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教員人気は復活するか?自民党の改革案を読む

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
(写真:アフロ)

5月10日に自民党の特命委員会(委員長・萩生田光一政調会長)が、教員の処遇や働き方に関する提言をとりまとめた(「令和の教育人材確保実現プラン(提言) 」)。背景には、公立小中学校等で深刻な人手不足となっていることがある(教員不足、講師不足の問題)。担任の先生が休職に入ったあと代わりの人が見つからない、高校入試を控えるなか授業を専門外の先生が教えている(例:社会科の先生が足りないので、国語の免許を持つ教員が授業する)なども、一部の学校ではあるが、実際に起きている(※注1)。かつては5倍、10倍といった採用倍率もあった教職だが、人気が落ちてきていると言われている(※注2)。はたして、この改革案で、教員人気は好転するだろうか?

今回の提言案については、「現場を知らなさすぎる」など批判が殺到しているという(FLASH5月11日記事)。公立学校の教員に残業代を支給しない特別法(給特法)を維持する姿勢であることが批判を集めていて、SNSなどでも「付け刃(原文ママ)」「微々たる上乗せで”定額働かせ放題”を継続する」「業務量に対して全く見合ってない」などの声が上がっている。

しかし、本当にそうだろうか?今回の提言案は、相当学校現場の実情を踏まえた上で考察されていて、評価、期待できるところも多くあると、わたしは感じる。同時に、十分に検討されていない点や課題もあるのは確かだ。この記事では、その理由を申し上げる。

なお、この記事は特定の政党の是非や支持・不支持について述べるものではなく、政策論を議論している(わたしの他の記事や発信も同様)。

写真:アフロ

■処遇改善だけでなく、授業負担減、教員定数増、スタッフ増など、多岐にわたる改革案を示している。

今回の自民党の提言案について、報道やそれを見たSNS等の反応では、給特法をはじめとする教員の処遇・給与について関心が集まっている。給与の問題も人材獲得競争のなかで、もちろん重要ではあるが、すべてではない。

言い換えると、「給特法が諸悪の根源で、給特法さえ廃止すれば事態はよくなっていくはず」などという見方は、根拠の薄い楽観論である。現に、私立学校や国立附属学校は、給特法は適用されていないが、公立学校以上に過重労働の学校もあるし、教員募集に苦労している法人も少なくない。教師という職をより魅力的で、働き続けやすいものにしていくためには、ひとつやふたつの対策で解決するような単純な世界ではない。事態はそれだけ、もつれているし、深刻だ。

参考:妹尾昌俊:公立学校の先生は本当に「定額働かせ放題」なのか?給特法と給特法廃止論、双方に大問題

対して、今回のプランは非常に多岐にわたる改革案を示している末冨芳さんの記事も参照していただきたいが、一番最初に記述されているのは「学校における働き方改革の更なる加速化」である。

このなかでは「学校及び教師が担う業務の更なる明確化・適正化」として、

教師が教師でなければできないことに全力投球できる環境を整備するため、これまでの取組の成果と課題を検証しつつ、学校が担っている業務を、過去の慣習にとらわれることなく、思いきって廃止・縮減する必要がある。(中略)学校以外が担うべき業務や必ずしも教師が担う必要のない業務について、その担い手を確保しつつ、教師以外に積極的に移行していく必要がある。例えば、保護者からの過剰な苦情や不当な要求等への対応については、行政が対応を引き受ける仕組みを検討するべきである。

つまり、先生の仕事を精選、スリム化していくことである。このなかには、学校の責任外のことなのに学校に要求やクレームが来ていることや、部活動の地域移行を加速させていくことなども含まれるかもしれない。もちろん受け皿はいるのかとか、家庭の役割が大事だと言われても家庭もたいへんなことなど、課題はあるが、重要な方向性だと思う。教員の仕事を減らし、授業準備などに専念しやすい環境にしていくことは、現場が一番求めていることではないだろうか。

また、提言の「(3)学校における指導・運営体制の充実」のなかでは「小学校高学年の学級担任の持ちコマ数が5コマ程度減少するとともに、中学校35人学級などきめ細かい指導と教師が教師でなければできない仕事に全力投球できる環境」をつくるとある。これらも教員のニーズがとても高いことである。

小学校では1時間目から6時間目までの授業に出ずっぱりで、8教科も9教科も担当している場合もある。授業準備だってたいへんだし、トイレに行く暇すらないと聞く。勤務時間中にしっかり授業準備や事務作業を進められるようにするためには、授業をしない時間帯、子どもと「離れられる」時間帯を設ける必要がある。そのためには、お金も人手もかかるが、義務教育標準法の改正をはじめとして、抜本的な対策に乗り出す必要がある

中学校は、小学校よりは持ち授業数は過密ではないが、さまざまな学力差や特性のある子がひとクラス最大40人もいる体制では、「丁寧なケア」や「個別最適な学び」などと言われても限界があろう。ひとクラス35人でも多いと思うが。

「人手不足なのに、教員を増やそうなんて言っても、ムリでしょう」という見方ももちろんある。だが、「必要な人手を入れずに、現場にいる人にムリをさせすぎてきた結果が、人手不足を招いている」とも考えられる。

ただし、小中とも、教員を増やすというアイデアだけでなく、ICTの活用を進めること(たとえば補習や宿題チェックなどはICTで進める)、教員以外のスタッフや外部人材と協働していくことなども、もっと必要だろう。

■先生たちを大切にする政策に、大転換なるか?

今回の提言案で、一番よいと思うのは、現職の先生たちを大切にする姿勢を示していることだ。それは先ほども述べたように、教員の業務負担を抜本的に軽減していこうという政策がかなり多く含まれていること、そして処遇改善にも踏み込んでいるからだ。学校教育に巨額のお金を投資する政策案である。

言い換えれば、ここ20年、30年は、教員に「やさしい」とは言えない政策が多かったのではないか。サポートスタッフや部活動指導員などの支援策がとられてきたのも最近のことであり、それ以前は、学校や教員の仕事をどんどん増やす一方の「ビルド&ビルド」な教育行政だった。その背景には、学校や教員に「あれもやれ、これもやれ」と言う政治家や産業界が多かったことも一因であろう。

写真:イメージマート

仕事は増やすのに、人はたいして増やさなかったし、給与アップもほとんどなされてこなかった。むしろ、行政改革の流れのなかで、地方公務員の約4割も占める教員にたいして、歳出抑制せよという圧力は、国でも地方自治体でも強かった。非正規雇用を増やして人件費を抑制したり、正規職も50代半ばから昇給停止したりする自治体は多かった。このつけ(非正規雇用への高い依存など)がいまの教員不足を招くことにもなった

OECD諸国で初等教育の教員の給与水準が2005年から17年のあいだに下がった比率が大きいのは、財政破綻したギリシャ、そして英国に次いで、日本は三番目だった。OECDの局長は「教員の給与水準が下がれば、教員はそれほど魅力的な職業ではなくなってしまう。このままでは一番優秀な人材を教員に誘致することができるのか、という疑問が残る」と当時から述べていた(教育新聞2019年9月10日)。

今回の自民党の案は、教職調整額を現行の4%を10%以上にするというものであり、これが十分かどうかという評価、議論はあるとはいえ、教員給与のベースアップを図るものであり、これまでの行革一辺倒の流れからすれば、大転換だ。なお、教職調整額は時間外勤務手当と異なり、基本給と同じ扱いなので、退職金のうえでも増となる。

社会、世間が「教員には優秀な人材がほしいので、多少アップはしてもいい」と言ってくれるかどうかは分からないが、私は、給与の点でも、人手を増やすことや業務負荷軽減を図る点でも、現職の先生たちを大切にする政策は重要だと考える。教員志望者の多くは、自分が小学生や中高生のときに、いい先生に出会ったことがきっかけになっている。だが、教育実習を経験して、やっぱり先生はたいへんだなと思って、教職をあきらめる学生も多い。現場の先生たちが活き活きしていないと、人は集まってこない

■課題① 教員を高度な専門職と考えるのか、どうか。専門職ならそれにふさわしい処遇とは。

さて、課題についても述べる。3点に要約する。

ひとつは、議論が集中している残業代を出すのかどうかについてである。提言案では、次の一節がある。

様々な力量の教師が自らの専門性と裁量性を発揮して業務にあたる中で、 教育の成果は必ずしも勤務時間の長さのみに基づくものではないため、外形的な時間外勤務 の状況のみならず、真に頑張っている教師が報われる仕組みとする必要がある

給特法を廃止して、労働基準法通りとした場合、子どもへの接し方や授業、校内の事務などのパフォーマンスが良好な人で、ワークライフバランスを考えていて残業は少ないA先生よりも、ダラダラしているわけではないかもしれないが(多くの小中学校等は全然ヒマではない)、仕事が遅めということで残業は多めのB先生のほうが報われる運用となる可能性が高い。授業準備だって、一概に長い時間かけている教員がよい授業になるとは限らない(ただし、最低限準備にかかる時間はもちろん必要で、その時間を勤務時間中に確保することは必須)。

また、ややこしいのは、教員の場合、業務外の自己研鑽やプライベートな活動なのか、業務である授業準備なのか、そう明確に分けられない場合もある(例:社会科の先生が新聞を読むのは授業準備の一環なのか、それともプライベートな時間にやったらいいことなのか?)

教員を専門性や裁量のある高度な専門職と捉えるならば、時間の応じた処遇というのでいいのかどうかは、考えていく必要があろう。加えて、高度な専門職というなら、調整額10%程度の処遇アップで果たしてよいのかどうかという議論も大事になってくる。

一方で、時間外の割増賃金というのは、使用者へのペナリティであり、論点をすり替えてはいけないという指摘もある。ここでは紙幅の関係もあって、これ以上深められないが、教員の仕事の性格をどう捉えるのかという問題と、使用者(教育委員会、校長)に残業削減を促す上でどのような制度、仕組みが必要かという問題の両方を考えていく必要がある。

■課題② 業務の重さ、責任と処遇が合っていない。

2つ目の課題は、学校において、役割や責任の重さ、業務の難易度と、処遇が合っていない問題をどう考えるかという点である。同一労働・同一賃金とは言われるものの、公立学校はほど遠いのではないか。

たとえば、学年主任として、学級崩壊しかけている難しいクラスの支援に入ったり、学校行事をリードしたりして、ふつうの学級担任よりも重い職務をしているにもかかわらず、わずかな手当の違いしかない。勤務年数が上であれば、ひらの学級担任の給与のほうが高くなるだろう。

埼玉県戸田市の戸ヶ崎教育長も、国の会議で関連する問題提起をしている(下記の資料)。

出所)戸ヶ崎戸田市教育長資料(文科省・質の高い教師の確保のための教職の魅力向上に向けた環境の在り方等に関する調査研究会(第2回)配布資料)
出所)戸ヶ崎戸田市教育長資料(文科省・質の高い教師の確保のための教職の魅力向上に向けた環境の在り方等に関する調査研究会(第2回)配布資料)

校長、教頭らの管理職手当だって、責任の重さに比べれば、たいした額とは言えない、という見方もできよう。

今回の自民党の提言案では、諸手当の改善について触れられてはいるものの、もっと思い切った舵取りが必要かもしれない。役割給の導入なども検討課題なのではないか。

付言すると、いまの教員不足の多くは、育休代替や病休の先生の代わりの常勤講師(臨時的任用教員とも呼ばれる非正規雇用)のなり手が不足している問題である(なおかつ非常勤講師も足りていない)。処遇の問題に注目するなら、非正規職の処遇を上げることや、正規職になりやすくする道を広げることが、もっとも素直な対策ではないか。

■課題③ 教員免許を取得しようとする学生の負担軽減は?

今回の提言で、先生になれば奨学金の免除・軽減するなど、学生にとって教職を目指すメリットを高める施策を盛り込んでいることは、わたしはいいことだと思う。だが、触れられていない問題がある。それは、教員免許を取得するまでの単位や拘束時間が大変すぎる問題だ。

データにもとづいて議論しよう。愛知県総合教育センターでは、教育学部・学科などを持つ大学の教職課程を履修する学生向けにアンケート調査をしている。教員志望を取りやめた学生にも質問しているのが貴重だ。

教員になるのをあきらめた理由は何か(次のグラフ)。もっとも多かったのは「休日出勤や長時間労働のイメージ」であり、とくに女性では約7割が「とても当てはまる」「やや当てはまる」と回答している。やはり働き方改革や負担軽減は、とても重要である。「職務に対して待遇(給与等)が十分でない」という回答も男女とも多く、給特法の問題を含めて処遇の問題もある。

注目したいのは「教員免許状取得のための単位数が多い」「教育実習が大変」という回答も相当数あることだ。

出所) 愛知県総合教育センター「教職の魅力向上への課題に関する調査研究」。強調の枠線は引用者によるもの。
出所) 愛知県総合教育センター「教職の魅力向上への課題に関する調査研究」。強調の枠線は引用者によるもの。

忙しすぎるのは、学校現場だけでなく、大学生らもである。教員免許を簡単にとれるようにすればよい、という単純な話ではないが、あまりにも即戦力重視の教員養成の考え方は見直すべきだ、とわたしは考える。教育実習の負担が重すぎないか、教員になったあとに研修や大学等と連携して習熟していけばよいことももっとあるのではないか(=学生のうちからたくさんやらなくていい)など、検討するべきことは少なくない。

以上のように検討課題はあるし、財源の問題を含めて実現可能性も心配だ。改革案が多岐わたっているのはよい点でもあるが、優先順位が分かりづらいという問題もある。とはいえ、学校にとって、とてもプラスになりそうなことも多く含まれている。それは、実現されれば、子どもたちにとっても、いい影響になるだろう。いい人材が教員を目指さなくなっている可能性、教員不足、欠員まで起きているという現状を放置しては、子どもたちに被害が広がるばかりだ。

※注1:わたしも加わっている「#教員不足をなくそう緊急アクション」という活動で、この4月時点の教員不足の状況、ならびに昨年度の状況を調査したところ、今年はより深刻化している可能性が高いことが分かった。授業ができない事態などは一部の学校の事例であり、頻発しているわけではないが、実際に起きている学校では、一番被害にあっているのは子どもたちである。

※注2:教員人気が本当に下がっているのかどうかは、現時点では断言することは難しい。教員採用試験のデータ(実際は地域差があるが、とりあえず全国計)をみると、小学校の受験者で新卒は、ここ10年間それほど減っていない(文科省「令和4年度(令和3年度実施)公立学校教員採用選考試験の実施状況について」)。ただし、大学生向けの各種調査などでも、教職が敬遠されつつある傾向は示唆されている。

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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