首都ダマスカスを反政府軍が制圧 シリアで何が起こっているか――過激派台頭、ガザへの影響…基礎知識5選
シリアでは12月8日、反政府軍が首都ダマスカスを制圧したと発表した。同国のバシャール・アサド大統領は国外に逃れたといわれる。
この騒乱の背景、構図、影響を5項目に絞って解説する。
(1)首都ダマスカスの陥落
ダマスカス陥落の予兆は、11月末に生まれていた。
北西部アレッポ、中西部ハマといった主要都市を反政府軍が次々と制圧していったのだ。
この反政府軍は、北西部イドリブを拠点とする武装組織の連合体だ。その最大派閥はタハリール・アル・シャーム機構(HTS)と呼ばれる。
急変する事態にアサド大統領は同盟国ロシアに渡って支援を要請し、これと前後してロシア軍はシリア軍とともに北西部へ空爆を開始した。
それでもHTS率いる反政府軍の勢いは止まらず、中西部ホムスを経て首都ダマスカスになだれ込んだのだ。
(2)シリア内戦の延長戦
急激に広がった戦火は、国際的にほとんど忘れられていたシリア内戦が再加熱したものといえる。その発端は2011年にさかのぼる。
中東・北アフリカでは2011年、各地で大規模な抗議デモが広がった(アラブの春)。このうちシリアでは、民主派への強硬な鎮圧が軍事衝突に発展した。
これに拍車をかけたのが、多くの勢力の参入だ。
分離独立運動を弾圧されていたクルド人勢力が決起した他、国際テロ組織アルカイダが参入し、さらに2014年にはイラクとの国境付近で「イスラーム国(IS)」が建国を宣言したのだ。
さらに、アサド支持のロシアやイラン、逆に反アサドのアメリカやサウジアラビア、さらにクルド人の分離独立運動が活性化するのを警戒したトルコなどがそれぞれ軍事介入したことで、事態は混迷を極めた。
このシリア内戦は、2019年には大規模な戦闘が下火になった。ロシアの容赦ない空爆によりISだけでなく民主派も勢力を徐々に衰退させ、クルド人勢力もトルコに封じ込められたのだ。
ただし、アサド政権も全土の支配を回復したわけでなく、その後も各地に武装組織が林立する状態が続いた。シリアはいわば「破たん国家」になっていたのだ。
(3)アサド政権が弱体化したきっかけ
シリアにおける微妙なバランスが崩れ、5年越しに戦闘が大規模化したきっかけはアサド政権の弱体化にあった。後ろ盾であるロシアやイランのシリア支援が、それぞれの事情からこの数年の間に手薄になったからだ。
ロシアにとってシリアは中東における数少ない足場の一つだが、2019年以降は目立った関与を控えてきた。
とりわけ2022年からのウクライナ侵攻で、ロシア自身の武器・弾薬が不足するなか、シリア向け武器援助はほとんどなくなった。
一方、イスラームのシーア派の中心地を自認するイランにとって、シーア派が政権の中核を占めるアサド政権は、重要なパートナーである。冷戦時代からイランはレバノンのシーア派組織ヒズボラを支援してきたが、シリアはそのための武器輸送ルートになってきたとみられている。
そのためシリア内戦でもイランやヒズボラはアサド政権を支えた。
しかし、ガザ侵攻をきっかけにイランもヒズボラもイスラエルへの対抗に忙殺され、シリア支援が手薄になったとみられている。
今年10月からのイスラエルによる大規模なレバノン侵攻は、これに拍車をかけた。イスラエルの攻撃によりヒズボラは4000人以上の兵士を失ったといわれる。
シリアにおける事態の急変を受け、ロシアだけでなくイランやヒズボラもアサド政権支援を強化する方針を打ち出したが、結果的にダマスカス陥落を食い止めることはできなかった。
(4)反政府軍を率いるアルカイダ分派
一方、アサド政権が追い落とされても、シリアに平和と自由が訪れるかは疑問だ。
反政府軍の中核を担うHTSが、もともとアルカイダの分派で、イスラーム国家樹立を目指しているからだ。
HTSの指導者アブー・モハメド・アル・ジュラニはサウジアラビア出身で、一言でいえば筋金入りのテロリストだ。
シリアの隣国イラクで2003年にアルカイダの支部「イラクのアルカイダ(AQI)」が、そして2012年にシリア支部「ヌスラ戦線」がそれぞれ発足した際の中心人物の一人でもある。
ただし、ヌスラ戦線は2015年頃から勢力を縮小させ、現地の武装組織との連携を余儀なくされたが、その際にアルカイダとの関係を精算するよう求められたといわれる。
その結果、ヌスラ戦線はアルカイダからの離反を宣言し、HTSに改称した。ただし、主要メンバーにほとんど変更はない。
過激派という意味では、反政府軍においてHTSに次ぐ派閥であるシリア国民軍(SNA)も大差ない。
こちらはトルコがクルド人勢力を抑え込む目的でアラブ系民兵を寄せ集めたものだが、以前から民間人の殺傷といった戦争犯罪もしばしば指摘されてきた。
イスラーム国家建設を掲げている点でも、SNAはHTSと共通する。
(5)首都陥落後も戦闘が続く懸念
ダマスカス陥落後もシリアでは戦闘が続くとみられる。
実際、HTSやSNAによる大攻勢と並行して、別の戦線も開いている。12月3日、中東部デリゾールの一部が武装組織シリア民主軍に制圧されたのだ。
北東部を拠点とするSDFはアメリカの支援を受けていて、その中核は少数民族クルド人が占めている。
クルド人にとってトルコが支援するSNAは仇敵で、「共通の敵」アサド政権が崩壊したとしても、両者の和解は想定しにくい。
首都ダマスカスが陥落しても戦乱が続けば、人道危機も懸念される。2011年以来、多くの難民がシリアを逃れていて、海外で庇護される数は現在でも480万人以上に及ぶ。
シリア難民は2014年にヨーロッパにまで押し寄せ、大きな混乱を招いた。その再来さえ予想されるシリア情勢の悪化に最も神経を尖らせているのは、おそらくイスラエルだろう。
アサド政権は冷戦期からイスラエルと対立し、イランやヒズボラと深い関係にある。そのため、イスラエルはレバノン地上侵攻が始まった10月以来、ヒズボラの補給路を断つため、しばしばシリア国内に空爆してきた。
といって、HTSやSNAといったイスラーム過激派がシリアの実権を握るのも、イスラエルにとって好ましい状況ではない。
だからイスラエルが反政府軍とアサド政権の「潰し合い」を期待したのは不思議ではない。
今後、ロシア、イラン、ヒズボラの支援によってアサド派が巻き返せるかは予断を許さないが、どう転んでもイスラエルにとって安心できる状態は想定しにくい。
それはイスラエルだけの話ではない。
仮にシリアが本格的な破たん国家になれば、これまで以上にシリアが過激派やテロリストの吹き溜まりになる可能性も否定できない。その場合、ガザを含む地域一帯の不安定さがさらに高まる懸念は大きいといえるだろう。