人口減少不可避の3つの理由

日本の少子化に対して、あのイーロン・マスクがツイッター上で警鐘を鳴らしたことはニュースで話題になった。

しかし、残念ながら、誰がなんといおうと、もはや日本の少子化と人口減少は止められないものであることは、この連載でも何度も書いてきた。

より正確にいうならば、問題は「少子化」なのではなく「少婚化」であり、婚外子の極端に少ない日本においては、これだけ未婚人口が増えている中では出生が増えるはずがないのだ。

加えて、仮にかつての皆婚時代のようにほぼ全員が結婚したとしても人口は減る。もはや子を産める対象年齢の49歳以下女性の絶対人口が減り続けているわけなので、母数が少ない以上出生数が増えることはないのである。「少母化」と私は名付けている。

1990年代に来るはずだった第三次ベビーブームがなかった時点でその未来は確定している。

出生数が増えない問題は「少子化」ではなく「少母化」問題であり、解決不可能なワケ

写真:アフロ

さらに、「多死化」である。もう間もなく、年間150万人以上死んでいく時代が50年間も続くことになる。150万人とは、太平洋戦争時の平均死亡者数に匹敵する規模で、平時においては、100年前のスペイン風邪のパンデミック時の149万人を超える最大規模となる。そして、それが50年続くのだ。いわば「50年戦争」がはじまるようなものである。

年間70万人しか生まれないのに倍以上の150万人死ぬ。人口が増える道理がないのである。

日本の人口は6000万人へ。まもなくやってくる「多死時代」の幕開け

世界もまた同じ道へ

日本だけではない。今、日本に起きているような、未婚化、非婚化、少子化、多死化、そして、その当然の帰結としての人口減少は全世界的に起きる。そもそも、先進諸国の中で、人口置き換え水準といわれる合計特殊出生率2.0以上(日本の場合は2.07)を続けているのはイスラエルくらいなもので、他の国のことごとくが2.0を切っている。

韓国は、1.0すら切っている。人口14億人を誇る中国においてさえも、深刻な少子化がはじまっていることはこちらの記事に書いた通りだ。

「婚難時代の到来」日本を追い抜く勢いでソロ社会まっしぐら中国の「結婚滅亡」状態

写真:ロイター/アフロ

人口学的には、人類は「多産多死→多産少死→少産少死→少産多死」というサイクルで流れていく。

日本も、明治期~太平洋戦争前までは人口千対出生率25以上、同死亡率15以上の「多産多死」時代だった。戦後「多産少死」時代へ入り、最近まで「少産少死」のステージだったが、もはや出生数より死亡者数の多い「少産多死」へと移行している。

日本に限らず、世界のすべての国が同じ工程を進むことになる。先進国や高所得国から先に進むが、日本はその先駆けと言える。少子化も人口減少もマクロ視点でみれば、このような人口転換メカニズムの大きな流れの中で推移していくものなのである。

世界の人口転換推移

2015年時点で世界の人口は約74億人だった。

2100年には、国連のMEDIUM推計で109億人になると言われているが、これはかなり楽観的な見通しである。LOW推計での73億人が妥当だと個人的には思う。

つまり、2100年頃には世界の総人口でさえ減少基調になっているということだ。その頃までには、アフリカ以外、すべての国の人口は減少しているだろう。

1950年、2015年、2100年推計(国連WPPのLOW推計より)それぞれにおける各国の位置をプロットしたものが以下の図表である。バブルの大きさは国の総人口。

1950年(青)→2015年(黄)→2100年(赤)というように、世界の国々が一塊りとなって「少産多死」のステージに移行する様が見て取れることと思う。

人口動態ほど予測可能な未来はない。現在の事実を知れば当然的中する未来がそこにある。今やるべきことは、「国が亡ぶ」などと情緒的な話で危機感を煽ることではなく、不可避な現実をきちんと把握して、それに対処するという姿勢だ。

もちろん、ソフトランディングのために、少しでも人口減少を遅らせるという視点は必要だが、解決できるなどという傲慢な発想は捨てた方がよい。

知床の事故は、まさに予測可能な未来を見誤ったがゆえの悲劇ではなかったか。今、必要なのは「出生は減る、人口は減る、その中でどうするか」という船長なのであろう。

関連記事

「子どもは二人まで」国やメディアが「少子化を推進していた」という歴史的事実

長寿国家の日本「平均寿命が延びれば出生率は必ず下がる」という事実

家族が消滅する。ソロ社会が不可避な未来に必要な視点の多重化

-

※記事内グラフの商用無断転載は固くお断りします。