国会を若い世代に託したほうがいい?北欧がエコ先進国になったヒント
「北欧流・社会の変え方 市民はこうして政治に影響を与える」の続きです。
- 北欧ではなぜ市民が政治的な活動に関心が高いのか?
- どうしたら市民は政治家にメッセージを届けることができるのか?
- 社会に影響を与えるにはどうしたらよいか?
幸福度が高いといわれる北欧だが、実際にひとりの市民がどうやって国会にまで影響を及ぼせるのか?
北欧の市民運動としてノルウェーから一例を紹介する。
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国政選挙をおよそ1年後に控えるノルウェー。現地のメディアはすでに来年の選挙に向けて各党の政策を話題にしている。
民主主義と決定のテーブルに自分たちも座るためには、市民には何ができるか?
ノルウェーには「未来は私たちの手に」(Framtiden i vare hender/以下FIVHと略称)という環境団体がある。環境・気候政策をもっと推し進めてもらうために、「気候デューグナッド」(Klimadugnad)というキャンペーンを開始した。
市民ひとりひとりが環境負荷の少ない暮らしに移行していくことで、「私たちには暮らしが変わる準備ができていますよ」と訴えかけるもの。詳しくは前編の記事を参照に。
「私にもできることがあるんだ」、「楽しそうだから私もやってみたい」と思わせる工夫が多いキャンペーン動画があるので、見ていただきたい。
ノルウェー語なので日本語で動画の内容をまとめた。
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オスロの国会前に、私たちはボタンを置きました。
気候活動に熱心な人たちが生放送で映し出される巨大なスクリーンも一緒に。
そして有名なあの人たちも。
市民がどれほど気候のために行動をしようと思っているか、私たちは知りたいと思ったからだです。
ボタンは3種類
- 私はもっと気候フレンドリーな消費をしたい
- 私はもっと気候フレンドリーな移動手段を選びたい
- 私はもっと気候フレンドリーな食事をしたい
まずボタンを押したのは黒髪の女性。
「いえーい!」とスクリーンにたくさんの人が急に現れて、笑顔で拍手をしています。
年配の男性がボタンを押すと、また拍手が始まり、予想外の出来事に通行人は笑顔になっています。
(0.54秒あたり)次に画面に現れたのは、大勢の人ではなくて、なんとオーロラ(AURORA)!
※ディズニー映画『アナと雪の女王2』で不思議な声の役をした歌手で、検索すると日本のニュースでも多くヒットします。
AURORAは「ハロー!」と呼びかけ、あなたたちにできることは大きいと応援します。
2人の男子「そうだね、私たちが次の世代だからね」
AURORA「そうよね、すごいじゃない」
次に画面に出てきた男性は気候活動における心理学専門家のひとりで「緑の環境党」の党員としても有名なPer Stocknes氏。
Stocknes氏「あなたが見たい変化はなに?」
男性「もっとベジタリアンの食事を食べて、肉の量を減らすことかな。みんなができる大事なことだと思う」
(シーンは変わり)先ほど登場した2人の男子は、スクリーンは演出なのか生放送なのか困惑して、AURORAに向かって聞きます。
男子「指を鼻につけてみてよ!」
AURORAは実際にそうします。
男子「すごい!リアルだ!」
ボタンを押した人々は自分がこれからしたい気候デューグナッドを口にします。
「エコフレンドリーに食べることはヘルシーに食べることでもある」、「もっとポテトを食べるよ!」、「プラスチックを減らしたい」。
3人目にスクリーンに出たのは女優で社会活動家でもあるIselin Shumba氏。
そして4人目の女性はモデル、女優でもあり環境活動に熱心なJenny Skavlan氏。
スクリーンの応援団とボタンを押した通行人は、自分たちにできることや思いを話し合います。
女性「みんながお互いのことを思い合ったらあったら気候フレンドリーになれると思う」
別の女性「政治家にも、もっと成長するポテンシャルはあると思う。通りを歩いている私たち普通の人のように」
男性「国会に座っている人は深刻度を分かっていないね」
女性「みんなで取り組めば2030年までには排出量を50%減らすことはできると思うわ」
女性「誰かがやるだろうと待っていたらダメよ」
「気候デューグナッド」に参加する?
「する!」と返事をする人々で動画は終わっています。
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この動画は「北欧の人がどういう手法で政治を動かしているか」の一例になるだろう。
ちなみに芸能人がこのように政治的なテーマで発言するのは普通のことだ。繰り返すが、このキャンペーンの狙いは来年の国政選挙で政治家に圧力を与えるためのもの。
私の著書でも触れているが、北欧の人は楽しく政治に関わるスキルが高い。政治と言えば難しそうで、ピリピリしているイメージがある人もいるかもしれないが、北欧からはなんだか違う空気を感じるのだ。
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ノルウェーで最大級の環境団体の代表に聞いてみた
動画を作ったFIVH代表のアーニャ・バッケン・リーセ氏(Anja Bakken Riise)にインタビューをした。
あぶみ「なぜノルウェーの人は環境や気候問題をここまで気にしていると思いますか」
リーセ氏「ノルウェー人は自然との距離が近くて、自然が大好きだから」
リーセ氏「汚染を防ぐための環境政策にも長い歴史があります。ノルウェーでは山や丘で湧き出る水をそのまま飲むことができる。ずっと厳しい規制で守ってきたからです」
ノルウェー初の女性首相であるグロ・ハーレム・ブルントラント氏(中道左派の労働党)の影響も大きいと同氏は話す。
ブルントラント氏は環境・気候対策で大きな功績を残した。「サステナビリティ」という概念の誕生には国連のブルントラント委員会のレポート「われら共有の未来(Our common future)」が関係している。詳しくは内閣官房「持続可能な開発のための教育(ESD)」のサイトなどを参照、検索すると日本語でも情報はいろいろヒットする。
リーセ氏「『ノルウェーは環境国家』というアイデンティティは、彼女のレポートがきっかけとなったといっても過言ではありません」
「でも、」とリーセ氏は考え込む。
環境にはもともと関心が高かったが、「気候」ムーブメントは最近のこと
リーセ氏「気候については……、かつてのノルウェーでは議題としてそこまで高くはありませんでした。今ほどはね」
※ノルウェーでは「環境」と「気候」という言葉は違いが理解されて使用されている(日本では環境とひとくくりにされている印象がある)。
リーセ氏「気候への関心が高くなっている理由は学校ストライキとグレタ・トゥーンベリ氏の影響があるでしょう。気温上昇を1.5℃以下に抑えるという目標も、それほど急いで行動を起こさないといけないのかという衝撃を与えました」
グレタ氏と学校ストライキが転換期に
あぶみ「ノルウェーでは日本に比べて市民が政治家に影響を与えやすいように見えますが、どのようにしているのですか」
リーセ氏「ノルウェーでも影響は与えにくい時もありました。でも学校ストライキが起きてから状況がガラリと変わり、強烈な市民運動が起きて、政治的な優先度が上がりました」。
環境と気候に強い政党が現れれば、古い既存政党の意識が変わる
リーセ氏「ノルウェーでは『緑の環境党』の存在も関係あるでしょうね。この党の影響で、他の政党も『気候政策ではだれがより優秀か』を競わざるをえない状況になっています。もしほかの政党が十分な気候政策を打ち出せなかったら、有権者は緑の環境党に逃げて行ってしまいますから」。
気候の話をして、誰かから嫌な言葉を言われた時にどうしている?
実は、私はリーセ氏のことを以前から知っている(彼女は以前オスロ市でも働いていたので、料理通信「肉中心の国で「野菜」という選択肢を」でも取材していた)。彼女を見ていて気になっていたこともあったので聞いてみた
あぶみ「あなたには常に楽観的で元気な印象があるのだけれど、その秘密ってなに?SNSとかで嫌なことを言われて、落ち込むこととかはない?」(ノルウェーでは若い女性が公に政治的発言をするとバッシングがすごいこともある)。
リーセ氏「……ない!私にはむしろポジティブなコメントのほうがたくさんくるの。人の中にあるネガティブな部分よりもポジティブな部分を引き出して、みんなで協力できると思ってる。この考え方に同意する人は多いとも思う。私のことを脅威だと思っている人は少ないと感じているわ。もちろんネガティブなコメントを見たら落ち込む!でも、それよりももっとたくさんのポジティブなコメントが私のもとには届くの」
気候を政治課題にするなら、古い世代を「若くて女性が多い世代」と取り換えたほうがい
あぶみ「気候政策を進めるためには、国会に多くの女性や若者がいることは必要だと思いますか?」
リーセ氏「必要!ノルウェーでも世代交代が起きています。環境や気候政策に最も熱心なのは若い世代です。特に若い女性。ノルウェーでは年配の人は気候のことをあまり心配していません。だから、気候政策を推し進めるには、国会に座っている一部の政治家を『取り換える』必要があります」
あぶみ「女性政治家を選んだとして、生き残る手段として彼女たちの考え方がまるで年配の男性化している場合は?それでも女性をとにかく増やせばいいと思いますか?」
リーセ氏「う~ん。いや。政治家によっても人として違いはあります。今ノルウェーでは保守党(中道右派)の若い女性が石油・エネルギー大臣ですが、私が期待していたほどの先進的な環境・気候政策を持ち合わせてはいません」。
リーセ氏「だから女性だからと選んでも、気候政策で期待に応えてくれる『保証』はありません。『でも』、た~くさんの政治家を古い世代と取り換えれば……!各政党の青年部は母党と違って、急進的な環境・気候政策を掲げていますし」。
「いずれにせよ、若い人や女性をより選んでいくという手段が、これからの進む道だと私は思います」。
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ノルウェーではこのように、「政治家や社会にどうしたら影響を与えることができるか」を学んで、体験し、小さな成功体験を詰める機会が日常生活や教育現場にたくさん組み込まれている。
このようなシーンのひとつひとつが、北欧がエコ先進国で幸福度の高い国という国際的な評価のヒントになっている。
スウェーデンの国会前で座り込んでいたひとりの少女は今や世界中で有名となったが、北欧の土壌があったからこそ彼女はうまれたともいえるだろう。
Text: Asaki Abumi