『先生の白い嘘』で物議。映画の性描写にインティマシー・コーディネーターは必要か #専門家のまとめ
性被害をテーマに描いた公開中の映画『先生の白い嘘』。監督・三木康一郎さんのインタビュー記事での「主演女優から”インティマシー・コーディネーター(IC)を入れてほしい”という要望があったが、入れない方法論を選んだ」という発言が、物議を醸しています。日本でようやく動き始めた#MeToo運動の中で、明らかになってきた映画業界における性加害。その中で「被害者を守る存在」として注目を集めてきたICですが、特に男性優位の撮影現場で、その仕事内容を理解されず、時に反発もあるようです。ICの仕事とは一体どんなもので、現場に導入されることによって何が変わるのでしょうか。その必要性とはどんなところにあるのでしょうか。
ココがポイント
▼性被害を描く作品で、主演女優の要望にも関わらず、ICが導入されなかったことが監督の口から明かされています。
・主演女優オファーに難航、「10人くらい」に断られ⋯約10年かかった男女の性の格差を描いた 『先生の白い嘘』(Encount)
▼撮影現場の権力勾配の中で、俳優が性的場面に「NO」と言いにくい、同意が拡大解釈されがちな現状が指摘されています。
・インティマシー・コーディネーターの仕事って?「性的シーンに同意がないのはおかしい」「あえて空気を壊す」(Business Insider)
▼従来「現場の慣例」で行われてきた性的な場面の曖昧さを明確化、関係者の不安を払拭しコンセンサスを作ることがICの仕事です。
・「濡れ場で女優を守る仕事」ではない!ドラマ『エルピス』でインティマシー・コーディネーターが果たした重要な役割(FRaU)
▼特に性加害を描く作品における精神的負担は、「被害者役」のみならず「加害者役」にも多くのしかかるものです。
・「不意に涙が出そうに…」高嶋政伸が明かした“13歳の娘を暴行する役”への葛藤 インティマシーコーディネーターに支えられたNHK『大奥』の裏側(Book Bang)
▼2017年に大物製作者による性加害が告発されたアメリカでは、ICは「当たり前に必要なスタッフ」として認知されつつあります。
・性的シーンの安全性を担うインティマシー・コーディネーター、全米映画俳優組合の加入対象に。現場の健全化へ(CINRA)
エキスパートの補足・見解
「性的な場面」は、当事者から明確に言いにくいがゆえに、現場で「なんとなく飲み込ませる」「雰囲気で押し切る」というようなことが常態化してきたのではないかと思います。そうした部分を、状況により簡単に揺らいでしまう個々人の感覚や経験則で対処していては、撮影現場における人権は簡単に毀損されてしまいます。当事者の不安をすくい取って「明確な基準とコンセンサス」を作るICは、全世界配信での勝負を目指す時代には絶対に必要な職業だと考えます。
またICは「女性ばかりを守る職業」のように思われがちですが、共演の男性俳優や、ハラスメントを黙認さざるをえないスタッフ、さらに不要に暴力的な性描写を見たくない観客にも、安心感を与えてくれる存在であるように思います。映像業界全体で導入を後押ししてゆくべきだと思います。
決定権者が男性に偏重しがちな撮影現場では、それ以外の人たちの思いはよっぽど気をつけていなければすくい取れません。特に『先生の白い嘘』のような性被害を真正面から扱った作品においては、俳優のリクエストがあろうとなかろうと、ICが入るのは当然のこと。今回の事態では、ややもすればキャスティングにおいて「ICがなくても飲み込んでくれる女優もいるんだけどね」と逆手に取る製作者もでてきかねません。記事が炎上するまでそのことに気付けない制作サイドの感覚のズレは、残念でなりません。