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兵庫県は、知事も県庁も議会も残念ーー職員アンケートから浮かび上がる仮説

上山信一慶應大学名誉教授、経営コンサルタント
出典:ESTONIA TOOL BOX

 兵庫県の百条委員会が公表した中間報告資料を読んだ。伝聞情報がほとんどだったが、過去にいろいろな県庁と仕事をした経験を下敷きにすると何が起きたか、うっすらだが仮説が浮かび上がってきた。真相は依然、不明だが、知事個人のパワハラやおねだりが全てであるかのような報道は困ったものだ。県政の正常化、組織の刷新に向けた視点から現時点での私見を整理してみたい。

〇キックバック、賄賂、選挙運動等の違法性の実証は簡単ではない。

 アンケートで集まった「伝聞」は数が非常に多く、記述内容も具体的なものが多かった。しかし知事と直接、接触する職員はごく少数だ。「直接見聞きした」という回答は極めて少なかった。特に「賄賂にあたる物品授受」「選挙の事前運動」「キックバック」など違法性につながる事柄では噂を書いただけのものがほとんどだった。犯罪まがいの事象はそもそも起こしにくいし、証拠も揃いにくい。無記名調査の段階ではシロともクロともいえない。根も葉もない噂も混じっていそうだ。

〇多くの職員が知事の「激怒」と「独り占め」には辟易

 さて違法性はないが知事による困った行為ーー報道にある「おねだり」と「パワハラ」などーーについてはどうか。大多数はやはり伝聞でしかない。しかし記述内容に具体的なものも多く、また実に些細なことが続く(靴ベラ、姿見がないと怒られたなど)がゆえに逆に納得性があり、総合すると「知事はいつも機嫌が悪く、些細なことですぐ激怒する。貰い物は職員に分けることなく自宅に持ち帰る。知事の側近はみんなびくびくしている」といった姿が推測される(そもそも知事や職員が安易に貰い物をしていいのか、職員がおすそ分けを期待すること自体がどうなのか、という疑問はさておき。しかし「前知事はみんなにくれたのに」という記述が多数、延々と相次ぎ、食べ物の恨みは怖いと感じた)。

 知事のパワハラについては被害者の複数証言や録音を待たざるを得ないが、あれだけ多数の怨嗟の声の記述があると「火のないところに煙は立たない」と考えざるを得ないというのが筆者の正直な感想だ。パワハラにあたるかどうかはさておき、「知事は怒りっぽく扱いにくい人物」というイメージが浮かび上がってしまう。

〇知事と幹部職員による元局長へのパワハラの連鎖の可能性

 しかし知事の言動が理不尽、怖いという程度ではここまでの騒ぎにならなかった。元局長が自死に至った経緯こそ究明されるべきだろう。また局長にまでなった人物がなぜ怪文書をマスコミや議員にばらまいたのか、という点も疑問である。

 自死については知事や幹部職員による組織的パワハラが原因の一つになったといいう噂がある。だがパワハラは本人たちが否定する限り実証は難しく、録音等の証拠が唯一の決め手になる。

 しかし中間報告の記述のほとんどが職員の真実の声だという仮説に立てば、知事と彼を取り巻く組織の動きが浮かび上がってくる。記述内容からの類推と筆者自身の他の県庁等での経験を統合するとこういう仮説ができ上がった。

(1)兵庫県庁にはもともと議員や幹部職員によるパワハラが横行していたようだ。一方で上下関係は厳しく、しかし身内やOBを大事にする県庁一家で良くも悪くも昭和の風土が残る古い組織だった(詳細は筆者記事 https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/859e23f0fcfd53b6e3a5af994fd7dbf393524307 を参照)。

(2)斎藤知事にも、もともとか知事になってからかは不明だがパワハラ的言動の傾向があった。

(3)そこで知事を支える人事課や秘書課は配慮や忖度、あるいは指示に基づいて、知事の視察等の些事について細かなルールを決め、各部署に指示していた。同じく副知事ら幹部も知事に忖度した行動をする。やがて知事の言動に端を発したパワハラや高圧的な指示が組織内でエスカレートしていったのではないか(「副知事によるパワハラ」「人事課によるパワハラ」「秘書課の高圧的な要求」という趣旨の記述もあったが、このあたりは情報が少なく推測でしかない)。

(4)そんな中で怪文書の出元が元局長と分かった時の庁内幹部の驚きと本人への組織的重圧は相当なものだったと察する。封建的な県庁組織にあって何があっても守るべきは「知事」である。ところが幹部が知事を真っ向から批判した。しかも外部のマスコミや議員に流すという行為は組織への裏切りであり許されないだろう。知事の周りの幹部職員らはおそらく優秀な好人物だったと思われる。しかし集団で連携して行った言動や処分は「組織的、官僚的なパワハラ」につながった可能性が否めない。

〇知事のパワハラ的言動は若いオーナー創業者2世のパワハラにそっくり

 知事のパワハラ的言動については「瞬間湯沸かし器」「些細な事で怒る」「ちゃんと話を聞かない。すぐ忘れる」「言葉の暴力」「人の気持ちを顧みない」といった記述が相次いだ。伝聞が多いがコメントの数は膨大だ。その中身は官民を問わず組織トップによるパワハラ事例とそっくり同じ現象のオンパレードだ(エレベータ事件、運転手への態度など)。全部並べるとよくある暴君トップの言動メニューと見事に一致しており納得感がある。しかし、こうした個人の性癖の問題が今回の大きな事件にまで至る背景には組織風土の問題があろう。いわばトップのパワハラ的言動がきっかけとなってパワハラに弱い旧態依然の組織風土が弊害をさらに増幅した可能性が高い。

 報告書中のコメントで特に注目したことが3つあった。

 第1は「『俺は知事だぞ』とよく言う」「前知事を非常に嫌っていた。式典で後ろの席に座らせるよう指示した」という知事の行動様式があった。作り話かもしれないが、事実だとしたらコンプレックス、あるいは自信がなく不安なのではないか。他県の課長がいきなりトップの政治家の座に座った。職員の前で虚勢を張らないとやっていけなかったということだろうか。

 第2に「知事が怖くて各部署が現場の情報を上げなくなった」「その結果、知事が知らない話が報道されてしまう。すると知事は『聞いてなかった』とますます怒る。これが事実であれば完全な悪循環に陥っていたと言える。なかなかに鋭い観察かもしれない。確かにオーナー会社のトップのパワハラ事件ではこれがよく起きる。知事はパワハラ的言動を重ねるうちにますます孤立し、ますます不機嫌になっていったのではないか。

 第3は副知事や人事課、秘書課などが忖度して知事の指摘を待たずに各部署に過度な準備を要求するようになった(導線の準備、鏡の用意、部屋の確保など)という現象だ。要は組織全体が唯々諾々と知事のパワハラ的言動を受け入れてしまった。彼らは被害者だがまた彼らも各部署に高圧的姿勢をとっていた可能性がある(被害者が新たな加害者になるパワハラ言動の再生産)。副知事らは本来、こうした状況を俯瞰して組織改革の改善策を考える、あるいは知事に忠言するべきだった。ところが怪文書の出所を解明するうちに、むしろ問題に蓋をする、あるいは加速する側に回ってしまった。

 こうした現象はオーナー企業のジュニア(2世)のパワハラとその側近たちの行動にそっくりだ。オーナー企業では創業トップが圧倒的実力者である。些細な事を巡っても組織全体がトップの指示を待ってピリピリしている。優しく人徳あるトップのもとでも「誰かがうまく取り入って得をした」などの噂が渦巻く。よほど気さくかつ公平に社員に接しない限り噂は消えない。そういう組織でオーナーが引退し世襲の若い2世が社長になったら苦労する。最初は実績も自信もない。番頭に舐められないよう居丈高に振る舞うことで権威を確立しようとする場合も出てくる(まるで隣国半島国家の元首のように・・)。ジュニアはやがて実績をあげれば本人も社員も落ち着くがそれまでが綱渡りだ。みんな密かにじっと見ている。斎藤知事も似た状況にあったはずだ。よほど用心してかかるべきところ、少なくとも部下とのコミュニケーション不足が生じていたことは否めない。

〇側近幹部が過度に知事を忖度して組織的パワハラに至った可能性

 以上を総合すると元局長の憤死ともみなせる今回の顛末は、知事のパワハラ的言動そのものよりも知事側近らによる組織的な責め、行政組織特有の融通の利かない人事懲罰処分の制度運用など総合的な要素によるのではないか。さらにすでにもう一人の課長が先に自死されていた。これらが相俟って心理的な重圧を生じさせたのではないか。

 怪文書への対応は、手続きだけ見ると県庁人事当局による調査、弁護士のアドバイス、副知事や知事の判断に明かな間違いがあったとは言い難い。なにしろ出発点が匿名の怪文書の流布である。単なる噂や作り話と思える事項が多数書いてある。内部告発ならまだしも議員やマスコミにいきなり投稿された。加えて勤務時間中に作成した、職場のPCを使った等、官僚組織では外形的には明らかに不適切で、処分に至っても仕方がない。

 しかし、それは退職間際の局長の行為だった。真似る職員が出るとも思えない。知事の裁量による処分の見送りや軽減(寛如の心、武士の情け)があってもよかったのではないか。

 県庁では知事は藩主、天皇のような存在である。退職間際になって懲戒処分されると名誉を失いつらいだろう。人事部門は官僚的に処分を進めるが、知事が率先してそれを諫め、自らの判断で寛容に進める手もあったのではないか。

〇不器用な議員たちが混乱に輪をかけた

 結果として今回の件で兵庫県庁はマスコミの無責任な報道合戦でイメージを大きく下げた。オーナー企業のお家騒動と同じで恥ずかしい。パワハラやおねだりは本来、組織内で是正すべき問題だ。ところが今回は当初から怪文書に違法行為の可能性が書かれ、さらに内部告発となった。そこで議会や全国メディアを巻き込んだ騒動になった。  

 その結果、百条委員会が設置されたが、そこでも問題が発生した。複数の議員が守秘義務を守らず作業経過をリークしたり、ヒアリング対象の職員の所属先を口走った。調査委員としてはもとより議員としての資質すら疑わしい。しかも委員会は伝聞でしかない無記名アンケートの生の記述まで全部公開した。こうした不用意な行動は反知事派の議員による政治的キャンペーン(報道テロ)と批判されても申し開きできない。

 本来は、まず組織外の弁護士など第3者委員会が調査すべきだった。ところが調査のプロとはいえない議員たちが職員や外注先の助けで調査をしている。政治的に対立する議員たちが行う共同作業は非効率だし、情報漏洩が相次ぐとすれば県民の信頼も得にくい。委員会は今一度、守秘義務や客観性を点検すべきだ。

 こうして兵庫県は知事も残念、県庁も残念、そして議会も残念という状況になってしまった(自死の報に接した議員諸氏のショックや切実な思い、使命感は重々承知の上でのコメントである。個人の思いは純粋かもしれないが複数会派による百条委員会は概ね政局がらになる)。

〇マスコミと議員は「業(ごう)」を超えられず

 議員もマスコミも情報発信をなりわいとする。未確認の情報であっても彼らに提供されると真相究明や是正、反省の前にその利用による利得行為がおきる。

 その結果が今回の百条委員会の一部議員による情報漏洩と連日の過剰な報道だろう。行政機関において情報公開、透明性の担保は確かに大事だ。しかし議員は自分の手柄にしたい。マスコミは元来、権力者を厳しくチェックする性質がある。TVは視聴率を稼ぎたい。

 中でも最悪のパターンは行政機関からではなく、議員(「百条委員会」)経由でのマスコミへの中途半端な情報の流し方である。マスコミは職員などから聞いた話なら必ず裏どりをする。しかし「議会」が公表した話となれば裏も取らずにすぐに流す。噂、伝聞、内心では疑わしいと思う内容でも容赦なく拡散する。ほかの媒体が孫引きをしてますます発信量が増える。

 百条委員会側の議員にも言い分はあろう。「開かれた議会」「情報公開の原則」である。それを言い訳に未確認情報をどんどん公開する。しかし、その議会ルールを逆用してマスコミを使い、反知事の印象操作(あるいは知事選で彼を推したのは自分ではないという釈明)を繰り広げているのではないか。知事を辞めさせる政治ショーと化した百条委員会は無残である。民主主義に基づく制度のはずが、衆議政治、デマゴーグの道具になりかけている。そんな中、職員は議会を信じてきちんと証言するだろうか。

〇なぜ怪文書という方法で告発されたのか

 ところで知事の非違行為に抗議する手段としてなぜいきなり怪文書・・つまり最初から議会とマスコミを巻き込むやり方になったのか?これに関しては、知事による前知事時代の功労者や県庁OBへの冷たい扱いへの怒りが根底にあったのではないかと推測する。

 怪文書の筆頭には五百旗頭氏の逝去に至る経緯が書かれた。なぜこれが最初だったのか。逝去と知事の因果関係は絶対に証明不可能だし、荒唐無稽ですらある。しかし「作り話」と思われほど根拠の薄いエピソードがあえて筆頭に掲げられた。これは怪文書の書き手が、県庁が県民から慕われた五百旗頭氏に対して失礼なコミュニケーションをしたことへの強い義憤によるのではないか。

 さらにその背景には年長者、県OBに対しドライな知事の日常の姿勢への反発もあったのではないか。県の外郭団体は、県OBが再就職した場合、65歳で再雇用を原則打ち切る規定になっている。専門的業務に当たるなどの理由があれば延長しているが、慣例的に再雇用を続けるケースが常態化していた(2021年新聞報道)。知事はその見直しを始めていた。それと同じ発想で五百旗頭氏にも退任を迫ったのではないか。もっとうがった見方をすれば天下りの規制強化(年長者の待遇見直し)を率先する知事はみんなにとって困った存在だった。そのけん制のためにOBらが怪文書の材料になる情報を集めたという仮説はどうか(筆者もかつて大阪市の改革で似たような動きを見聞した)。証拠はないが否定もできないだろう。

 匿名の怪文書は当初は無視された。だが県庁組織によって発信元が特定された。結局、怪文書は正式な告発となり知事を脅かした(自死が告発文の威力を高めたことは痛ましいが・・)。

 今となっては、最初の告発の手法の選択がよくなかった。純粋に問題提起するならば、パワハラ証言や録音だけを集め、例えば人格者の名高い中立的な議員OBや知事が尊敬する元上司などに相談するなどの方法があったかもしれない。

〇これからどうするか

 以上、述べてきた推測をまとめると、本件は(1)知事個人のパワハラ的言動がきっかけで、(2)知事に忖度した組織的なパワハラが誘発され、(3)元局長の自死を招き、(4)そこから議会が百条委員会という手法を採用した。しかしその背景には知事を辞めさせたいという政治的な動きがあり、(5)未確認の噂話を議会が組織的に集め、百条委員会がそれを精査せずにマスコミに流し、全国を揺るがすという混乱を引き起こした、のではないか。

 ここまできた以上、知事は任期を全うできないこともありえる(事実の解明を待たない限り何も断言できないが)。その現実をドライに見据えた場合、関係者が今やるべきことは何か。

 第1は来年の知事選挙に今回の事件の傷跡を持ち越さないこと、特に反知事派(あるいは前知事派)の勝利と言った文脈で結論を単純化しないことである。例えば斎藤知事が行った天下りの整理等の行政改革の是非は第3者の手も借りて検証すべきである。仮に斎藤知事の不適切行為が明らかになった場合にでも知事がやったことの全てを否定すべきではない。兵庫県の組織体質のおかしさは明らかだ。県政改革は逆戻りさせないことが重要だ。

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慶應大学名誉教授、経営コンサルタント

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。平和堂、スターフライヤー等の社外取締役・監査役、北九州市顧問、アドバンテッジ・アドバイザーズ顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』『行政評価の時代』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまで世界119か国を旅した。大学院大学至善館特命教授。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

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