なんてできない」という思考で、若者は結婚そのものを諦めている。それが20代での初婚数の激減と、20代での出生数の激減という形で、特に2016年以降落ち込んでいる。

手取りが減っている

そもそもロクに給料があがっていないということが前提としてあったのだが、あがってないのに、税金や社会保険料はステルスで値上げされていた。加えて、2014年4月には消費税が5%から8%へ上げられ、2019年10月にはさらに10%へと引き上げられたという点もある。昨今では、物価高も加味され、実質賃金はマイナスである。政府は、何十年ぶりの賃上げを成果として強調するが、額面の給料があがることに大した意味はない。手取りが減らされているのである。

もちろん、20代の若者でも大企業に勤めている3割の層は賃上げの恩恵にあずかれるだろう。しかし、残りの7割、特に、地方で働く若者は、ただでさえ大企業に比して低い絶対額の手取りがさらに減らされて、今まで買えた物が買えなくなるという状況に追い込まれている。

「結婚も出産ももはや贅沢な消費と化した」と私がいうのはそのことで、比喩的に言えば、今まで買えた人たちが、結婚と出産を買えなくなってきている。

潮目が変わった2014-15年

これに対して「金がないから結婚も子どもも持てないというのは嘘だ。低年収でも結婚しているのはいる、子どもを産んでいるのはいる」などと、相変わらず2014年までの状況が今も続いているかのような時代遅れの認識のままの者がいるが、認識をアップデートした方がいい。確実に2014-15年あたりから潮目がかわってきている。

児童のいる世帯数は激減しているが、その中で児童のいる世帯の年収は逆に2014-2015年あたりから急上昇している。これは、「金のある世帯しか子どもを持てなくなっている」ことを意味する。言い換えれば、中間層以下は結婚も出産もできなくなっているのだ。

見捨てられた中間層

全国の中で2000年以降唯一出生数を増やしていたのは東京だけだが、その東京ですら、2015年をピークに減少しはじめている。

写真:イメージマート

減少している中でも、千代田区、港区、中央区といった富裕層の多く住むエリアだけかろうじてプラスで、かつて子沢山だった江戸川区、足立区、葛飾区といった下町は大きく減少している。23区外の市部はことごとくが減少。

東京で起きていることは全国的にもまったく同様に起きていて、各都道府県の中でも中間層から低所得層が住むエリアは軒並み減少幅が大きい。沖縄も減少している。

ある程度の裕福な経済環境になければ、結婚も出産もできなくなっているのが今の状態なのである。そんな中で、実質新たな増税でしかない「子育て支援金」が付加されようとしている。

少子化対策どころか、これは明らかに逆効果である。穿った見方をすれば、「金を稼げる一部の上級国民だけが結婚と出産をすればいい。下々の物はそれを支えよ」と政府は言いたいのか?とすら思えてくるのである。

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独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター

広告会社において、数多くの企業のマーケティング戦略立案やクリエイティブ実務を担当した後、「ソロ経済・文化研究所」を立ち上げ独立。ソロ社会論および非婚化する独身生活者研究の第一人者としてメディアに多数出演。著書に『「居場所がない」人たち』『知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質』『結婚滅亡』『ソロエコノミーの襲来』『超ソロ社会』『結婚しない男たち』『「一人で生きる」が当たり前になる社会』などがある。

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