地域の「文化的コモンズ」について考えよう――博物館、郷土館、古民家などの生かし方
経済の主体は製造業からサービス業に移り、人々の関心も経済から文化へ、あるいは心の豊かさに移りつつある。
一方で地域の各種文化施設のありようは、旧態依然のままで宝の持ち腐れも多い。文化施設とは例えば図書館、公民館、美術館、博物館、水族館や動物園、科学館、劇場などだ。こうした施設は老朽化、予算不足、人員削減などの影響で、文化を求める人々のニーズ増大に合わせた革新が起きていない。
もちろん、民営化等で設備が新しくなったり新企画で集客増ができたりした例もある。だが、指定管理者に管理運営を委ねて効率化を目指すものが多く、行って楽しい、見てわかりやすい施設の進化や発展につながっていない。
●文化施設のあり方は多種多様
文化施設に関する行政関係者の悩みは深い。特に施設の老朽化や来場者の減少など目に見える課題が掲げられる。しかし、例えばもともと地元民の思い出の場所として保存したはずの水車小屋が集客できていない、あるいは赤字で困るといった問題意識はそれ自体が間違っているかもしれない。集客、黒字を目指す方針を全ての文化施設に期待するのは無謀だろう。
文化施設の使命は多種多様であり、現状評価はそれぞれの位置づけに沿って行うべきだ。ここでいう位置づけとはだいたい次のような考え方だ。
第1のカテゴリーは「日常利用型」、例えば公民館や図書館である。これらは地元民向けであり、彼らが満足していればよい。サービス業と同様のCS(顧客満足度)調査や他都市の同規模の施設との比較が手掛かりになる。
第2のカテゴリーは「地域の文化的コモンズ」である。これは郷土館や古民家、さきほどの水車小屋など地元の歴史と記憶の伝承や子どもたちの学習施設として親しまれ、使われるものだ。これらは伝承して活用されていればよく、集客数にこだわる必要はない。
第3のカテゴリーは「都市格体現型」である。これは1500人以上を収容する大型劇場、あるいは美術館、総合博物館など。主に人口と産業が集積し歴史の長い都市にある施設である。これは訪問者がその地の歴史や文化を知る上で必須のものでもあり、その都市が都市間競争に生き残っていく上で不可欠なものだ。観光デスティネーション(目的地)となる場合も多い。これらはその存在が全国にも知られ、かつ広域からの集客に成功しているかどうかが大事だ。
第4のカテゴリーは「観光集客型」である。これは観光客がその地を訪問する決め手となる施設で、例えば姫路城、正倉院展で有名な奈良国立博物館、パリのルーブル美術館などだ。
●カテゴリーに沿った評価が必要
文化施設のあり方、特にテコ入れ策を考える上で大事なことは、各施設が上記のどのカテゴリーに入るかを見極め、それぞれの使命や目標を見直すことである。
例えば筆者は現在、ある県の劇場のあり方の見直しに関わる。この施設は一等地にあって稼働率は低くないし、利用者の満足度も高い。地元民向けの公共施設としてはきちんと機能している。
しかし他都市の同種施設に比べると知名度はいまひとつである。貸し館としては機能するが都市格にふさわしい劇場と言えるかどうか疑わしい。よって今後、どう発展させるかが課題となっている。
●「地域の文化的コモンズ」は地図上で棚卸しする。
上記のカテゴリーの中で一番悩ましいのが「地域の文化的コモンズ」の扱いである。コモンズの概念は簡単にいうと入会地である。地域の共有資産として住民が慣れ親しみ、活用・保全されていく。地域住民が力を合わせて共同で維持管理し、また譲り合って利用する。
特定の団体が占有したり、行政機関に維持管理を全て依存したりするようではダメだ。また多くは郷土館や産業遺産などだが、単に保存するだけで人が来るものではない。すべてを地図上に示し、過去の歴史の解説と合わせて表示し、住民にその存在を示す。
ちなみに「地域の文化的コモンズ」の対象は、行政が管理する文化施設の枠を超える。例えば産業遺産(水車小屋、昔の工場など)、近代建築(古い洋館など)、古民家、神社仏閣、昔ながらの街並みや商店街、さらに映画館、喫茶店、地場産業の工場(織物、工芸品、水産加工など)、公園など。もっと定義を広げると、軒先に干し柿をぶら下げる風景や棚田などの景観も対象になる。
これらは地元では昔からあって当たり前と考えられてきた。しかし、地図上に全部を載せると一覧性と迫力が出てくる。量(数)が質に転化し、シビックプライドの源泉となる。場合のよっては日本を象徴するインバウンド観光の資源としても注目されることがある。
●文化的コモンズには住民の関与度を見て行政が関与すべき
各地の「文化的コモンズ」は、最近では古民家でも洋館でもとりあえず市役所や町村役場が譲り受けて税金で維持管理する傾向がある。だがその前に地域の住民側の自主的な参画を募るべきだ。
かつて「市場化テスト」という手法があった(民営化可能な事業は必ず可能性をチェックすることを行政機関に義務付ける)が、同様に「文化的コモンズチェック」をしたらどうか。つまり地元民がどれだけ当事者として関わる意思があるかを見極める。その度合いに合わせて行政の支援の在り方を考える。
「チェック」と言うとちょっと冷たい表現に聞こえるかもしれないが、個々の施設について「小学校が教育で使っているか」「地元ボランティアが学芸員の指導のもとで企画やイベントをしているか」「地元で維持管理の寄付やボランティア活動があるか」などをチェックする。そしてその度合いが強い場合に限って行政が土地建物を取得し、あるいは維持管理の資金を援助するという考え方だ。
●「都市格体現型」や「観光集客型」には民間の投資や運営ノウハウを導入する
「都市格体現型」や「観光集客型」は、行政による直営ではうまくいかないだろう。正確に言うと、地元民のための施設としては問題ない。しかし都市間のブランドや集客の競争、民間の娯楽施設などとの競争には負けてしまう。
なぜ直営がダメかというと、規則や予算制度に縛られ柔軟な顧客サービスが提供できない。企業からの寄付金も一般会計に流れてしまい活用できない。イベントに合わせた夜間臨時開業なども難しい。あるいは学芸員が大学などで非常勤講師をしても謝金を受け取れないなど、随所に非合理がある。
だから民営化される場合が多いが、これについては大きな誤解がある。文化施設を民間企業に任せると金もうけ至上主義になるという俗説である。だが文化施設はそもそも収益追求に適していない。そして民営化には指定管理者制度やPFI(民間資金を活用した社会資本整備)、コンセッション(運営の民間委託)など色々な手法がある。また運営全部ではなく集客やサービスだけを民間委託するなど、“グラデーション”がある。丸ごとではなく、部分的に民営化するのが通例だ。
さらに重要なのは、その施設に妥当な民間企業や人材が来てくれるかどうかだ。地方都市には専門企業や人材が少ない。ならば全国レベルで活動する会社を探す。大都市の場合、専門企業はあるが行政向けの仕事は採算がなかなか合わず、公募しても安値だと入札すらしてくれないという現実もある。要は個別具体に民営化の是非やあり方は考える。また博物館などの場合は地方独立法人化も視野に入れるべきだろう(独法から民間企業に委託、あるいは建物はPFIという手法もある)。
●文化は特別視せず、社会関係資本や経済とひも付けて考える
行政における文化の位置づけは特殊だ。時には福祉のほうが大事だとコケにされ、あるいは逆に憲法が掲げる「健康で文化的な最低限度の生活」にひも付けて文化権、つまり文化なくして人は生きていけないという文脈で語られる。そして無条件に保護すべき、税金を投入すべきという主張がされたりもする。
ところが現実には、経済がサービス産業化し、文化の文脈がなければ経済的価値を認められない時代になった。ならば経済のパワーを可能な限り文化振興や施設の活性化に取り入れるべきだ。これが上記の「都市格体現型」「観光集客型」の民営化の考え方である。
また「地域の文化的コモンズ」については地域の誇り、シビックプライドや教育効果のほかに、文化施設で生じる人々の交流の意義に注目したい。演劇にしろコンサートにしろ、プロの演技(演奏)を見る楽しみと同時に、自分たちで演じる(つくり上げる)楽しみがある。特に祭りは演者と参加者の交流を前提にしたイベントで敷居が低い。だから楽しい(踊る阿呆に見る阿呆)。地域の社会関係資本を創るうえで文化的コモンズは大きな役割を果たす。
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