なぜ、彼はリンチされ殺されなければならなかったのか？当事者が口を閉ざす闇と改めて向き合って

水上賢治

映画ライター

6/15(土) 12:30

　映画「ゲバルトの杜～彼は早稲田で死んだ」は、いまから約50年前に東京都の早稲田大学構内で起きた「川口大三郎リンチ殺人事件」に焦点を当てる。

　殺害された川口大三郎さんは当時まだ20歳。早稲田大学第一文学部二年生のごく普通の学生だった。

　学生運動終末期に起きた事件のあらましはこうだ。

　1972年11月8日14時ごろ、文学部自治会を牛耳り、早稲田大学支配を狙う新左翼党派・革マル派（日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派）が、川口さんを対立する中核派のシンパとみなし、早稲田大学文学部キャンパスの学生自治会室に拉致。約8時間にわたるリンチを加えて殺害し、その後、川口さんの遺体を東大構内・東大付属病院前に遺棄した。

　翌日の11月9日に遺体が東大で発見されると、昼過ぎに、革マル派が声明を発表。「川口は中核派に属しており、その死はスパイ活動に対する自己批判要求を拒否したため」と事実上、殺害への関与を示唆した内容で、川口さんが内ゲバによって殺害されたことが判明する。

　川口さんの死因は「丸太や角材の強打によるショック死」で、遺体の打撲傷の痕は四十カ所を超え、全身あざだらけ。

　骨折した腕から骨が出ていたほど、変わり果てた姿になっていたという。

　だが、川口さんは学生運動や部落解放運動などに参加はしていたが、実際には中核派とほとんど無関係。つまりなんの理由もなく無関係の人間が、勝手な抗争に巻き込まれて、凄絶なリンチの末に殺害される理不尽な死だった。

　なぜ、なんの関係もなかった川口大三郎さんは殺されなければならなかったのか？彼の死とは？

　ここを起点に本作は、学生運動終焉期に激化した「内ゲバ」に迫ろうとする。

　同じ革命を志す若者同士が激しく対立し、最後は殺し合いにまでエスカレートしていった「内ゲバ」について、当事者たちはいまだに堅く口を閉ざしている。100名以上が命を奪われながら、どういった内実があったのかほとんど語られていないという。

　これだけの死者が出ていて、何も語らないまま終わらせていいのか？川口さんはこのまま忘れられてしまっていいのか？

　このある種の隠蔽と無関心は、いまの日本社会が抱える問題にもつながっている気がしてならない。

　「内ゲバの真相」と「川口大三郎の死」と向き合った代島治彦監督に訊く。全六回／第三回

「彼は早稲田で死んだ　大学構内リンチ殺人事件の永遠」の著者が会場に

　前回（第二回はこちら）、資料も映像もほとんど残されていない「内ゲバ」についての映画を作ることは「無理だろう」と当初は考えていたが、樋田毅さんの著書『彼は早稲田で死んだ　大学構内リンチ殺人事件の永遠』を読んだことがきっかけで取り組む決断へ至ったことを明かしてくれた代島監督。

　その前段として演出家の鴻上尚史さんとのトークイベントで、彼から「次は内ゲバの映画を作ってくださいよ」と言われ、樋田さんの著書を下敷きにすればできるのではないかとのやりとりがあったことも語ってくれた。

　実は、このトークイベントには、もうひとり、思いがけない参加者がいたのだという。

「実は、樋田さんがいらっしゃっていたんです。

　鴻上さんが『彼は早稲田で死んだ　大学構内リンチ殺人事件の永遠』の話をしたら、『（書いたのは）僕です』と言って、手をあげた方がいらっしゃったんですけど、ご本人の樋田さんだった（苦笑）。

　それでトークショー終了後に、樋田さんが僕のところに駆け寄ってきて、『読んでください』と本を手渡されたんです。

　ただ、その段階ではまだ内ゲバの映画を作ろうとかまったく考えていませんから、まずは『ありがとうございます』ということで『読みます』ということでご挨拶をしてその場では終わったんですけどね。

　で、後日、本を読み始めました」

「ゲバルトの杜～彼は早稲田で死んだ～」より　「彼は早稲田で死んだ　大学構内リンチ殺人事件の永遠」の著者、　樋田毅さん

僕らが政治的な学生運動にかかわることを遠ざけるようになったこと、

怖気づいてしまった理由が改めてよくわかりました

　原案となる『彼は早稲田で死んだ　大学構内リンチ殺人事件の永遠』にはどのような印象を抱いただろうか？

「『川口大三郎リンチ殺人事件』の5年後に、僕は早稲田大学に入学しています。ですから、少し間が空いているのだけれども、事件のことは知っていました。

　ただ、そこまで詳細には知りませんでした。同じく当時の早稲田大学文学部自治会における革マル派支配の実態もよく知りませんでした。

　確かに入学したときには『川口君事件を糾弾する！』と書かれた立て看板を見たけれども、事件に関心をもつことはありませんでした。

　前に話したようにでも、下手に政治運動にかかわると、暴力的支配の傘下に入ることになるようなイメージを植え付けられていて、入学したときには、自分は『政治的な運動にはかかわらないほうがよいな』という臆病な若者になってしまっていましたから。

　だから、樋田さんたち一般の学生が立ち上がった革マル追放運動のこともまったく知りませんでした。

　なので、樋田さんの本を読んでのまずの感想は、『こういうことだったのか』と納得したというか。いままで霧がかかって見えていなかったものが見えた感じで、当時の大学キャンパスでどういうことが起きていたことがわかるものでした。

　川口大三郎くんがリンチで殺害されて、早稲田のキャンパスでどういうことが起きて、そのあと、内ゲバがエスカレートしていくのがよくわかる内容で、『川口大三郎リンチ殺人事件』とその後にあったことというもののつながりが理解できました。

　あと、僕をはじめとした世代が一斉に政治運動にかかわることから遠ざかって、シラけていった理由にも突き当たったというか。

　川口くんが殺された後、樋田さんをはじめ一般の学生たちが革マル派を大学から追放しようと立ち上がった。でも、革マル派の暴力の前に最後は潰されてしまう。

　これは、立花隆さんが著書の『中核vs革マル』で言及しているのだけれども、『川口大三郎リンチ殺人事件』が内ゲバの殺人をエスカレートさせていった、内ゲバ激化の引き金を引いたといった主旨のことを書いている。

　つまり、もしかしたら樋田さんをはじめとした何千人という一般学生たちが立ち上がって革マル派を大学から追放する闘いが万が一成功していれば、その後の新左翼党派間における内ゲバは沈静化していたかもしれない。

　でも、実際は潰されてしまった。革マル派による支配にさからう者はいなくなってしまった。

　もしも早稲田で『革マル派追放』が成功していれば、別の新左翼党派に支配された他の大学でも『○○派追放』の動きが起きたかもしれない。

　しかし、実際は樋田さんたち一般学生の運動は敗北し、彼らの方が大学キャンパスから追放されてしまった。

　その一連の流れがよくわかりました。そして、僕らが政治的な学生運動にかかわることを遠ざけるようになったこと、怖気づいてしまった理由が改めてよくわかりました。だって、怖いですよ。革マル派と対峙しようものならば容赦のない暴力にさらされるわけですから。作品でも触れていますけど、樋田さん自身もターゲットにされてリンチにあって重症を負っている。

　だから、政治に深入りはしないと決めた学生時代の自分の怯えの根源を改めて知ったというか。こういうことがあったから、自分は『政治的な運動にはかかわらない』という臆病な若者になったんだと気づかされましたね」

（※第四回に続く）

【「ゲバルトの杜～彼は早稲田で死んだ～」代島治彦監督インタビュー第一回】

【「ゲバルトの杜～彼は早稲田で死んだ～」代島治彦監督インタビュー第二回】