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イスラエルのシリアに対する再三の爆撃によっても陰ることのないイランの存在感

青山弘之東京外国語大学 教授
Enab Baladi、2023年4月2日

イスラエルによるシリアへの侵犯行為が後を絶たない。

シリア軍筋は4月2日、報道声明を出し、同日午前0時35分にイスラエル軍がレバノンの首都ベイルート北東の上空から、ヒムス県のヒムス市および同市周辺の農村地帯の複数ヵ所をミサイルで爆撃、シリア軍防空部隊が迎撃し、ミサイルの一部を撃破したものの、兵士5人が負傷、若干の物的損害が出たと発表した。

イスラエル軍によるミサイル攻撃(爆撃)は、今年に入ってから9回目、2月6日のトルコ・シリア地震発生以降で7回目となった。

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ヒズブッラーの拠点などが標的か?

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると(情報源は不明)、爆撃はシリア軍と「イランの民兵」の複数の拠点に対するもので、ヒルバト・ティーン・ヌール町にある科学研究センター、クサイル市近郊の拠点、ダブア航空基地などで爆発や火災が確認された。これにより、ダブア航空基地では、レバノンのヒズブッラーに所属する民兵の武器弾薬庫が、科学研究センター一帯ではシリア軍防空部隊の対空ミサイル発射機1つが破壊され、「イランの民兵」の戦闘員2人(国籍は不明)が死亡、シリア軍防空部隊の兵士5人が負傷したという。

「イランの民兵」とは、紛争下のシリアで、同国軍やロシア軍と共闘する民兵の総称である。イラン・イスラーム革命防衛隊、その精鋭部隊であるゴドス軍団、同部隊が支援するレバノンのヒズブッラー、イラクの人民動員隊、アフガン人民兵組織のファーティミーユーン旅団、パキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団などを指す。「シーア派民兵」と称されることもあるが、「イランの民兵」という呼称とともに、反体制派や欧米諸国による蔑称で、シリア政府側は「同盟部隊」と呼ぶ。

また、ロイター通信は、西側の複数の諜報筋の話として、イラン人要員が駐留しているシリア中部の複数の航空基地が狙われたと伝えた。

一方、ラタキア県のフマイミーム航空基地に設置されているロシア当事者和解調整センターのオレグ・グリノフ副センター長は、攻撃がイスラエル空軍のF-15戦術戦闘機複数機によるもので、ヒムス県の複数ヵ所が標的となり、兵士4人が負傷したと発表した。

イラン・イスラーム革命防衛隊の軍事顧問が死亡

被害の実態を正確に把握することは不可能だが、その後、イランのタスニーム通信などが、攻撃によってイラン・イスラーム革命防衛隊の軍事顧問で、3月31日のイスラエル軍機によるミサイル攻撃で死亡した警備員ラシード・イスラームことミーラード・ハイダリー氏の同僚の警備員であるメクダード・メフカーニー大尉が死亡したと発表した。

Tasnim News、2023年4月2日
Tasnim News、2023年4月2日

所属不明の飛行物体がイスラエルに侵入

イスラエル軍戦闘機のミサイルによる爆撃から約20時間後、今度はイスラエル軍が声明を出した。

イスラエル軍のアヴィハイ・アドライ報道官は2日午後10時2分、ツイッターで、速報として、シリア領からイスラエル領空に所属不明の飛行物体が飛来、イスラエル空軍の航空管制部隊が追跡、同軍のヘリコプターと戦闘機が発進し、これを撃破したと発表した。

詳細については調査中だというが、「イランの民兵」が保有する無人航空機(ドローン)の可能性が高い。

政治と外交を欠くイスラエル

イスラエルが執拗に繰り返す攻撃は、シリア国内でのイランの影響力、あるいは軍事的プレゼンスの拡大を阻止しようとするものであることは言うまでもない。だが、攻撃によって、その目的がどの程度達成されているかというと疑問だ。

イラン・イスラーム革命防衛隊の軍事顧問を殺害できる軍事的な能力を示すことはできても、シリアにおけるイランの影響力を排除する政治や外交を欠いているからだ。

トルコ・シリア地震以降、シリア政府(バッシャール・アサド政権)はアラブ世界における孤立からほぼ脱却した。4月1日にはファイサル・ミクダード外務在外居住者大臣が、「アラブの春」発生以降初となるエジプトへの公式訪問を行い、サーミフ・シュクリー外務大臣と会談、両国の関係改善をアピールした。

また、中国の仲介によるサウジアラビアとイランの関係修復を受けるかたちで、サウジアラビアとの関係も改善し、3月23日には両国大使館の再開が合意されたと報じられた。また、5月19日にサウジアラビアで開催予定のアラブ連盟首脳会談に、アサド大統領が招待される方向で調整が行われているとの報道も流れている。

イスラエルは、2020年にアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、スーダン、モロッコと国交を正常化したが、これらのアラブ諸国は、モロッコを除いて、シリアに対して好意的な姿勢をとっている。

シリアとトルコの和解プロセスに参画するイラン

そして、イランは、シリア国内での停戦、さらには紛争解決を主導するいわゆる「アスタナ・プロセス」を足掛かりとして、ロシアとともに、シリアとトルコの関係正常化に向けた交渉に参画することで、存在感を維持・増加させようとしている。

2022年末に、ロシアの仲介によって実現したシリアとトルコの国防大臣会談に続いて、4月3日と4日には、シリア、トルコ、ロシア、そしてイランの外務省次官会談がモスクワで開催される予定だ。

このプロセスは、四ヵ国外務大臣会談、そしてアサド大統領とレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領の首脳会談を経て、トルコとシリアの和解をめざすもので、それが実現すれば、シリア内戦後の秩序が確定することになる。

この過程で、イスラエル、そしてその最大の同盟国である米国が軍事的なプレゼンス以外なにも示すことができなければ、シリアの歴史においてその「ならず者国家」としての存在感を強めることになるだろう。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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