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米軍はシリアを本当に爆撃し、イスラーム国の幹部を殺害したのか?

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:U.S. Air Force/ロイター/アフロ)

米中央軍(CENTCOM)は、シリア時間の6月19日午後9時1分にX(旧ツイッター)を通じて声明を出し、6月16日にシリア領内で爆撃を実施し、イスラーム国の幹部で仲介者の1人、ウサーマ・ジャマール・ムハンマド・イブラーヒーム・ジャナービーを殺害したと発表した。

発表の全文は以下の通りである。

CENTCOMのシリアへの爆撃でイスラーム国の幹部死亡
CENTCOMは6月16日、シリアで爆撃を実施し、イスラーム国の幹部で仲介役のウサーマ・ジャマール・ムハンマド・イブラーヒーム・ジャナービーを殺害した。彼の死は、イスラーム国のテロ攻撃の資源確保と実行能力を混乱させるだろう。
CENTCOMは、地域の同盟国やパートナーとともに、イスラーム国の作戦能力を低下させ、その永続的な敗北を確実にするための作戦を継続する。
なお、この攻撃で民間人が被害を受けたことを示すものはない。

声明では、殺害が行われた具体的な場所が示されていない。また、ジャナービーなる人物が誰なのかも判然としない。米国は本当に爆撃を実施し、イスラーム国の幹部を殺害したのだろうか?

ロシアの発表

ロシアのタス通信などが伝えたところによると、シリア駐留ロシア軍の司令部があるラタキア県のフマイミーム航空基地(殉教者バースィル・アサド国際空港)で、シリア国内での戦闘についての監視を続けるロシア当事者和解調整センターのユーリ・ポポフ副センター長は、この日(6月16日)、米軍(有志連合)の実質占領下にあるヒムス県タンフ国境通行所(55キロ地帯)で、過去24時間に、米軍のF-15戦闘機2機、ラファール戦闘機2機、A-10サンダーボルト攻撃機3機による領空侵犯が7件確認されたと発表した。

筆者作成
筆者作成

この7件の「領空侵犯」(のいずれか)を通じて、米軍が爆撃を実施し、55キロ地帯内でジャナービーを殺害していたとしたら、米国が同地でイスラーム国をはじめとするテロリストを養成し、シリア政府の支配地でのテロ活動を支援しているとのロシアやシリア政府の主張に説得力を与えることになる。

ロシア当事者和解調整センターは、米軍が2019年12月(あるいは2015年10月)にロシアと米国の間で交わされたとされる「非紛争議定書」に違反し、ロシアが制空権を握るユーフラテス川西岸地域の空域を侵犯したと頻繁に発表している。だが、6月16日に限っては、「非紛争議定書」への違反は報告されず、米国が55キロ地帯以外を侵犯(そして爆撃)したとの情報はなかった。

IDPsキャンプへの「不可解」な砲撃

こうしたなか、イナブ・バラディーなど複数の反体制派系メディアが伝えたところによると、米軍の「協力部隊」としてシリア北東部を実効支配し、トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)の武装部隊である人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍は、爆撃が実施されたのが、2018年3月以降、トルコの占領下にあるアレッポ県アフリーン郡(いわゆる「オリーブの枝」地域)だったことを明らかにした。

これを踏まえて、6月16日のアフリーン郡の戦況を振り返ると、「不可解」な攻撃があったことに気づく。シャーム解放機構(シリアのアル=カーイダ)の支配地とトルコ占領地で活動する反体制派組織のホワイト・ヘルメットなどの発表によると、この日、シリア軍とシリア民主軍が展開するアレッポ県北部(タッル・リフアト市近郊)の農村地帯から、アフリーン郡のシーラーン町近郊にあるクワイト(クウェート)・ラフマ村(国内避難民(IDPs)キャンプ)近くに砲撃があり、住民1人が死亡していたのだ。シリア軍とシリア民主軍によるトルコ占領地への砲撃は、多くの場合、前線に限定されており、クワイト・ラフマ村のようなトルコ国境に近い地域が攻撃を受けることはきわめて稀だった。

Facebook(@SyriaCivilDefense)、2024年6月16日
Facebook(@SyriaCivilDefense)、2024年6月16日

この攻撃に関して、トルコを拠点として活動する反体制派組織のシリア革命反体制派勢力国民連立(シリア国民連合)傘下のシリア暫定内閣は6月17日に声明を出し、イスラーム教のイード・アル=アドハーの休暇期間(6月16日~20日)に、シリア民主軍がクワイト・ラフマ村のキャンプを攻撃し、男性1人を殺害、複数を負傷させたと発表し、非難した。

Facebook(@profile.php?id=61550745956201)、2024年6月17日
Facebook(@profile.php?id=61550745956201)、2024年6月17日

イスラーム国との関係を示す情報

米軍がアフリーン郡、より厳密に言うとクワイト・ラフマ村を爆撃したかどうかは定かではなく、同村に対する砲撃への報復をトルコから受けるのを避けようとするシリア民主軍の方便なのかもしれない。

だが、クワイト・ラフマ村で殺害された男性をイスラーム国と結びつける情報が、9月19日のCENTCOMの発表と前後して、ネット上で散見されるようになった。

英国で活動する反体制派系NGOのシリア人権監視団は、クワイト・ラフマ村で殺害された男性が所持していた身分証明書には、アフマド・アリー・フサイン、1983年生まれ、ヒムス県ヒムス市カラム・ザイトゥーン地区出身との記載があったことを明らかにしたうえで、シリア北西部では身分証明書の偽造は容易であるため、身元の真偽は不明だと付言した。

またアラブ首長国連邦(UAE)ドバイのマシュハド・チャンネルは6月20日、複数筋の話として、殺害されたのがイスラーム国の設備管理の責任者を務めていたアブー・ライス・ジャナービーなる男性だったと伝えた。同筋によると、男性の本名はウサーマ・ジャマール・ジャナービー、イラク国籍で、1983年生まれ、アフマド・フサインという名で偽造IDを取得して身元を隠し、警備員として働いていたという。

ジャナービーの家族は、彼がイスラーム国のメンバーだったことを否定している。だが、トルコ占領地の軍事・治安を担うシリア国民軍(いわゆるTurkish-backed Free Syrian Army(TFSA))の憲兵隊は、遺体の個人識別(身元確認)を行うためサンプルを採取したという。

米軍が6月16日に爆撃を実施したのはクワイト・ラフマ村で、それによって殺害されたのは、シリア人アフマド・アリー・フサインを偽っていたイスラーム国の設備管理の責任者のアブー・ライス・ジャナービー(ウサーマ・ジャマール・ムハンマド・イブラーヒーム・ジャナービー)だとの見方が濃厚である。

解消されない謎

だが、ジャナービーという人物の素性については謎が多い。彼が本当にイスラーム国のメンバー、あるいは幹部だったのか、メンバー・幹部だったとして、具体的にどのような役割を担い、いかなる活動に携わっていたのか、さらにそれが、米軍による暗殺を正当化するに十分なものだったのか。これらを知り得る補足情報は、暗殺の事実を誇示した米軍からも示されておらず、そのことがシリアでのイスラーム国に対する米軍(有志連合)の「テロとの戦い」の根拠を危ういものとしている。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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