「国難」と報道される少子化問題だが?

「あったのに知られていない事実」というものがある。正確には「知らされていない事実」というべきか。

テレビや新聞などのメディアは、こぞって「少子化」や「人口減少」に対する危機を訴えている。たとえば、以下は、今年の1月12日付の産経新聞のコラムからの引用である。

「政府与党は、突破すべき国難に日本の少子化を掲げたことを今一度思い出してもらいたい。(中略)少子化による人口減少という現実に正面から向き合い、官民を挙げて対策を講じていかねばならないはずだ」

特に、報道では、少子化や人口減少に対して、「未曾有の危機」「国難」などという言葉とともに、まるで打開可能な課題であるかのように語られることが多い。「がんばればなんとかなる」「努力すれば克服できる」というものではないにもかかわらず、である。

「日本の少子化が不可避である」理由については、今までも当連載で何度か書いてきた。そのひとつが、「少母化」であり、そもそも出産対象年齢である女性の人口そのものが減少していることによるというお話もこちらの記事で書いた通りである。

出生数が増えない問題は「少子化」ではなく「少母化」問題であり、解決不可能なワケ

実は、日本政府は「少子化を推進」していた

あわせて、女性人口が減少する起点は、「来なかった第三次ベビーブーム」であることについても触れた。

簡単におさらいすると、日本には、戦後2回のベビーブームがあった。一回目は、戦後間もなくの1947年から1949年にかけて。二回目は、1971年から1974年にかけてで、一回目の時に生まれた子どもたちを「団塊の世代」といい、二回目の時に生まれた子どもたちは、団塊の世代の子どもたちであることから「団塊ジュニア世代」と言われた。

1990年代後半は、その「団塊ジュニア世代」の子どもたちが結婚適齢期年齢に達する頃であり、通常なら婚姻数の増加とともに第三次ベビーブームが来るはずだった。しかし、結局それらはふたつとも起きなかった。

よって、それ以降生まれる子どもの数は減少の一途をたどり、1885年以降続いていた年間100万人以上の出生数は、遂に2016年に大台を割り、ついで、2019年には90万人すら割り込んで、現在に至るのである。

これらを前提条件として見れば、母親となるべき女性人口が減り続けている中、加えて、1980年代までの皆婚社会でもない中、どう転んでも今後出生数が増える見込みはないとわかる。

「少子化は大問題だ」「出生数の減少は国存亡の危機だ」と言うが、そもそも2度のベビーブームにあわせて、実は「日本政府は、少子化を推奨していた」という事実はあまり知られていない。

と同時に、新聞をはじめとするメディアも「少子化を促進」するような、今とは真逆の論調の記事をたくさん出していたことも、多くが認知していない事実でもある。

GHQによる「家族計画」の推進

第一次ベビーブームが起きた1949年には、日本の再軍国主義化や共産主義化を怖れたGHQにより人口抑制や出生制限の圧力があった。当時の吉田茂内閣はその意をくみ、国民に対して、人口増加の脅威とともに「家族計画」を広めるべく務めた。そのサポートをしたのもメディアである。

マッカーサー
マッカーサー提供:MeijiShowa/アフロ

1949年11月の毎日新聞には「とにかく人口が多すぎる。なんとかしなければ、どうにもならぬと、だれもが考えている」などという記事も掲載されていた。

事実、翌年の1950年から出生数は激減する。

1963年には「第1回アジア人口会議」がニュー ・デリーで開催され、アジアの人口増加の抑制の必要性が強調された。家族計画や人口政策が国連関係の会議でとりあげられた最初の公的会議でもある。そのころから、日本だけではなく、アジア及び世界の課題として人口増加が問題視されていたのだ。

写真:WavebreakMedia/イメージマート

余談だが、薬局で購入するのは恥ずかしいという客に対してコンドームの自販機が設置されたのもこのころ1969年のことである。「明るい家族計画」というキャッチコピーが有名である。

「子どもは二人まで」宣言

日本が第二次ベビーブームにさしかかった1972年には、東京では 「第2回アジア人口会議」が開かれる。

折しも、1972年には、世界中の有識者が集まって設立されたローマクラブによる「成長の限界」と題した研究報告書が発表され、「このまま人口増加や環境汚染などの傾向が続けば、資源の枯渇や環境の悪化により、100年以内に地球上の成長が限界に達する」と警告し、世界中に衝撃を与えていた。

日本では、1974年7月に「第1回日本人口会議」が厚生省や外務省の後援によって開催され、「子どもは二人まで」という宣言を出している。中国で「一人っ子政策」が実施されたが、日本においても「二人っ子政策」ともいうべき宣言が出ていたのだ。

これに対し、読売新聞などは「子どもは二人まで。年130万人増は危険」「危機感足りぬ日本。現状維持には一夫婦0.7人」などという煽る見出しで記事化した。大手新聞だけではなく、「子どもは二人まで」というニュースは、北海道から沖縄までの地方新聞、社説・コラム・漫画を含め、150編以上にのぼった。まさに国とメディアをあげての「少子化を推進する大キャンペーン」だった。

学校でも、教育の一環として「人口爆発で資源が足りなくなる」と啓蒙された。

写真:アフロ

奇しくも、2020年の国勢調査において生涯未婚率最高記録更新の立役者になった45-54歳の人たちというのは、1974年に小学生~中学生としてこの教育に触れて育った世代でもある。

「産め」と言ったり、「産むな」と言ったり…

そして、結果から見れば、これに国民が素直に応じたことになる。事実、グラフにあるように、そこから凄まじい勢いで少子化が進行していったわけである。

1942年「結婚報国(結婚して国に報いる)」思想の啓蒙によって「産めよ、増やせよ」と言っていた時代から、わずか30年後のことである。

こちらの記事でも紹介した通り、結婚した女性の完結出生児数は、1974年以降、きっちり「子どもは2人」で推移しているのがわかる。ある意味、「子どもは二人まで」という宣言が、完璧に遵守されたことになる。

ちなみに、当時の識者は、「今すぐ出生抑制を実施しても、人口は2010年に1億2930万人になるまで増え続ける」と述べている。2010年の総人口実績は1億2806万人であり、実にピタリと推計通りに進んだと言える。

戦前は「産め」といっていたかと思えば、戦後になって「産むな」という。「人口増加は国難だ」といっていたかと思えば、「人口減少は国難だ」と言う。

少子化問題に限ったことではないが、目先の情報にとらわれて右往左往せず、冷静な予測と長期的な展望に基づいて判断していきたいものである。

大事な事は「知らない事実」や「知らされていなかった事実」は、決して「なかった事実ではない」という事である。

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