五輪中止を言わない総理と観光立国の旗を振る官房長官で日本の未来は大丈夫か
フーテン老人世直し録(526)
文月某日
世界のコロナ禍は収束どころかますます拡大の方向に向かい、日本でも1日の感染者数が過去最多になったとメディアが騒いでいる。その中で安倍総理はなぜか沈黙を守るだけだ。代わりにかどうか知らないが菅官房長官だけが「観光立国」で存在感を示している。
27日に開かれた政府の観光戦略実行会議で、菅長官は観光地で休暇を取りながらテレワークを行う「ワ―ケーション」の普及に取り組む方針と、外国人観光客のために高級ホテルを誘致する必要があるとして、受け入れに必要な環境整備を進める考えを明らかにした。
少し前まで政権中枢から外されていたとは思えない復活ぶりで、ポスト安倍の1番手は菅氏だと思わせる動きである。「ワ―ケーション」とはワーク(仕事)とバケーション(休暇)を組み合わせた造語で、休暇中に仕事もするという新形態の働き方を言う。2000年代に米国から始まった。
これに環境省も積極的で、今月22日から東京の新宿御苑にテントを並べてイスとテーブルを置き、ワ―ケーションの体験イベントを開催した。菅氏に引き立てられ初入閣した小泉進次郎環境大臣は、ワ―ケーションの意義を語りその普及に力を入れている。
なぜ環境省がワ―ケーションなのか、いまいち理解できないが、おそらく小泉氏は親分の意向に従って協力しているのだろう。そして「Go Toトラベル」など一連の動きから理解できるのは、「観光立国」推進の第一人者は菅氏であり、二階自民党幹事長もそれと肩を並べているということだ。
安倍政権の成長戦略の柱は「観光」である。米国にすり寄ることで政治的安定を得ようとする安倍政権は、対米貿易黒字を減らすため「貿易立国」に代えて「観光立国」を国是とした。そのためには外国人観光客を呼び込む東京五輪招致とカジノ誘致が必要だった。
その五輪招致とカジノ誘致を実質的に裏で支えたのは菅氏である。その結果、安倍政権の「観光立国」は着実に実績を上げる。第二次政権がスタートした翌13年に外国人観光客は1千万人を超え、19年には3千万人以上に伸び、今年は東京五輪で4千万人を目標にしていた。それが新型コロナの直撃を受け、今年は6月までの人数が4百万人に満たない。観光業者は奈落の底に突き落とされた。
外国からの観光客が平常レベルに戻るのにあと3年はかかるとみられる。それまでは国内旅行者を増やさざるを得ない。それが「Go Toトラベル」を前倒した理由だが、フーテンはそれを「博奕」だと書いた。感染を全国に拡大させずに観光業界が潤うなら勝ち目だが、それが逆になったらどうするのか。
4連休が終わって3日後の29日に、これまで感染者がゼロだった岩手県に初の感染者が出た。全国の感染者数も過去最多となった。今後「Go Toトラベル」の成果が分かるにつれ、国民の批判が高まる恐れもある。「ワ―ケーション」に力を入れると言っても、地方の感染拡大を防ぐのが先だという主張が出てくれば、菅氏の勢いも削がれる。
そして菅氏が外国人観光客用に高級ホテルを誘致しろと主張するのを聞くと、フーテンは「幻の東京五輪」となった戦前を思い出す。1940年は神武天皇が即位してから2600年の節目の年だったが、その年に建国祭を盛大に祝うため、日本政府は五輪と万博を同時に招致し、さらに外国人用の洋風ホテルを次々に建設していったのだ。
つまり安倍政権の「観光立国」は、1940年に五輪と万博をやろうとした戦前の日本の姿そっくりである。現在の日本は「コロナとの戦争」の渦中にいるが、安倍総理は五輪中止を言い出さない。しかし戦前の日本は日中戦争のため、五輪は返上、万博も延期を決断した。そこが今と昔の違いである。
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