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寂れた商店街の「空き店舗」がじわじわ人気ーー脱力系サードプレースは楽しい

上山信一慶應大学名誉教授、経営コンサルタント
新潟市の沼垂商店街(筆者撮影)

 地方の商店街が衰退している。原因は大型店との競争、駐車場不足、後継者難、地域の人口減少など、いくつもが重なる。かくして各地に空き店舗とシャッター通りが増え続ける。

 多くの地域では、個々の店主の思惑と商店街組合(エリア全体)の方針が合致しない。特に店主が2階に住んでいる場合、高齢で店はやめて居室に変えたい、アパート経営をしたいといった例が出てくる。店主が亡くなり遺族が空き家で放置する場合もある。商店街組合が全体の再生に向けた投資を呼びかけても、なかなか合意できない。

 要するに商店街全体の再生は難しい。個人の生活空間である店舗の将来とエリア全体の戦略が合致しにくい。筆者が各地を調査した結論だ。だが全体を丸ごと再生しようと考えず、個々の空き店舗を別用途でこつこつ埋めることは不可能ではない。そこから逆に全体を変える作戦もある。

〇ネットで買えないモノしか売らない

 最近、調査した九州のある市の例。海や山の自然に恵まれ空港からも便利で移住者も多い。しかし昔ながらの駅前商店街は衰退しつつある。市役所や地元経済界などが中心市街地の活性化策を展開したが、うまくいかなかった。

 しかし、最近、書店やおしゃれな文具店、エコグッズの販売店、古民家建材ショップ、カフェなどがぽつぽつ立地し始めた。いずれも寂れた通りの中の古い空き店舗を少しだけ改装して入居する。売る商品はユニークだ。書店ではAmazonで売っていない図録やデザイン、アート系の本など。文具店では地元作家が作ったペンケースや欧州産の珍しいペンなど。古民家建材ショップでは古民家の柱や昔の扉の金具などを倉庫に置いて見せて売る。要はネットでは買えない、あるいは実物を見て触ったら安心して買える趣味的なもの(非日用品)だけを並べている。

 どの店も「よそにはない」「わざわざ来て見て触って納得して買う」「店主の世界観を表現したこだわりの品ぞろえ」が売りだ。店番はほかの仕事をしながら客を待つ。たとえばパソコンに向かってデザインや書類作りなどほかの仕事をしている。店がオフィス兼用なのだ。店の収益だけで家賃や人件費をまかなう必要がない。だから損益分岐点が低く、都会の一等地では絶対にできない品ぞろえが実現する。

〇誘致の仲介者がポイント

 レトロな商店街で最先端のイケてる店を開きたいという人は意外にいる。特にアーティストやクリエーター、シェフなどだ。彼らにとって自分の店を持つことは自己表現である。センスのいいカフェ、アクセサリーショップなどで自らの世界観を示し、客と会話する。

 ただし、こういう人は地元にはめったにいない。福岡や東京から呼んでくる。この市の場合、店主を探したのは移住したデザイナーだった。その人脈からアップテンポでおしゃれな店をやりたい人を見つけた。一軒がうまくいくと「私も開きたい」という人が連絡してくる。地元の人も警戒心がなくなった。「自分の店舗が来春に空くから誰かに貸したい」といった話が持ち込まれるようになった。

〇脱力系のサードプレイスとして設計

 これらの店は全部居心地がいい。とにかく「買ってほしい」というオーラがない。いわば脱力系の魅力がある。来る人も買い物というよりは観光に来る。ネット上で買えないモノを発見しにやってくる。ときどきサプライズ(掘り出し物)があり、それがなくても店主とのおしゃべりが楽しい。仲介者は、そういう雰囲気づくりを大事にする店主を選ぶ。また大家と交渉して家賃も安くする。

そうした店、いや自宅でも職場でもない第三の居場所となるサードプレイスが数軒集まれば、近隣の都会からの日帰りデスティネーションになる。地元の客はあまり来ない。日用品が買えないからだ。しかし、空き店舗が埋まって若い人が楽しそうに集まりだすと、支援してくれる。

 各地を旅すると「中心市街地活性化に向けて頑張ろう」といった悲壮な垂れ幕や看板に出くわす。ところがここにはそうした力みは全くない。あくまで脱力系なのだ。

 何しろ家賃は安く、人件費は実質ゼロだ。物を売ろうとせず、とにかく店主が自分にとって楽しい場所を作る。そうすると人が集まり、結果的に物も売れ、周りに店も増える。そういうギャップ、逆張りのアプローチなのだ。

 こうした逆張り戦略であれば、少々辺ぴなところでも空き店舗を埋めること自体はそれほど難しくない。問題は店を貸してくれる大家と、よそから来てそこに住む店子をどうやってうまくマッチングさせるかだ。鍵は仲介者となるキーマンの存在だろう。キーマンはよそから来た移住者でアート、エンタメ、飲食などの分野に知り合いがいる「ちょい悪オヤジ風」のおじさん、あるいは地元出身でUターンしてきた人など。彼らが一肌脱いでマッチングメーカーになる。

 だから空き店舗対策は、地元の商店街と市役所で会議をしていても進まない。移住者やUターン人材に相談すべきなのだ。

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慶應大学名誉教授、経営コンサルタント

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。平和堂、スターフライヤー等の社外取締役・監査役、北九州市及び京都市顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問や新潟市都市政策研究所長を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』『行政評価の時代』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまで世界119か国を旅した。大学院大学至善館特命教授。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

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