忘れられていた統一教会──激減した報道と34年前の“正体隠し”
安倍晋三元首相が、白昼に殺害されて1カ月が経った。すでに多く報じられているように、容疑者の動機は旧統一教会(世界平和統一家庭連合)への恨みであると見られる。
このとき、「統一教会」の名を久しぶりに耳にしたひとも少なくないはずだ。80年代後半から90年代にかけて、統一教会は大きく注目された宗教団体だった。いまの40代以上であれば、知らないひとを探すほうが難しいほどに。
当時、連日ワイドショーを中心に頻繁に報道されたのは、高額の印鑑などを購入させる霊感商法と、有名芸能人が参加した合同結婚式についてだ。また、各大学でも統一教会系の極右団体「原理研究会」も問題視されていた。
だが、その存在は長く忘れられてきた。30代以下では、知らないひとも少なくないほどに。そんななかで、安倍元首相が突然殺害された。
統一教会「空白の30年」
90年代前半、統一教会問題を追う中心にいたひとりがジャーナリストの有田芳生氏(前参議院議員)だ。有田氏は、今回の一件で出演したテレビ番組でしばしば統一教会の「空白の30年」を口にする。
たしかに統一教会への関心は、ある時期から急激に弱まった。1995年のオウム真理教による地下鉄サリン事件以降だ。それまで新興宗教のトラブルで主役とも言える存在だった統一教会は、相対的に目立たなくなった。
しかし、実際のところどれほど統一教会は忘れられたのだろうか。それを新聞主要3紙とNHKの報道で確認してみたい。調査対象は、データベースサービス・G Searchのデータが4媒体すべて揃う1987年以降、新聞3紙は東京版に限っている。
報道件数が多い時期の内容はざっと以下のようなものだ。
- 80年代後半:霊感商法問題
- 90年代前半:霊感商法+合同結婚式問題
- 90年代中期:オウム真理教と新宗教問題
- 90年代後半:霊感商法などの裁判結果
- 2007年:パラグアイ邦人(統一教会信者)誘拐事件
- 2009年:霊感商法・新世事件
- 2012年:文鮮明総裁が死去
高額の印鑑などを信者に購入させる「霊感商法」は、常に統一教会問題の中心にあった。多くの裁判にも発展した霊感商法は、2009年に教団の関連会社・新世の社員7人が警視庁公安部に逮捕される事件にまで発展していく。このとき教団組織も家宅捜索され、当時の会長も辞任する(しかし3年後に復帰)。
コンプラ宣言以降の霊感商法裁判
現在の旧統一教会・田中富広会長は、記者会見でこの2009年に「コンプライアンス宣言」をおこない「信者に指導を徹底している」と説明した。たしかにそれによって事件や裁判に発展する事例は減り、報道も目立たなくなったのかもしれない。
実際、2010年以降には統一教会についての報道が激減する。とくにその傾向が強まるのは、2017年以降だ。2018~2020年にいたっては、調査対象の4媒体はいちども報じていないほどだ。
ただしそれは、被害者弁護団が指摘するように問題がゼロになったことを意味するわけではない。元信者が霊感商法被害で旧統一教会を訴えた裁判は、2017年に東京地裁で教団側に1020万円の賠償命令が出ており(読売新聞朝刊2017年2月7日付)、2021年にも東京地裁で1億1600万円の賠償を命じる判決が言い渡されている(読売新聞朝刊2021年3月27日付)。
この2件において原告が被害を受けた期間は、前者が2001から2011年、後者が1998年から2013年と報じられている。つまり、2009年の「コンプライアンス宣言」以降の期間と重複している。他にも、法的に問題化しにくい手法へ転換したとの指摘もある。
2015年・名称変更以降の報道激減
もうひとつ気になるのは、2010年代の報道の激減が教団の名称変更以降であることだ。
統一教会が「世界平和統一家庭連合」に名称変更したのを発表したのは、2015年9月だった。ただし、1年間は出版物や公式文書で旧名称を併記する条件が付けられた。つまり、旧統一教会が改名を完成させたのは2016年9月ということになる。
旧統一教会についての報道が激減するのは、まさにこれ以降だ。90年代の統一教会問題の記憶が乏しい世代が記者の中心となり、「世界平和統一家庭連合」という名称によって旧統一教会の問題が見過ごされたのかもしれない。
旧統一教会が多くの関連団体を有していることは、今回の報道で広く知られることになった。2000年にはアメリカの大手通信社・UPIを買収し、ベテラン記者が退社をして当時大きな話題となった。前述したように、「原理研究会(CARP)」は60年代から大学で活動を続けている。つまり、宗教団体だと思われないように報道をし、学生を勧誘しようとする。
本体の姿を隠し、別の顔を前面に出す──統一教会はそうして勢力を拡大させてきた宗教団体だ。
「正体隠し」を見抜けなかった例
実際、統一教会の“仮面”を見抜けずにメディア側が報じてしまった例もある。
たとえば1988年9月、朝日新聞はボランティアの夜間学校「川崎郷土学校」を2度にわたって好意的にとりあげている。激増する中退者の受け入れ先として、「大学生の国際交流を手助けする活動をしている」団体職員が立ち上げたと報じた(東京地方版/神奈川1988年9月29日付)。これが、統一教会の関連団体だった。
翌月この夜間学校は問題となり、朝日新聞もそれを受けて報じている。川崎の6団体が「『郷土学校』は国際勝共連合=統一教会の別の顔といわれる『世界平和教授アカデミー』が提唱し、(略)勝共連合が県内の青少年に触手をのばし、統一教会の『信者』獲得の窓口にしようというもの」として市教委に申し入れた(東京地方版/神奈川1988年10月23日付)。当時は、統一教会の霊感商法が一般にも問題視され始めた時期と重なる。
このとき、おそらく朝日新聞の記者は当初「川崎郷土学校」の背後に統一教会がいることに気づかなかったのだろう。その要因は、取材を受けた同学校の幹事の所属団体(記事には不記載)が「国際基督教学生協会(ICSA)」だったからかもしれない。まるで国際基督教大学(ICU)を思わせる名称だからだ。
34年前の田中富広会長
もうひとつこの記事で注目すべきは、複数回取材を受けているこの幹事の存在だろう。当時32歳のこの人物は、現在の旧統一教会の会長・田中富広氏である。記事にはこうある。
1988年、田中富広氏はボランティアの学校について「特定の宗教団体との結びつきはない」と述べている。しかしこの32年後の2020年に、田中氏は旧統一教会・第14代会長に就任している。状況的に無関係とは言い難い。つまり、田中氏のその後の人生そのものが、「川崎郷土学校」と統一教会の結びつきを証明している(オフィシャルサイトでも、田中氏は1976年に入信していると記されている)。
8月10日、日本外国特派員協会で田中富広会長は記者会見した。そのなかで名称変更について、1997年から海外では名前を変えていたために「正体隠しの手段」ではないと強く主張した。しかし、34年前に田中富広氏自身が「正体隠し」をしていたことは明らかだ。よって、そんなことを簡単に信用できるわけがない。
もちろん、田中氏個人が統一教会の会員(信徒)だったとしても、「川崎郷土学校」自体は統一教会と関係がない、というレトリックなのかもしれない。それは岸田文雄首相が、「(議員個々人は統一教会と関係があっても)自民党と統一教会に組織的な関係はない」と説明するのとも似ているが──。
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