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敗戦の夏に考えてみなければならないこと(1)

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(97)

葉月某日

終戦記念日を迎えてメディアはあの戦争を振り返り平和の尊さを訴える。それが戦後69回繰り返されてきた。無論、無意味な事とは思わない。むしろ大切な事であるからこそ、儀式のように繰り返される事にフーテンは物足らなさを感ずる。

平和を祈れば平和が訪れると考えるのは幻想である。戦争が政治によって引き起こされるとすれば、平和も政治の力によってしか実現されない。ただ平和の実現が簡単でない事は歴史を見れば明らかで、そのためには並々ならぬ政治の力が必要になる。並々ならぬ政治を作り出すためにどうするか、それを考えなければならないのが8月の課題ではないか。

不幸な事だと思うが、あの戦争を巡る日本国内の議論は二分されている。二分された原因は戦後アメリカから強要された相矛盾する統治方針によるものとフーテンは思っている。一つは日本を非軍事化し民主化する統治方針、もう一つは日本を再軍備し「反共の砦」とする統治方針である。

当初のアメリカは日本の非軍事化と民主化に力を入れた。占領軍の頂点に立つマッカーサーは日本を非武装中立国にする事を考え、それが平和憲法となって現れた。その方針は戦争に疲弊した国民に受け入れられ、「鬼畜米英」を叫んでいた国民が一転して「反戦平和」を唱え、アメリカの真似をするようになる。

ところが直後に冷戦が始まるとアメリカの方針は逆になる。朝鮮戦争に日本人を出兵させようと考え、再軍備のため追放していた軍人を復活させ、軍需産業を再開させる目的で財閥解体の規模を縮小し、日本を農業国にしようとした方針を工業国にする方針に転換した。

これは当時「逆コース」と呼ばれたが、そのため日本には二つの対立する勢力が誕生する。一つは非武装中立を唱え、平和憲法を擁護し、アメリカ主導の東京裁判を是認するグループ、もう一つは再軍備を支持し、憲法改正を訴え、東京裁判を認めないグループで、彼らは東京裁判の是認を「自虐史観」と批判する。

前者は革新勢力を、後者は保守勢力を形成したが、両方共がアメリカの対日統治方針によって生み出された勢力である。両者は対立するが、しかしアメリカはどちらにでもコミットできる。アメリカは自国の利益にさえなれば平和憲法派でも憲法改正派でもどちらでも構わないのである。

つまり日本の戦後政治はアメリカから生み出された保守と革新がアメリカの手のひらの上で対立する構図に過ぎない。しかし一方でよくよく見ると日本の方も一筋縄ではない。保守勢力の中は民族自立を唱えてアメリカから自立しようとするグループと、アメリカに従属しながら経済復興を図るグループとが対立し、そこに革新勢力を加えた3つのグループが水面下で手を握ったり対立したりという展開が見られた。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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