北朝鮮の軍事用語は主にロシア式を採用(ロケット・ミサイルを中心に解説)※追記あり
ロケット・ミサイル
로케트(ロケットゥ:北朝鮮式) 로켓(ロケッ:韓国式)
미싸일(ミッサイル:北朝鮮式) 미사일(ミサイル:韓国式)
北朝鮮と韓国は日本語のロケット・ミサイルと同じく、英語のRocket・Missileの読み方の音をそのまま自国語に導入しています。
しかし韓国では用法もアメリカ式ですが、北朝鮮の用いるロケットという言葉は現在では誘導ミサイルを含む広い意味を持つロシア式の用法です。そのため北朝鮮では表記はほぼロケットだけで済ませているのですが、一部ではミサイルという表記もまだ残っています。
つまり北朝鮮の軍事用語としてのロケットは、読み方はアメリカ式で用法はロシア式という複数国の表現方法が混在した言葉になっています。
전략로케트군(戦略ロケット軍)・・・1999年7月3日設立、2012年に存在を初めて公表。2014年に戦略軍に改称。2016年、戦略ロケット軍設立日の7月3日を記念日「戦略軍節」に制定。
北朝鮮人民軍には弾道ミサイルの運用を担当する専門部隊「戦略ロケット軍」がありました。ロシア軍にも全く同じ意味の言葉の戦略ロケット軍(Ракетные войска стратегического назначения)があり、これに倣った命名です。
2021年1月9日発表の党大会報告よりロケット・ミサイル関連
- 대륙간탄도로케트 (大陸間弾道ロケット)
- 전지구권타격로케트(全地球圏打撃ロケット)
- 초대형방사포(超大型放射砲) ※多連装ロケット発射機
- 신형전술로케트(新型戦術ロケット)
- 중장거리순항미싸일(中長距離巡航ミサイル)
- 반항공로케트종합체(反航空ロケット総合体)
- 탄도미싸일(弾道ミサイル) ※韓国向けの表現
- 순항미싸일(巡航ミサイル) ※韓国向けの表現
- 다탄두개별유도기술(多弾頭個別誘導技術) ※MIRV
- 극초음속활공비행전투부(極超音速滑空飛行戦闘部) ※HGV
- 전투부(戦闘部) ※再突入体
- 탄두(弾頭)
- 상용탄두(常用弾頭) ※通常弾頭
- 초대형핵탄두(超大型核弾頭)
- 전술핵무기(戦術核兵器)
- 고체발동기(固体モーター) ※固体燃料式ロケットモーター
- 11축자행발사대차(11軸自走発射台車)
ロケット10回・ミサイル1回
北朝鮮で1月9日に公式発表された朝鮮労働党の党大会報告は、開発中の新型兵器などの言及を含む兵器の紹介がとても多い内容でしたが、重複を含めて合計でロケット10回・ミサイル5回が文章内に登場します。ただしミサイルは5回のうち4回が韓国軍の装備を批判する文脈中に登場するもので、実質的に中長距離巡航ミサイルの1カ所だけが北朝鮮の自国装備を指すものでした。
この新兵器とされる「中長距離巡航ミサイル」の存在が謎となっています。これまで北朝鮮は対地用の巡航ミサイルを配備してきませんでしたが、保有している対艦ミサイルは「巡航ロケット(순항로케트)」と表記してきたので、何故ここで「巡航ミサイル(순항미싸일)」という表現を使ったのかが不明です。
何らかの意図があるのか、あるいは単に間違えただけなのかもしれません。しかし文章中では「新型戦術ロケットと中長距離巡航ミサイル」という紹介のされ方をしているので、使う単語を間違えたというのは考え難いように思えます。
なお「新型戦術ロケット」というのはおそらくイスカンデル型やATACMS型などの機動式弾道ミサイルのことでしょう。1月14日のパレードで初登場した、5軸10輪の移動発射機に載って現れた新型ミサイルのことかもしれません。
中長距離巡航ミサイルについては正体が不明です。昨年10月10日のパレードと今年1月14日のパレードで姿を見せた、異様に細長い4連装キャニスター(発射筒)を持つ移動発射機がそうではないかという推測があります。
なお直近の軍事イベント2つの公式発表ではミサイルという表記は全く登場していません。(朝鮮中央通信および労働新聞の記事で確認)
2021年1月15日発表(14日実施の軍事パレード報告)
- ロケット2回・ミサイル0回 朝鮮労働党第8回大会記念閲兵式
2020年10月10日発表(当日実施の軍事パレード報告)
- ロケット2回・ミサイル0回 朝鮮労働党創建75周年慶祝閲兵式
【関連記事】
ロシア式とアメリカ式の用法の混在
実は「巡航ロケット」はロシア式の用法は半分だけです。巡航ミサイルに相当する同じ意味でのロシア式の用語は「有翼ロケット」であり、北朝鮮の巡航ロケットはアメリカ式の巡航とロシア式のロケットを組み合わせた用語です。
また「全地球圏打撃ロケット」は大袈裟な言い回しで北朝鮮の独自用語と勘違いしそうになりますが、実はアメリカの軍事用語「グローバルストライクミサイル」のほぼ直訳です。ミサイルの箇所だけロシア式のロケットに変更した用法となっています。
ロケットコンプレクスとミサイルシステム
「反航空ロケット総合体」の総合体(종합체)は、朝鮮中央通信ロシア語版の同内容の記事表記と元の朝鮮語版を照らし合わせて見るとロシア語のコンプレクス(комплекс)でした。ロシア式のロケットコンプレクス(ラケートヌィコンプレクス)はアメリカ式の用法ではミサイルシステムです。つまり反航空ロケット総合体=対空ミサイルシステムという意味です。
コンプレクスは翻訳すると「複合体(복합체)」とする場合が多いのですが、北朝鮮は同じような意味で少し異なる「総合体(종합체)」という言葉を使用しています。
軍事用語としてのコンプレクスとシステムは、どちらもミサイルおよびレーダーなど周辺機器含む一式を指す言葉ですが、ロシア語ではシステムに相当する言葉であるシステマ(система)がありつつもコンプレクスという単語を選んで使っているので、ここで軍事用語として表現の差異が出ます。
北朝鮮はロケットコンプレクスという表現を用いているので、明らかにロシア式の用法です。
戦闘部(전투부)=戦闘ブロック(Боевой блок)
北朝鮮のミサイル軍事用語の戦闘部(전투부)は似たような意味の弾頭(탄두)がありますが、正確には少し違います。おそらくこれはロシアの軍事用語の戦闘ブロック(боевой блок)から導入された言葉です。
戦闘ブロック(Боевой блок)=再突入体(Reentry vehicle)
ロケット・ミサイルに関係する軍事用語としてのロシア語の戦闘ブロック(略称:ББ)は、英語では該当する部分は再突入体(略称:RV)と呼ばれています。大気圏への再突入で生じる空力加熱の高温に耐えられる、弾頭を含んだ飛行体をこう呼びます。
Боевой блок ракеты (ББ) :ロシア国防省百科事典より
同じ部分を指す言葉なのに使われている言葉の表現が異なっているので、ここで軍事用語としての用法がロシア式かアメリカ式か判断ができます。北朝鮮の戦闘部は明らかにロシア式の戦闘ブロックに近い表現を採用しています。
なお英語では「Reentry vehicle」のリエントリー(Reentry)を省いてビークル(vehicle)だけを用いる表現もあります。例えば極超音速滑空体(HGV:hypersonic boost‐glide vehicle)がそうです。ロシア語でも同様の省略する用法はあります。
しかし英語のミサイル関連の軍事用語ではビークルの直前に「戦闘」に類する言葉を置く用法はありません。「combat vehicle」や「fighting vehicle」は地上の戦闘車両に用いる表現ですが、ミサイルには使わないのです。
つまりロケット・ミサイルの飛行体について「戦闘部」「戦闘ブロック」と呼称する用法はアメリカ式ではありません。部やブロックがビークルに近い言葉だとしても、戦闘と組み合わせている時点で北朝鮮の「戦闘部(전투부)」はロシア式の用法と判断できます。
新型戦術誘導兵器(신형전술유도무기)
北朝鮮はイスカンデル型やATACMS型といった新型の短距離弾道ミサイルについて、ロケットともミサイルとも呼称せずに戦術誘導兵器という呼び方を行っていました。
これは北朝鮮が初めて作った機動式弾道ミサイルなので、正体を隠す目的の秘匿名称、あるいは開発時の計画名称だったのかもしれません。実際に試射前の段階で先に名称だけ出ていたのですが、一体何のミサイルなのか全く分からず、新型戦術誘導兵器とは対戦車ミサイルの新型が用意されているのだと誤解した予想までありました。
- 신형전술유도탄(新型戦術誘導弾)
- 신형전술유도무기(新型戦術誘導兵器)
- 신형전술유도케트(新型戦術誘導ロケット)
しかも兵器の固有名ではなく大雑把な種類名なので、何種類か表記ブレも確認されています。誘導弾、誘導兵器といった用法は中国や日本でも使われている言い方でもあります。
なお「戦術」とあるのは開発の参考にした本家ロシアのイスカンデルは戦術ロケット、本家アメリカのATACMSは戦術ミサイルと名乗っているのを倣ったのだと思われます。例えばアメリカ軍のATACMSの名称は「Army Tactical Missile System」の略で、意味は「陸軍戦術ミサイルシステム」です。
北朝鮮の軍事用語の各国式用法
ロシア式用法
- 탄도로케트(弾道ロケット)
- 전략로케트군(戦略ロケット軍)
- 반항공로케트종합체(対空ロケットコンプレクス)
- 전투부(戦闘部)=戦闘ブロック(боевой блок)
アメリカ式とロシア式の用法の混在
- 순항로케트(巡航ロケット)
- 전지구권타격로케트(全地球圏打撃ロケット)
アメリカ式用法
- 탄도미싸일(弾道ミサイル) ※自身には使わず
- 순항미싸일(巡航ミサイル)
※自身には使わず - 중장거리순항미싸일(中長距離巡航ミサイル)
2021年9月30日追記:アメリカ式用法の追加
- 순항미싸일(巡航ミサイル) ※2021年9月13日
- 철도기동미싸일련대(鉄道機動ミサイル連隊) ※2021年9月15日
- 극초음속미싸일 (極超音速ミサイル) ※2021年9月29日
※追記その1:2021年1月9日発表の党大会報告で言及された「中長距離巡航ミサイル」は2021年9月13日に試射の様子が公開され、正式に巡航ミサイルという呼称が使われることが確認。それだけでなく鉄道機動ミサイル連隊や極超音速ミサイルなど、ミサイルという言葉の使用範囲が一挙に拡大した。
※追記その2:2022年1月31日、火星12を「弾道ミサイル」と公式に呼称。これまで使用していた呼称「弾道ロケット」からの大きな転換点。