敗戦の夏に考えてみなければならないこと(3)
フーテン老人世直し録(99)
葉月某日
明治政府は日本を近代国家に作り替えるためヨーロッパから様々な制度を導入した。国家の基本となる憲法はドイツ、議会制度はイギリス、軍隊は陸軍がドイツ、海軍がイギリス、そして警察制度はフランスを真似した。君主制の伝統を持つヨーロッパの諸制度は、天皇を元首とする明治の日本にとってなじみやすいものだったからだと思う。
しかしアメリカに戦争で敗れた日本は、占領政策によって国の仕組みをアメリカ型に変えられた。ドイツ憲法を基にした大日本帝国憲法はマッカーサー指導の下、第一次世界大戦後にアメリカが主導した「不戦条約」の精神を盛り込み、またアメリカ型民主主義も取り入れられて、平和主義と民主主義の憲法となる。
帝国議会に代わる国会は、イギリス議会の本会議中心主義ではなく、アメリカ議会の委員会中心主義が採用され、イギリス議会で今も続く世襲の貴族院も廃止された。またアメリカでは議員が立法するため、議員に情報を提供する「議会調査局」が議会図書館に設置されているが、これに倣って日本も国会図書館に「調査立法考査局」が作られた。しかし日本はアメリカと違い議員立法が少ないためほとんど活用されることがない。
軍隊は憲法によって持つことが出来なくなったが、一方で警察はフランスを真似た国家警察の制度が全面的に見直され、アメリカの保安官制度のような自治体警察が市町村に作られた。
また国家にとって最も重要な税制は、GHQが1949年にアメリカの経済学者カール・シャウプを団長とする使節団を招き、戦後日本が採用すべき税制を作らせた。その結果、日本では商品の購買などにかかる間接税の比重を小さくし、所得税や法人税など直接税を中心とする税制が作られた。
こうして戦後の日本はヨーロッパ型からアメリカ型に変えられた。しかしすべては日本に主権がなかった時代の制度変更である。1952年に主権が回復すると日本は変えられた制度の見直しに取り掛かる。国民にとって都合の良いものは残し、都合の悪いものを変更するのはおかしなことではない。
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