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イスラエルとレバノンのヒズブッラーは全面戦争に突入するのか?:激しさを増す舌戦と心理戦

青山弘之東京外国語大学 教授
Al-Manar、2024年6月19日

中東では、6月16日(日曜日)にイスラーム教のイード・アル=アドハー(犠牲祭)を迎え、多くの国で3日間の休暇期間に入った。

昨年10月以来、パレスチナのハマースを側方支援するとしてイスラエル北部への攻撃を続けてきたレバノンのヒズブッラー、あるいは同組織が主導するレバノン・イスラーム抵抗も、小休止をとるかのように、攻撃を控えた。

終息したかに見えたヒズブッラーの報復

ヒズブッラーは、6月12日のジュワイヤー村(南部県スール郡)に対するイスラエル軍の爆撃で、レバノン南部における最高位の指揮官だったサーミー・ターリブ・アブドゥッラー(ナスル部隊司令官)を暗殺されたことに報復するかたちで、12日、13日、14日と3日にわたって、イスラエル北部各所に自爆型無人航空機、カチューシャ砲、迫撃砲、対戦車ミサイルなどでそれぞれ19回、12回、18回にわたって激しい攻撃を加えていた。

だが、6月15日には攻撃回数を3回にまで減少させ、16日と17日には戦果発表を行わず、報復は終息したかに感じられた。

Telegram (@mmirleb)、2014年6月12日
Telegram (@mmirleb)、2014年6月12日

ヒズブッラーはしかし、6月18日にテレグラムを通じて、イスラエル北部のハイファ市、ナハリヤ市、キリヤット・シュモナ入植地、ツファット市、カルミエル市、アフラ市を空撮した「フドフド(ヤツガシラ):その1」と題された約9分半のビデオ映像を公開、レバノン南部に対する攻撃への報復として、イスラエル北部の都市部を標的とすることも辞さないとする強硬姿勢を暗示し、イスラエルに新たな心理戦を仕掛けたのだ。

Telegram(@mmirleb)、2024年6月18日
Telegram(@mmirleb)、2024年6月18日

ヒズブッラーはまた、これと併せて、イスラエル北部への攻撃を再開し、18日には7回、19日には9回の攻撃を行った。

強気のイスラエル

これに対して、イスラエルも強気の姿勢で対抗した。

イスラエル軍は6月18日に声明を出し、レバノンへの攻撃にかかる作戦計画が承認されたと発表した。

声明によると、この日、イスラエル軍北部司令部のオリ・ゴルディン司令官(少将)とオデド・バスィオク作戦局長(少将)が、北部司令部の現況についての評価を行い、評価報告のなかで、レバノンへの攻撃の作戦計画が承認され、また、現地での部隊の準備を加速させるための決定がなされた。

ヤアコブ・カッツ外務大臣も6月18日、X(旧ツイッター)で、以下のようなポストをアップし、ヒズブッラーを脅迫した。

ナスルッラーは今日、中国とインドの国際企業が運営するハイファ港を撮影したと自慢し、攻撃すると脅している。
ヒズブッラーとレバノンに対するルールを変更する決定の時が近づいている。全面戦争になれば、ヒズブッラーは壊滅され、レバノンは大きな打撃を受けるだろう。
イスラエル国家も、前線と国内で代償を払うことになるだろうが、強く団結した国家とイスラエル国防軍が全力を尽くすことで、我々は北部の住民の安全を取り戻すだろう。

イスラエル軍は6月18日と19日、レバノン南部からの不審な航空標的や飛翔体を撃破するとともに、レバノン南部各所でヒズブッラーの軍事施設、テロ・インフラを爆撃したと発表した。

攻撃を受けるシリア

それだけでなく、イスラエル軍は6月19日、レバノンの隣国のシリアに対しても攻撃を加えた。

シリアの国防省は、6月19日午前7時頃、イスラエル軍が無人航空機でクナイトラ県とダルアー県の農村地帯に設置されているシリア軍の陣地2ヵ所を攻撃、これによって士官1人が死亡し、若干の物的損害が生じたと発表した。

英国で活動する反体制派系NGOのシリア人権監視団などによると、イスラエル軍が攻撃したのは、クナイトラ県サイダー・ジャウラーン村一帯に展開するシリア軍第112旅団に所属する連隊の陣地2ヵ所で、レバノンのヒズブッラーに近い少尉が殺害された。

攻撃は、6月17日にクナイトラ県バアス市の住宅の屋上に墜落したイスラエル軍の無人偵察機の残骸を解体するために、ヒズブッラーに所属する部隊のメンバーらが、標的となった陣地の一つに運び込んだことを受けて行われたものだったという。

イスラエル軍はまた、ダルアー県とクナイトラ県の上空からビラを散布した。

ビラには、イスラエル軍が標的としたと思われるダルアー県のタッル・アフマル丘とサイダー・ハーヌート村の位置が示された白地図とともに、以下のような警告・脅迫文が書かれていた。

シリア軍将兵へ、ヒズブッラーがシリア軍の陣地に集結した結果、シリア軍は何度も代償を払い続けている。これまでにも警告した通り、これらの陣地でヒズブッラーと諜報活動での協力が続く限り、我々は行動を止めることはないし、今後もそのつもりはない。

シリア人権監視団、2024年6月19日
シリア人権監視団、2024年6月19日

「自制せずに戦う」

事態が緊張を増すなか、6月19日、ヒズブッラーのハサン・ナスルッラー書記長は、サーミー・ターリブ・アブドゥッラー司令官を追悼するビデオ演説を行い、イスラエルがヒズブッラーに対して大規模な攻撃を仕掛けた場合、地中海、さらにはキプロスにも戦線を拡大するかたちで、「自制せず」に戦うと表明した。

ナスルッラー書記長の主な発言は以下の通りだ。

キプロスがレバノンを標的にしようとするイスラエル軍に空港や基地を開放したら、それはキプロス政府がこの戦争の一部になることを意味し、抵抗運動はキプロスに戦争の一部として対処することになろう。
敵(イスラエル)は、我々が最悪の事態に備えていることを熟知している…。我々のロケット弾を免れる場所などないこともだ…。敵は我々を地上、海、そして空で待ち構えねばならない…。我々は戦争をしかけられたら、自制せずに戦うことになるだろう。
敵は、雄大な地中海で何が待ち構えているかも熟知している。地中海沿岸すべて、そして船舶が標的となるだろう。
レバノンでの戦争で我々を脅迫しようとしても、我々は恐れない。我々はもっとも困難な日に備えてきた。敵は何が待ち構えているかを熟知している。
我々は新たな武器と無人航空機を大量に保有している。レバノン国内でも一部のロケット弾を製造している。
抵抗運動のマンパワーはこれまでない規模となっている。
レバノン戦線は非常に重要な役割を果たしており、敵に道徳的、物的、心理的な損失を与えている。
我々が昨日公開した映像は、ハイファ上空からの長時間にわたる映像の一部を切り取ったクリップに過ぎない。ハイファ、その前後、さらにその後の長時間にわたる映像を持っている。我々は、正確な視覚、情報、座標に基づいて戦うことになる。
イスラエル北部への進攻は、戦争が発生した際の選択肢として残されている。

Al-Manar、2024年6月19日
Al-Manar、2024年6月19日

アラブ・メディアでは、イスラエルが6月半ば頃にレバノンに対して本格的な攻撃を行うとの報道が相次いでいた。現地では、その予想を裏打ちするかのように、舌戦、心理戦が激しさを増している。

ガザ地区での戦闘が、人的被害を顧みないイスラエルの優位のもとに展開していることは、今更言うまでもない。だが、イスラエルとヒズブッラーが全面戦争に突入すれば、ガザ地区でのハマースのせん滅、あるいは無力化をもって戦闘は終息するという空しい期待は、脆くも崩れ去り、中東地域は際限のない戦闘と虐殺の連鎖のなかに陥ることになる。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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