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自民党・麻生副総裁に勲章を授与したミャンマー軍事政権が内戦で敗色濃厚――日本政府は泥舟に乗るか

六辻彰二国際政治学者
戦闘が多発するミャンマー国境付近で警戒にあたるタイ兵(2024.4.20)(写真:ロイター/アフロ)
  • ミャンマーでは内戦が3年以上続いており、反体制派の猛攻によって軍事政権は国土の半分以下しか掌握できていないとみられる。
  • 5月に訪日した反体制派の代表者は高村外務大臣政務官などと会談し、軍事政権による市民の虐殺などを訴えて支援を要請した。
  • ただし、自民党の麻生副総裁が昨年、軍事政権から勲章を授与されたこともあり、日本政府が反体制派支援に傾く公算は高くない。

ミャンマー反体制派が訪日

 ミャンマーの民主化勢力「国民統一政府」と少数民族武装組織「カレン民族同盟」の代表団が5月、東京を訪問した。その目的は日本政府関係者と会談し、ミャンマー軍事政権との内戦における支援を求めることだった。

 ミャンマーでは2021年2月、軍によるクーデタでアウン・サン・スー・チー氏をはじめ政府要人のほとんどが逮捕・投獄された。国民統一政府は、これをきっかけに発足した反政府組織の連合体だ。

 このクーデタをきっかけにミャンマーでは、それまで軍と衝突を繰り返していた少数民族の武装組織の活動も活発化しており、そのなかにはカレン民族同盟のように民主化勢力と連携するものもある。

 これに対する軍事政権による無差別攻撃もエスカレートしていて、ミャンマーでは2021年2月からの3年間で5万人以上が死亡し、避難民は230万人にものぼる推計される。

 しかし、ウクライナやガザと異なり、ミャンマーの内戦は世界的に無視されやすく「忘れられた戦争」とも呼ばれる。

 東京を訪問した代表団は高村正大外務大臣政務官を訪問してミャンマー軍事政権への経済制裁強化を求めた他、ミャンマーの民主化を支援する超党派の議員連盟とも会談した。

日本政府と軍事政権の“蜜月”

 ただし、日本政府がミャンマー反体制派支援に大きく舵を切るとは予想しにくい。

 実際、日本政府はクーデタを受けてミャンマー向け援助を停止し、軍事政権による無差別攻撃を非難し、避難民などに人道支援を提供しているものの、政権関係者に対する経済制裁はほとんど行っておらず、さらに反体制派の支援要請にも明確な返答を避けた。

 これと比べて、例えばアメリカ政府はやはり少数民族の武装組織の代表者との会談したうえで4月、1億6700万ドルの支援を決定した。アメリカは軍事政権関係者やこれに近い企業などに対する経済制裁を実施している。

 日本政府が踏み込んだ措置をとらない一つの理由は、ミャンマー軍事政権との“蜜月”がある。

 ミャンマー軍事政権は2023年2月麻生太郎自民党副総裁と渡部秀央日本ミャンマー協会会長(元郵政大臣)にチリ・ピャンチ勲章を授与した。「日本とミャンマーの友好関係を築いた」ことが理由だった。

 日本は冷戦時代からミャンマーに開発協力を行い、1988年にクーデタが発生して欧米から2010年まで経済制裁を受けていた時期にも援助を続けた歴史がある。

 とはいえ、政権運営に隠然とした影響力をもつ麻生氏が軍事政権の叙勲を断らなかったことからすれば、日本政府がミャンマー反体制派にことさら好意的な態度をみせないのは不思議ではない

 ちなみにこのチリ・ピャンチ勲章の歴代の受賞者には、ロシア国防省次官アレクサンドル・フォミン将軍なども含まれる。ロシア政府は内戦に直面するミャンマー軍に軍事協力を進めている。

“ババを引く”のは誰か

 ちなみに日本政府のこうした態度は珍しいものではない。一部の例外を除いて日本政府は基本的に、相手国の内政に深くかかわるのを避けてきた。

 実際、日本政府は人道危機が深刻化しているガザ侵攻や、欧米が非難を強める香港問題などに関しても、踏み込んだ非難や制裁をしていない。

 この態度はよくいえば“内政不干渉”を重視する控え目なものだが、悪くいえば人権や民主主義をほとんど配慮しない日和見主義ともいえる。

 念のために付言すれば、欧米のスタンスの方がマシとも言い切れない。

 欧米は人権や民主主義を強調するが、実際にはケースバイケースの対応になりやすく、相手次第で大目にみるダブルスタンダードも珍しくないからだ。イスラエルに対する穏当な態度はその象徴である。

 だから道徳的にどちらがマシかは簡単に断定できない。

 しかし、少なくとも対ミャンマー外交に関していえば、日本政府の対応の方がリスキーとみられる。もっとはっきりいえば、軍事政権との蜜月は“ババを引く”ことになりかねない

 ミャンマー軍事政権は内戦のなかで徐々に勢力を落とし、入れ違いに反体制派が占領地を拡大しているからだ。

追い詰められるミャンマー軍事政権

 米平和研究所によると、3年間の内戦によってミャンマー国軍の兵士は30万人から13万人にまで減少した。

 これに対して、軍事政権への反発や不満を背景に反体制派は兵員を増やしていて、民主派は8万5000人、少数民族武装組織は12万人ほどと推計される。

 旗色が悪くなるなか、軍事政権は反体制派を支持する市民まで標的にした無差別攻撃をエスカレートさせているのだが、それでも勝利は遠のいている。

平和研究所の調査では、今年4月末までに軍事政権は国土の約6割のコントロールを失ったとみられる。

 たとえ首都ネピドーなど主要都市を軍事政権が握り続けたとしても、民主派や少数民族の武装組織が実効支配する地域が拡大すれば、ミャンマーが細分化されて統一国家としての体をなさない“破たん国家”になる懸念すらある。

 そうしたなか、ただ軍事政権との関係を優先させるのは泥舟を選ぶことにもなりかねない。

 権威主義的な政府との関係のみを顧慮した結果、その政府が転覆して新体制が発足したとき、「旧体制を支持した国」とみなされてその国で影響力を低下させる構図は、2011年の“アラブの春”において、エジプトでアメリカが、リビアで中国が、それぞれ経験したことだ。

 だからこそ、アメリカをはじめ欧米はミャンマーでも反体制派に軸足を移しつつあり、これまで軍事政権を支援してきた中国でさえ反体制派と両股をかけている。

 日本外務省などがミャンマーの民主派や少数民族の代表者と会談したことは、こうした変化を意識したものかもしれないが、それでも基本的には軍事政権との関係を前提にした態度に大きな変化はない。

 とすると、そこにリスク分散や危機管理への意識はあまり見受けられない。ただ義理堅いことは国際政治において美徳とは限らず、単に状況判断ができないだけとさえいえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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