再び自殺を図る人を半分に──救急から引き継いで支援する精神科チーム #今つらいあなたへ
「かなり聞きにくい質問ですけど、そこから逃げずに向き合うことで、患者さん自身も話していいんだと気が楽になるんです。死にたい気持ちは言葉にするのが難しいんです。とにかく消えたいとか、終わりにしたいとか、いろいろな表現がありますから」 面談では、患者に自殺念慮があるか、自殺企図の危険がどのくらい迫っているかをつかむ必要がある。患者自身も、自分の中で大きく膨れあがる感情が「死にたいと思うほどつらい気持ち」なのだと自覚できれば、そのときにどのような対応をするかを学ぶことができる。 また、生活の状況や精神科治療の進み方などを毎回確認し、不都合があれば主治医や福祉サービスと連携しながら改善を行う。 「電話連絡でモニタリングもします。面談のときはこう言ったけど帰ってみたら違ったんだよねとか、患者さんの違った角度からの本音が聞けたりもします」 ただ、この取り組みは精神保健福祉士の力量が問われる。支援の期間中にはさまざまなことが起こる。精神科の通院が途絶えた、自殺念慮が再び起きた、家族とけんかした、突然行方不明になった……などトラブルの連続だ。患者本人や家族からの急な電話連絡も頻繁にあるという。
「困ったときに私に連絡をくれるのは、一人で抱え込まず、必要な対応が取れているということ。なので、患者さんの進歩の証しです。半年で自殺念慮を完全に消すのは難しいんです。問題自体がなくならなくても、困ったときに頼れる先を複数つくり、私の支援がなくてもやっていけるようにする、そのために支援しています」 負担が小さくない支援体制だが、彼らの取り組みには根拠もある。2005年から6年間にわたって、厚生労働省の事業として行われた「ACTION-J研究」だ。
「自殺再企図を半分に減少」研究結果も
ACTION-J研究は、このように進められた。 救急搬送された914人の自殺未遂患者を2つのグループに分け、グループ1の460人には心理教育を行い、最長1年半にわたり定期面接(①死にたい気持ちの確認、②精神科受診の確認、③困りごとの確認、④困りごとに対する支援受給の確認 の4つを必ず毎回行う)とソーシャルワーク支援という「強化された」対応を行った。グループ2の454人にはほぼ同じ対応を入院中にのみ行い、半年ごとに自殺予防に関する情報を知らせた。 時間の経過で両グループを比較してみると、グループ2での自殺再企図の発生割合を1としたとき、6カ月後のグループ1の自殺再企図の割合は0.50と半分に抑えられ、グループ2より低い状態が36カ月後まで続いた。つまり、定期面接と精神科治療を適切に行えば、自殺再企図の最も危険な時期に、再企図を半分に減らせることがACTION-J研究で確認されたのだ。 同研究を主導した河西教授は、自殺未遂患者に、このような介入を行うことで自殺再企図の発生を防ぐのに効果があることは、それまでの自分自身の診療経験から確信していたと振り返る。ただし、当時は医療界で多くの誤解があったという。 「精神科が自殺防止対策など果たしてできるものなのかと、医療業界には疑念がありました。『精神科が大量に出している薬を飲んで自殺を図っているんだから、自殺を生み出しているのは精神科だ』という単純な誤解もあった。その流れを変えたのがACTION-Jの研究成果でした」 2014年に研究をとりまとめると、2016年に「救急患者精神科継続支援」として社会保険が適用された。2022年には診療報酬も引き上げられた。しかし、この体制が全国に普及しているとは言いがたい。厚労省によると、2022年度、患者が救急患者精神科継続支援を受けた面談の回数は、全国でのべ346回にとどまる。自損行為で救急搬送された人が約4万人と考えると、その数はまだまだ少ない。 札幌医科大学附属病院で、精神看護専門看護師として精神科リエゾンチームに加わる人見敬子さんは、「医療者にも、自殺は手に負えない、怖いものだというイメージがあると思います」と語る。