世界から見た和牛の位置づけとは? 生産者から美食家まで和牛を語る人が目を背けてはいけない9つのこと
前回の記事「前代未聞の牛肉相場のなか、なぜ和牛の輸出目標額は1112%増という強気な数字だったのか」で和牛の海外展開について書きましたが、この3か月で世界を取り巻く情勢は大きく変わりました。
もっとも平時であっても「実現性が疑わしい」と新聞に揶揄されるような目標だったので、一段落した頃にこの額を取り下げるのも一案かもしれません。誰が取り下げるのかはさておいて。
ただ世界が平穏を取り戻した時のための準備はしておかねばなりません。そのために必要なのは、夢物語や都合のいい数字合わせではなく、和牛という肉の魅力の本質を知ること。そして日本と世界にはどんな食文化があり、人々がどんな肉を求めているかを知ることです。
孫子も言っているではありませんか。
「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」と。本質から目をそむけて、勝てる戦いなどあろうはずがありません。
1. いまの和牛を作り上げたのは30年前の格付基準である
「和牛を海外に!」という機運はこれまで何度となく盛り上がりを見せてきました。和牛が霜降りに舵を切ったきっかけは1991年の牛肉の輸入自由化でした。海外から安い牛肉が押し寄せてくる。そんな"黒船"に備えて、1988年に牛枝肉取引規格について大きな改正が行われました。
それまで「総合評価方式」だった牛枝肉の格付を、A~Cの3段階の歩留まりと、5~1の5段階の肉質という2点から見た格付けを行うことに。とりわけ肉質については、脂肪交雑基準――BMS(Beef Marbling Standard)が設定され、新しい格付制度は「霜降り」へと舵を切ることになりました。
そしてこの頃から、「海外に輸出を」という声が大きくなってきました。1989年、農業王国である北海道新聞にこんな記事が掲載されています。
和牛肉を米へ輸出-農水省が計画、輸入自由化に反撃
年間30トン余りというとそこそこ出荷しているようにも思えるかもしれませんが、枝肉重量1頭450kgで換算すると約67頭分。骨などを抜いた精肉が一頭分200kgとしても150頭分。
「30トン余り」「実績」と胸を張るほどの数字ではありません。そんな零細輸出国が「自由化を仕掛けた米国の牛肉市場に風穴を開ける」とは敵も己もわかっていないと言われても仕方のない姿勢でしょう。
といっても、牛肉の自由化に備えて、黒毛和牛の特徴にフォーカスした格付制度を導入しよう農水省の考え方は概ね正しかったようにも思えます。ただ、「ベストのサシの比率」を設定せず、「サシが多ければ多いほどいい」という方向での運用になってしまったのが悔やまれます。
2. A5のサシは消費者に好まれていない
「サシの量が基準」となると、各都道府県の食肉市場で格付を行う格付員は、サシの多い枝肉に「A5」をつけます。格付制度が切り替わった当時、A5のリブロースの脂肪交雑は平均24%(※)でした。
※「MR画 像(Magnetic Resonance Imaging)による牛枝肉の胸最長筋での脂肪交雑の評価」(1992)
しかし、脂肪交雑が評価基準となったことで、遺伝的に脂肪交雑量が多くなる牛が選抜され、黒毛和種の筋肉内脂肪量は増加していきました。
近年ではロース芯筋肉内脂肪量が50%を超えるようになってしまい、消費者が好む味とは一致しなくなってきていると他の論文(※2)でも指摘されています。
※2 Wagyu and the factors contributing to its beef quality: A Japanese industry overview(2016)
その間に「A5」という記号はおいしさの指標と捉えられるようになっていました。誰もそんなを定義してはいないのに、です。
百貨店で販売されていた和牛のサーロインの「A5」には粗脂肪含量69%(※3)という肉もあったと言います。芝浦市場の関係者に聞いても「肉の7割以上が脂肪に見えるA5も珍しくない」ほぼ脂を食べているに等しい肉が、高い値づけをされるようになるとはとても健全とは言えません。
※3 山口静子,丸山新,常石英作(2009),脂肪含量の異なる牛肉のおいしさに及ぼす熟成の影響,日本味と匂学会誌,16,441-444
しかもここでも論文には「一般消費者による官能評価では明らかに好まれていなかった」と書かれています。好まれていないのに高値がつくということは、現在の格付け制度が機能していないということになります。いくら「格付けと食味はイコールではない」と言っても、その間に大きな乖離があるのは健全とは言えません。
3. 適正な脂肪量は、いま流通しているA5の半分である
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