五輪がなくなれば求心力を失う安倍と小池がコロナ対策の障害
フーテン老人世直し録(525)
文月某日
コロナ禍がなければ7月24日は東京五輪が開会される日であった。56年前に行われた東京五輪は10月10日が開会式だったが、前日が台風の影響で雨だったにもかかわらず、当日は一転して雲一つない秋晴れとなり、参加94か国、7060人の選手団が国立競技場で入場行進を行った。
最終聖火ランナーは原爆投下の日に広島で生まれた坂井義則選手である。聖火台への高い階段を登る時間が思ったより長く感じられ、大学受験を控えていたフーテンは転ばないかと心配しながらテレビを見た記憶がある。戦後復興を成し遂げた日本が、さらなる経済成長を目指す姿を、この開会式は象徴していたように思う。
しかしコロナ禍がなく、今年の東京五輪がもし行われていたとすれば、東京は梅雨特有の湿度の高い不快な気候で陽が差すこともなく、また九州地方や西日本では梅雨前線に伴う大雨で土砂災害や河川の氾濫の恐れがあり、国民すべてが爽やかな気持ちで開会式を迎えたとは思えない。
フーテンは2013年に東京五輪招致が決まった時から、その意義に疑問を呈してきた。2011年の東日本大震災で起きた福島の原発事故は世界史に記録される悲惨な事故である。その終息が見通せない時に、東京五輪で東北の復興の後押しをすると安倍政権は言うが、税金を使う優先順位が間違っていないかと主張してきた。
今では東京五輪招致が「東日本大震災の復興のため」ではなく「観光立国」のためであることが明白になった。米国に従属するだけの安倍政権は対米貿易黒字を減らすしかなく、そのため「貿易立国」に代えて「観光立国」を突き進む。東北の復興より観光で金儲けするのが東京五輪招致の目的だったのだ。
IR法を強行成立させての「カジノ誘致」も、東京五輪と並ぶ「観光立国」の重要な柱である。海外からの観光客のインバウンドを当てにして成長戦略を描く安倍政権の最大のターゲットは中国の富裕層だ。
そのため習近平国家主席を米国のトランプ大統領に続く国賓として新天皇に会わせようとした。ところがその中国で昨年12月に新型コロナウイルスが発生する。それは人が集まること、人が移動することを制約し、安倍政権の「観光立国」を直撃する。
それだけではない。「観光立国」のため東京五輪と中国からのインバウンドに固執したことが、コロナ対策を迷走させ、国民の命を危険にさらした。安倍政権による水際対策の不徹底と検査の不徹底は「観光立国」の結果だと思う。
そして安倍総理と小池東京都知事が現職にあることが、日本のコロナ対策にとって最大の障害ではないかと思う。なぜなら2人は東京五輪が中止されると直ちに求心力を失う。中止されると困る2人が手を組み東京五輪の1年延期が決まるまで、日本のコロナ対策はないに等しかった。
コロナ対策で成功した国を見ると、まずは「水際対策」の徹底である。中国と国境を接するモンゴルもベトナムも死者はゼロだが、それは速やかに国境を閉じ往来を禁止したからだ。台湾も昨年12月末から武漢との間の航空便で検疫体制を強化し、死者はわずか7人である。
ところが「観光立国」日本は中国人観光客を「熱烈歓迎」し、習近平政権が訪日延期を決める3月まで厳格な「水際対策」をやらなかった。次に重要なのは感染の実態を把握する検査体制である。ところが東京五輪延期が決まるまで不思議なことに東京都の感染者数は少なく推移した。
1月に中国人観光客が大挙訪れた東京で感染者が少ないのはどういう訳かと思っていたら、東京五輪の延期が決まると今度は一転して感染者が急増する。以来、フーテンは感染者数の増減で大騒ぎする報道を鵜呑みにしない。まともな発表とは思えないからだ。
各国は、検査数と感染者数、そして1人が何人にうつすかの指数、患者を収容できる病床数、重症者の数などコロナの実態が分かる数字を国民に知らせる。ところが日本のメディアは感染者の数だけを棒グラフで示し「今日もこんなに増えた」と騒ぐ。「命を守れ、外出するな」の大合唱だ。
日本の検査数は各国と比べてけた違いに少ない。それがなぜなのかが判然としない。23日のテレビ朝日「モーニングショー」では検査数がなぜ少ないかを取り上げた。番組によると米国では1日に50万件、ドイツ15万件、フランス10万件、中国378万件のPCR検査を行っているが、日本はわずか3万2千件だという。
その理由を新型コロナ対策分科会メンバーの小林慶一郎氏は、厚労省の医系技官ら長年感染症に携わって来たコミュニティが、かつてハンセン病で隔離政策をとった日本政府が人権侵害を犯した反省から、検査で擬陽性になった人を隔離することに慎重なためと説明した。
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