北欧流・社会の変え方 市民はこうして政治に影響を与える
- 北欧ではなぜ市民が政治的な活動に関心が高いのか?
- どうしたら市民は政治家にメッセージを届けることができるのか?
- 社会に影響を与えるにはどうしたらよいか?
- どうして北欧にはエコ先進国のイメージがあるのか?
幸福度が高いといわれる北欧だが、実際にひとりの市民がどうやって国会にまで影響を及ぼせるのか?
北欧の市民運動としてノルウェーから一例を紹介したい。
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ノルウェーには「未来は私たちの手に」(Framtiden i vare hender/以下FIVHと略称)という環境団体がある。
人口530万人の国で有料会員が4万人以上いるため、一部の市民の声を代表していることになり、政治家や報道機関は耳を傾けざるをえない(それが民主主義)。
9月15日、オスロの首都フィヨルド沿いの文化施設SALTでは、FIVHの新しいキャンペーンがリリースされた。
ノルウェーでは2021年9月に国政選挙がある。選挙活動に日本ほど厳しい決まりはないので、すでに各政党は立候補者や政策の議論を始めており、来年はどの政党に投票するか、市民はぼんやりと考え始めている。
選挙1年前ともなると、政党だけではなく企業や団体も、自分たちの希望を政策に反映させようと、どのような主張や活動をしていこうか考え始める。
FIVHは環境団体のため、環境や気候危機に関する活動をし、企業や政治家が隠したいことを見つけだし、市民生活の何が環境負荷になっていて、そのためには何ができるかを分かりやすい形で社会議論を起こす。「消費者の価値観を変える」ことにも長けた団体でもある。
実はこの団体の活動は日本でも報道されることがある。
例えば「ノーベル財団、賞金原資を核兵器関連にも投資 資金引き揚げへ」(AFP)を暴いたのもこの団体。
私の記事でもこれまで何回か登場しており、ファッション業界におけるブラック企業を取り上げたプロジェクトは北欧他国でも話題となった。
最近ではIKEAの取引先で働く労働者の権利が十分に補償されていないという抗議活動も起こしている。このことは現地の報道機関でもニュースとなっているが、IKEAノルウェーは回答を拒否しており、FIVHや市民は同社のSNSに「答えてください」と書き込みを続けている(SNSのこのような使い方も、よくある民主的な影響の与え方だ)。
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さて、今この団体が起こしているキャンペーンが「気候デューグナッド」(Klimadugnad)だ。
デューグナッドとは?ひとりがたくさん集まれば、大勢になる
デューグナッド(Dugnad)は、「個人ではなく、団体で行う無料奉仕活動で、地域社会のためにみんなで一緒になって何かをして貢献すること」を意味する。
「ボランティア」と混合されやすいが、「ひとりでする」活動は含まれない。例えば「(ひとりで)老人ホームでボランティアをした」はデューグナッドとは言わない。アパートや近所の住民と一緒になって地域の掃除をした、来たばかりの難民申請者の支援を複数の人とすることなどをデューグナッドと表現する。
ノルウェーでは「友達が作りにくい」とされたり、孤独を感じる人もいるが、デューグナッドに参加することも解決策のひとつともいえる。
では、地球のためにできるデューグナッドとはなんだろう?それがなぜ選挙につながるのだろう?
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忙しい毎日の生活で、どうやって政治に影響を与えることができるの?
来年の選挙のために、市民ひとりひとりは何ができるか?政治家に圧力を与えるために、地球に優しいライフスタイルにみんなで切り替えていこうという今回の企画。
専用サイトに飛ぶと、気候危機の原因である排出量を抑えることにつながる取り組みが紹介されている。
一定の期間、新しい服を買うのをやめてみたり、ベジタリアンになってみたり、飛行機で旅行するのを減らしてみたり。
サイトでは3つの行動を選ぶことができる。
- 私はもっと気候フレンドリーな食生活をしたい
- 私はもっと気候フレンドリーな消費をしたい
- 私はもっと気候フレンドリーな移動手段を選びたい
選んだ行動に応じて、「そのためには何ができるか?」が提案されている。
- もっと野菜中心のベジタリアンな食生活をする
- 全部食べ切る
- オーガニックのものを食べる
- 農家から直接購入する
- 服を買うのをやめる
- 買い物をやめてみる
- 電化製品を買うのをやめてみる
- 物を修理する
- 職場まで気候フレンドリーな交通手段で出勤する(飛行機や車に乗らずに公共交通機関・徒歩など)
- 遠くではなく近い場所で旅行を楽しむ
- オンラインで仕事をする
- カーシェアリングをする
デジタル市民運動はどういう仕組み?
- 例えば「消費」を選ぶと複数の「できること」カテゴリーが表示される。
- 「物を修理する」を選んだとして、名前とメールアドレスを入力し登録する。
- 各項目によって、挑戦期間は「1年間」と「21日間」のどちらか(21日間は新しい習慣を定着させるのに適した期間だから)。
- 挑戦期間中は希望すればアドバイスやリマインダーとなるお助けメールも届くようになる。
「自分のやっていることに意味はあるのか」ともんもんとしないために、Facebookに互いの行動を報告しあえるページもあれば、自分以外に何人がどのプロジェクトに挑戦中かも可視化されている(情報の透明度やオープンな社会も北欧社会を理解するキーワードだ)。
Facebookページを見ると、参加者は楽しそうに盛り上がり、「今日は子どもと道端に生えていたキイチゴを食べた」、「自宅では生ごみから堆肥を作るコンポストをしている」などの投稿があった。
会員ではなくても、誰でも参加できる。
このプロジェクトは来年の国政選挙がある9月13日まで続くので、それまでにいくつもの挑戦をすることが可能だ。
私が夕食を食べ残さないことが、どうして選挙につながるの?
「それが何になるのか」と思う人もいるかもしれない。
会員数が多くて、すでに影響力がある環境団体のキャンペーンに参加する人が多いほど、報道機関や政治家はその声に知らんぷりはできなくなる。
政治家が知らないふりをするということは、その団体の裏にいる会員や参加している市民に「私はあなたたたちを気にかけていない」、「こういう社会課題の解決には興味がない」と背を向けているのと同じだ。
エコ先進国でもあり民主主義を大事にする北欧で、その態度は駆けとなる。どうせなら同意できない立場でも何かしらコメントして議論に参加したり、政党で話し合うなどの行動にうつしたほうがまだいい。
行動に移す準備ができていないのは、政治家か、市民か
「気候政策をもっと進めてと訴えるとき、私たちが出会う政治家は大抵こう言い返してきます。『市民にまだその準備ができていないと』。市民にはその準備ができていると政治家はまだ分かっていないようなので、私たちで見せてあげましょう」と代表のアーニャ・バッケン・リーセ氏は会場で来場者に話しかけた。
「私が何かしても影響力は小さすぎて、社会の何も変えられず、意味はないかも。関わらないでおこうかな」と思うことはないだろうか。その考えは「危険だ」とリーセ氏は話す。
「一緒だと変化を起こせます。飛行機に乗らない人がひとりではなく、何人もいたら?口コミで一緒にやろうと広めていけば、いつかそれは何万人にもなります」。
スウェーデン国会前でひとりで座っていたグレタ・トゥーンベリ氏がどれほど大きなムーブメントにつながったか、若者には準備ができていることをリーセ氏は説明した。
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この記事を執筆時点ではプロジェクト開始から24時間たっていないが、参加者は1455人となっている。
北欧は男女平等が進んだ国などとしても有名だが、このような市民活動が時間をかけて政治を変えてきたといもいえる。
他にも現場からまだ伝えたいことがあるので、後編の記事では市民運動を「楽しそうだ」と感じさせる工夫がみられるキャンペーン動画と、代表へのインタビューを紹介予定。北欧社会を理解する小さなヒントになるかもしれない。
Text: Asaki Abumi