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軍事用語ロケット・ミサイルの各国の用法

JSF軍事/生き物ライター
人類史上初の弾道ミサイル、V2ロケット(写真:ロイター/アフロ)

 軍事用語としてのロケットとミサイルの用法は各国で異なります。大きく分けてアメリカ式とロシア式の用法がありますが、国によっては用法が混ざっていたりするので注意が必要です。

 兵器としてのロケットの歴史は古く、1000年以上前の中国で火薬を燃焼して飛ぶ矢の「火箭」が登場しています。誘導装置を搭載したミサイルの実戦投入は第二次世界大戦の時であり70年と少し前で、ミサイルという概念自体が最近のものになります。登場初期のミサイルは、まだミサイルとは呼ばれていませんでした。

アメリカ(Rocket・Missile)

Rocket

 日本語でもそのままロケットと表記して導入されている言葉です。噴射して飛んでいく飛翔体で、誘導装置を装着しておらず真っ直ぐ飛んでいくものを指します。宇宙ロケットと言葉は同じですが定義は異なっています。

 しかし近年、ロケット弾を改良して誘導装置を搭載したものが増えてきました。無誘導ロケットは命中精度が悪いので多数を一斉発射して面制圧する使い方だったのですが、それでは広い野原以外では民間人を巻き込みかねず使い勝手が悪くなり、ピンポイント精密攻撃ができるように改造するようになったのです。

  • GMLRS・・・GPS誘導式MLRS多連装ロケット
  • APKWS・・・レーザー誘導式ハイドラ70ロケット

 誘導式ロケット弾とは意味合いとしてはミサイルと全く同じです。にもかかわらず元がロケット弾の改良型はミサイルとは呼ばれないという、ややこしい事態が起きています。

Missile

 こちらも日本語でそのままミサイルと表記して広く使われています。もともと英語での意味は「投射体」という広い範囲の言葉だったのですが、第二次世界大戦が終わって暫く経った1947年に、誘導式の新兵器を指す言葉としてアメリカ軍が命名してから世界に広く普及しました。

 古い意味の投射体の方はほとんど使われなくなりましたが、イギリスの新聞では古い言い回しを使う場合が今でもまだあり、暴動が起きた時に群衆が投げた投石を「missile」と表現することがあります。これを知らない場合は報道を読んでビックリするかもしれません。

ロシア(Ракета)

 ロシア語の「Ракета」は英語の「Rocket」と語原が同じでロケットと似たような音の響きの言葉です。カタカナで表記するならば「ラケータ」になります。

 そして第二次世界大戦後に誘導式の新兵器が普及し始めた時に、当時のソ連は新たな分類の命名を行いませんでした。アメリカ式の用法は採用せず、誘導兵器だろうとラケータと呼ぶことにしたのです。こうしてロシアではロケットは誘導ミサイルを含む広い意味の言葉となりました。

 ロシア式の用法で注意しておくべきなのは、巡航ミサイルという言葉の巡航の部分もアメリカ式の用法とは異なる点です。

  • Cruise missile・・・巡航ミサイル
  • Крылатая ракета・・・有翼ロケット

 英語の巡航ミサイルを指す言葉はロシア語では有翼ロケットになります。ただしそのまま全く同じ意味の範囲の言葉ではありません。英語の巡航ミサイルには当てはまらないような、液体燃料式ロケットエンジンを搭載し急降下して突っ込んでくる滑空ミサイルともいうべきKh-22なども含む、少し範囲の広がった言葉になります。

中国(火箭・导弹)

火箭

 兵器としてのロケットの始祖が中国の1000年以上前の火薬推進式の矢である火箭です。現在では火箭とロケットは近い意味となり、軍事用の無誘導ロケットと宇宙ロケットを指す言葉となりました。

 ただし中国軍はそれまで弾道ミサイルを扱っていた部隊の「第二砲兵」を2015年に改称し「火箭軍」と新たに命名しました。訳すとロケット軍であり、弾道ミサイルは誘導式の兵器であるにもかかわらず「導弾軍(ミサイル軍)」ではありませんでした。これは火箭がRocketより古くからある伝統的で誇るべき中国の言葉であることや、ロシア軍の同種の組織「戦略ロケット軍」に倣った可能性などが考えられますが、もしかすると単純に「火箭軍と導弾軍では火箭軍の方が言葉として格好良い」ということだったのかもしれません。

 これにより中国軍の火箭は英語のロケットよりもミサイル寄りの意味を持つ用語となっていて、用法が全く同じではなくなりました。ほとんどの場合では同じ意味なのですが、象徴的な組織名である火箭軍(ロケット軍)では異なる意味が込められています。

导弹(導弾)

 中国軍はロシア式の用法を採用せず、ロケットとミサイルを分類できる呼び名を与えました。ミサイルに相当する中国語の「导弹」は日本風に書けば「導弾」であり、誘導弾を縮めた意味になります。ただし中国語の「导弹(導弾)」は正式には「制导弹(制導弾)」であり、日本語の誘導弾と意味は同じですが使う漢字が一部異なります。

 日本でも第二次世界大戦中に新型対艦兵器「イ号一型甲、乙、丙」を誘導弾と呼称して開発していたので、同じ漢字文化圏として似たような言葉を使おうと思い立ったのは自然なことなのかもしれません。アメリカ式の用法を導入していますが、言葉自体は漢字文化圏のものであるとも言えます。

北朝鮮と韓国(ロケット・ミサイル)

로케트(ロケットゥ:北朝鮮式) 로켓(ロケッ:韓国式)

미싸일(ミッサイル:北朝鮮式) 미사일(ミサイル:韓国式)

 北朝鮮と韓国ではロケットとミサイルを意味する言葉が両方ともどちらにもありますが、現在では使用する文字が変化して互いに微妙に異なっています。どれも英語の読みをそのまま用いているので、日本でのロケット・ミサイルと同じ導入の仕方です。

 なお北朝鮮式のロケットゥは実際の発音を聞くとほぼロケットと聞こえます。ロケットに関しては北朝鮮式の方が分断前から使われていた古くからある表記です。ミサイルは分断後に広まった言葉になります。

 軍事用語としての用法については基本的に韓国はアメリカ式をほぼそのまま導入しています。これに対し北朝鮮は現在はロシア式の用法を主に採用しながら、アメリカ式も一部に混ざっています。

北朝鮮人民軍 ミサイル指導局→戦略ロケット軍→戦略軍

  1. 미사일지도국(ミサイル指導局、2004年に韓国が存在を推定)
  2. 전략로케트군(戦略ロケット軍、2012年に存在を初めて公表)
  3. 전략군(戦略軍、2014年に戦略ロケット軍を拡大し名称変更)
  4. 2016年「戦略ロケット軍設立日1999年7月3日を戦略軍節に制定」

※時系列は判明した順番。

 韓国軍によると北朝鮮人民軍の弾道ミサイル部隊は初期に「ミサイル指導局」というアメリカ式の言葉を用いていたとされています。これは韓国国防部の国防白書2004で報告されているため、ハングルの文字の表記は韓国式です。

 そして「戦略ロケット軍」という名称は完全にロシア式スタイルです。ロシア軍には全く同じ意味の名前の組織があるので真似をしたのは明白です。

 韓国軍は北朝鮮のミサイル指導局が戦略ロケット軍の母体と推定しています。北朝鮮は1999年に戦略ロケット軍が設立されたとしています。これが事実であるならば、この時期に北朝鮮のロケット・ミサイル関連の軍事用語をロシア式に揃えようとする動きがあったと推定できます。ただしミサイル指導局については韓国軍の推定なので、実際に存在していたか確定している話ではありません。もしかしたらロケット指導局だった可能性もあります。

 現在の北朝鮮の公式発表では殆どの場合でロシア式の用法であるロケット(誘導ミサイルを含む意味)を用いており、韓国軍の装備に言及する場合などではミサイルというアメリカ式の用法も使います。ただし2021年1月9日に公表された党大会の内容を報告する朝鮮中央通信の記事では、北朝鮮の新型兵器として「中長距離巡航ミサイル」という表現を用いており、どのような意図だったのか議論となっています。

※2021年9月30日追記:2021年9月13日に北朝鮮が「巡航ミサイル」の試射を公表し、ミサイルという言葉の使用は正式なものと判明。その後に「鉄道機動ミサイル連隊」「極超音速ミサイル」など、使用範囲が拡大中。

2021年1月9日の朝鮮労働党党大会の報告での表現

  • 대륙간탄도로케트 (大陸間弾道ロケット)
  • 신형전술로케트(新型戦術ロケット)
  • 반항공로케트종합체(対航空ロケット総合体)
  • 중장거리순항미싸일(中長距離巡航ミサイル)
  • 탄도미싸일(弾道ミサイル) ※韓国向け
  • 순항미싸일(巡航ミサイル) ※韓国向け

 また北朝鮮は過去に対艦ミサイルを指して「巡航ロケット」という表記も用いています。完全なロシア式ならば「有翼ロケット」になる筈ですが、自分たちにとって意味が分かりやすいようにアメリカ式の巡航とロシア式のロケットを組み合わせています。

システム(系統)とコンプレクス(複合体)

 また対航空ロケット総合体の総合体(종합체)の部分を朝鮮中央通信ロシア語版の同内容の記事表記と照らし合わせるとコンプレクス(комплекс)でした。これはミサイルおよびレーダーなど周辺機器を含めた場合を指す軍事用語です。通常、コンプレクスは複合体と訳しますが北朝鮮は少し変えて総合体としています。このコンプレクスはロシア式軍事用語の特有の言い回しです。

  • ミサイルシステム(アメリカ)
  • ロケットコンプレクス(ロシア)
  • ロケット総合体(北朝鮮)
  • 導弾系統(中国)

 この軍事用語ではロシアと北朝鮮はほぼ同じで、北朝鮮がロシア式の用法を採用していることがわかります。ロシア語には英語のシステムに相当する言葉システマ(система)もあるのですが、コンプレクスと使い分けています。

 中国軍の導弾系統(导弹系统)の系統という表現は英語のシステムに相当します。ロシア語のコンプレクスは中国語で「複雑(复杂)」になりますが選んでいません。中国軍はロシアから購入したミサイルにすら系統という表記を用います。中国軍はアメリカ式の軍事用語の用法を多く取り入れていて、導弾系統とはミサイルシステムのほぼ直訳です。

 つまり北朝鮮は中国からは軍事用語をあまり導入していません。これは実際の兵器開発でも中国よりもロシア(ソ連)からの技術導入を重視していたことと関連性があるのでしょう。

 北朝鮮はロケット・ミサイルの読み方はアメリカ式の英語の発音そのままで、ロケットの軍事用語としての用法については誘導ミサイルが含まれたロシア式の広い意味を採用しています。それでいてミサイルも一部で使われており、全てロシア式そのままというわけでもありません。

※2021年9月30日追記:2021年9月13日に北朝鮮が「巡航ミサイル」の試射を公表し、ミサイルという言葉の使用は正式なものと判明。その後に「鉄道機動ミサイル連隊」「極超音速ミサイル」など、使用範囲が拡大中。

※2022年1月31日追記:火星12を「弾道ミサイル」と公式に呼称。これまで使用していた呼称「弾道ロケット」からの大きな転換点。

火星12中距離弾道ミサイルを検収射撃試験、北朝鮮~ロケットからミサイルへ~軍事用語の変化(2022年1月31日)

【関連記事】北朝鮮の軍事用語は主にロシア式を採用(ロケット・ミサイルを中心に解説)

日本

噴進弾

 日本では第二次世界大戦中に軍事兵器としてのロケットとミサイルの開発が本格化し、ロケット弾は実戦投入されています。この時の呼称が「噴進弾」です。しかし現在ではこの言葉はほとんど使われていません。アメリカから導入したロケットという言葉の方が圧倒的に普及しています。

誘導弾

 噴進弾と同様に戦争中に開発していた誘導兵器の一部に「誘導弾」という呼称が使われています。これは戦争には間に合いませんでしたが現在でも自衛隊で使われている言葉です。しかし一般にはあまり広まっておらず、アメリカ式のミサイルという言葉の方が広く普及しています。

弾道弾

 日本式の用法で注意しておくべき点は「弾道弾」です。巡航ミサイルを巡航弾と言ったり対空ミサイルを対空弾と言ったりしないのに、何故か弾道ミサイルだけが弾道弾という言葉が併用されて、自衛隊で使われている軍事用語のみならず一般社会でも普及した用語として存在し、新聞やTVなどのメディアでもよく登場します。

 これは一体どうしてなのでしょうか? 大陸間弾道ミサイルという言葉が9文字も使って長過ぎるので、大陸間弾道弾にすれば6文字になって3文字も減らせるという、新聞特有の紙面スペースに収めるテクニックが原因なのでしょうか? 真相はよく分かりません。

 弾道ミサイルは弾道飛行を行うのでその飛び方は大砲の砲弾に近く、飛行特性から弾道誘導弾ではなく弾道弾という呼び方が受け入れられた可能性もあります。しかし広まった理由としては弱いような気もします。

【関連記事】ロケットとミサイルに違いは無い? 北朝鮮による衛星打ち上げと各国の報道比較(2016年2月7日)

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

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