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シリア最大都市をアルカイダ分派が制圧――呼び水になったのはロシア、イランの対シリア協力の縮小か

六辻彰二国際政治学者
HTSに毀損されたアレッポにあるアサド大統領の壁画(2024.11.30)(写真:ロイター/アフロ)
  • シリアでは最大都市アレッポの大部分がアルカイダ分派のイスラーム過激派によって制圧された。
  • かつてない規模の攻勢は、シリア政府を支援してきたロシアがウクライナ侵攻後に関与を控えたことが呼び水になったとみられる。
  • ロシアと同様にイランもシリア政府を支援してきたが、こちらもイスラエルとの対決がエスカレートしてシリアの優先順位は低下してきた。

 シリア最大都市アレッポがイスラーム過激派に制圧されたことは、ウクライナやガザでの戦争と無関係ではない。

アルカイダ分派の大攻勢

 シリアでは11月29日、タハリール・アル・シャーム機構(HTS)を名乗るイスラーム過激派に率いられる反体制派がアレッポの大部分を制圧した。シリア北部にあるアレッポは人口200万人以上の同国最大の都市だ。

 これに対して、シリア軍やこれを支援するロシア軍が空爆を行い、戦火は拡大している。

 同国のバッシャール・アサド大統領は支援を求めてロシアに渡ったという情報もある。

 大攻勢をしかけたHTSは、もともとアル・カイダのシリア支部として2012年に結成されたヌスラ戦線(アル・ヌスラ)をルーツにもつ。

 しかし、シリア軍の攻勢で勢力を縮小させていた2016年、シリアのローカルな武装組織と統合してアル・カイダを離脱したため、現在はいわば分派の立場にある。

 アサド政権と対立し、これまでもしばしば自爆テロなどを行なってきたが、今回のような大攻勢はほぼ初めてに近い

 なぜHTSはアレッポを制圧できたか。

 その大きな要因として、アサド政権をこれまで支援してきたロシアとイランがシリアへの関与を縮小したことがあげられる。

プーチンとアサドのすきま風

 このうちロシアは冷戦時代からシリアにとって有力な同盟国だったが、近年ではすきま風が目立つ。

 その象徴は2021年、民間軍事企業ワグネル(現アフリカ軍団)が撤退したことだ。

 

 2011年にシリアで政府軍と民主派との間で内戦が発生し、これに分離独立を求めるクルド人勢力、ヌスラ戦線、さらにイスラーム国(IS)まで参入するなか、ロシアはアサド政権を全面的にテコ入れした。2015年のワグネル派遣はその一環だった。

 そのワグネルが撤退した要因は、2020年に大規模な戦闘が鎮静化したことだけでなく、ワグネルがシリアの政財界から不興を買ったことにあった。

 ワグネルは反体制派から奪還した油田管理にも進出し、大きな利益を得た。キックバックを受けられるアサドら政権の一部を除き、シリア政府、軍、企業にはワグネルへの不満が噴出したといわれる。

 そのイザコザの末にワグネルが撤退した翌2022年、今度はウクライナ侵攻が始まった。その長期化でロシア自身が武器・弾薬の不足に直面するなか、シリアの優先順位はますます低下した。

 ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、ロシアからシリアへの武器移転は2022年以降、確認されていない

対イスラエルで手一杯のイラン

 同じことは、アサド政権にとってロシアと並んで有力な支援国であるイランについてもほぼ当てはまる。

 シリア内戦でイランは政府直属の革命防衛隊を派遣するなどして、HTSやISといったイスラーム過激派だけでなく、アメリカが支援するクルド人勢力とも戦闘を続けた。

 しかし、そのイランもまた、現在ではシリア支援に手が回らなくなりつつある。

 その最大の要因は、イラン自身の経済停滞に加えて、イスラエルとの対決がエスカレートしていることにある。

 アメリカやイスラエルに対抗するためイランは核開発を加速しているとみられているが、その経費は無視できないスケールだ。イランの核関連費は2015年までに5000億ドルにのぼったと推計されているが、それから10年近くたった今、それだけでは効かなくなっている。

 シリアに手が回らなくなっているのは、イランが支援する勢力も同様だ。

 イランはガザのハマスやレバノンのヒズボラなどを支援し、イスラエルと間接的に衝突してきた。このうちヒズボラは2011年以降、シリアでアサド政権を支援してきた。その兵員数は7000人以上ともいわれる。

 ところがガザ侵攻が始まって以来、ヒズボラはイスラエルとの衝突に追われてきた。とりわけ10月に始まったイスラエルのレバノン軍事侵攻でヒズボラは甚大なダメージを被ったとみられている。

 一連の戦闘によるヒズボラ兵の死者は4000人以上と推計される。

 そのうえイスラエル軍が10月以来しばしばシリア領内のヒズボラの補給路を空爆してきたことも、ヒズボラの勢力低下を促し、結果的にアサド政権の弱体化に拍車をかけたとみられる。

中東に破たん国家ができたら

 アサド政権に対するロシアやイランの支援の縮小が、アルカイダ分派による大攻勢の呼び水になったとすれば、この騒乱はウクライナ情勢やガザ・レバノン情勢と無関係ではない。

 そればかりか、HTSの勢力がこのまま大きくなり、シリアが実質的な破たん国家になれば、ユーラシア一帯の次なる不安定要因にもなりかねない

 シリアは国際交易の重要拠点にあり、そのために古代から幾多の勢力が争った歴史がある。アレクサンダー大王のインド遠征、中世の十字軍、第一次世界大戦などで、シリアは焦点の一つになった。

 現在では中国の「一帯一路」でも、インドが目指す「インド・中東・欧州経済回廊」でも、シリアの安定が大前提になっている。

 ただでさえガザ侵攻をきっかけに、地中海からスエズ運河、紅海をぬけてインド洋に至る海上ルートのリスクは高まっている。

 その結果、2024年5月にこの海域を通過した船舶は1,111隻で、前年比マイナス53.6%だった。

 タンカーが迂回を余儀なくされる結果、グローバルな物流コストも上がっている。シリアが本格的に破たん国家になれば、この兆候がさらに強まりかねない。

 とすると、シリアの騒乱はローカルな対立でありながらグローバルなリスクを抱えているといえる。

【付記】文章の一部を加筆・訂正しました。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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