ツイッターの経営方針は、CEO交代によってどのような変化を見せるのか
いよいよ、ツイッターのイーロン・マスク氏に代わる新しいCEOが決まったようです。
まだ本人からの正式発表はありませんし、ここ最近のツイッター関連の発表は直前で二転三転することがあるため、確定と断定はできません。
ただ、マスク氏がメンションつきでツイートしている上に、新CEOの前職からの退職も発表されているため、このニュースに関してはほぼ確定と考えて良さそうです。
新CEOに決まったと報道されているのは、米国のメディア大手であるNBCユニバーサルで広告部門のトップを務めていたリンダ・ヤッカリーノ氏。
参考:Twitter、CEOにヤッカリーノ氏 広告強化へイーロン・マスク氏表明
日本の広告業界関係者の話を聞く限り、ヤッカリーノ氏は米国においてテレビメディアの価値の再定義を行い、テレビ業界の変化をリードした非常に有能な人物のようです。
そうなると、気になるのが今後ツイッターの経営方針は、ヤッカリーノCEOの下でどのように変化していくのかという点でしょう。
4月のイベント対談がきっかけに?
まず、今後のイーロン・マスク氏とリンダ・ヤッカリーノ氏の関係を想像する上で整理しておきたいのが、今回のCEO交代が発表されるまでの経緯です。
実は、イーロン・マスク氏とリンダ・ヤッカリーノ氏は、4月18日に米国で開催された「POSSIBLE」というメディア/マーケティングの業界イベントの基調講演で対談をしています。
イベント開催後のヤッカリーノ氏のツイートに、マスク氏はお礼のコメントを投稿していますし、おそらくこの段階ではツイッター社のCEOとしてのオファーはまだしていなかったと考えられます。
なにしろヤッカリーノ氏は、5月4日にツイッター上でマスク氏に対し、パリ五輪におけるNBCユニバーサルとのパートナーシップをオープンに提案しています。
この段階では、ヤッカリーノ氏はマスク氏やツイッターとの協業に興味はあっても、ツイッターに転職するつもりはなかったものと想像できるわけです。
ただ、毎日の様に積極的に投稿されていたヤッカリーノ氏のツイッターが、5月8日以後は投稿が止まっています。
そして5月11日(日本時間の5月12日)にイーロン・マスク氏が後任のCEOが6週間後に働き始めるとツイート。
それに被せて、ウォールストリートジャーナルが、ツイッターがヤッカリーノ氏にCEOをオファーというスクープ記事を出し、事態は急展開。
5月12日午前中にNBCユニバーサルが、ヤッカリーノ氏の即日退社を正式に発表するという流れになるわけです。
短期間で急展開を見せたCEO探し
おそらくは4月のイベントの時の対談やその後のツイート等のやり取りを経て、マスク氏がヤッカリーノ氏を気に入り、5月に熱烈オファーをして口説き落としたということなのでしょう。
11日のマスク氏のツイートの段階では6週間後にツイッターに移る予定だったはずのヤッカリーノ氏が、12日に即日退社をする展開になったあたりを見る限り、マスク氏が黙っていられなくてツイートしたことで情報解禁のスケジュールが前倒しになった可能性もありそうです。
そういう意味で、ヤッカリーノ氏がマスク氏のお眼鏡にかなう人材であることは間違いありませんが、今後注目されるのはヤッカリーノ氏が新CEOとしてどれだけの実権を握ることができるのかという点になりそうです。
大きく3つのシナリオが考えられます。
■1:マスク氏からヤッカリーノ氏に実権が移る
■2:マスク氏とヤッカリーノ氏が対等に分業する
■3:マスク氏がヤッカリーノ氏を傀儡にしてしまう
1つずつ可能性を想像してみましょう。
■1:マスク氏からヤッカリーノ氏に実権が移る
まず、最も可能性が低いシナリオは、マスク氏からヤッカリーノ氏に明確に実権が移るパターンです。
「CEO交代」と言えば、日本では「社長交代」に近い印象なので、マスク氏から新CEOのヤッカリーノ氏に実権が変わる印象を持つ方もいると思います。
ただ、マスク氏はツイートで、新CEOが来た後に、自分は「exec chair & CTO」として、つまり「会長兼最高技術責任者」として、プロダクトやソフトウェアそしてシステムオペレーションの監督に専念すると宣言しています。
ツイッターという企業の根幹は、ソフトウェアですから、実はマスク氏はCEO業務はヤッカリーノ氏に任せても、ツイッターのサービス自体からは手をはなすつもりが全くないわけです。
現在のツイッターは、マスク氏が所有する非上場企業ですので、大塚家具で発生したような、社長が会長を株主総会で追い出すようなことは、ほぼ難しい構造です。
あくまでツイッターにおける「CEO交代」は、対外的な責任者の交代であって、実権は引き続きマスク氏にあると考えるのが無難でしょう。
■2:マスク氏とヤッカリーノ氏が対等に分業する
今後のツイッターにとって、最も理想的なシナリオは、マスク氏とヤッカリーノ氏がお互いの役割を分担しあい、お互いにリスペクトを維持した状態で分業する形でしょう。
現在のツイッターは、マスク氏が一人で全ての対外的な発信を行っている関係で、マスク氏の不用意なツイートが物議を醸したり、敵を増やしているケースが散見されます。
象徴的なのは、ツイッターの認証バッジを課金必須に変更した直後に、フォロワー100万人以上のユーザーに関してはマスク氏が自腹で払うという建前で、バッジ表示を復活した点でしょう。
参考:Twitter Blue非加入ユーザーの青バッジが大量復活 フォロワー100万人以上が条件か
この判断に対して複数の米国の著名人が反発しており、マストドンやブルースカイなどのライバルサービスへの移転のリスクや、広告主の懸念を増しています。
そうした反発の結果、ツイッターの業績に悪影響が出たり、印象が悪くなると、マスク氏がツイッターで過激な発言をするというネガティブなサイクルがまわっているケースが多く見られるわけです。
今後、そうした難しい問題の対外的コミュニケーションをヤッカリーノ氏が担うことで、ツイッターの運営にバランスがもたらされれば、広告主がツイッターに戻り、ツイッターの赤字も解消され、マスク氏も過激な発言をせずに済むというポジティブサイクルに入る可能性は十分あるように感じます。
おそらく、その場合の役割分担としては、一昔前のフェイスブックにおけるザッカーバーグCEOとシェリルサンドバーグCOOや、スペースXにおけるマスクCEOとグウェイン・ショットウェルCOOのような形になりそうです。
つまり肩書きとしては、ヤッカリーノ氏がCEOでマスク氏が会長兼CTOですが、実質はマスクCEOでヤッカリーノCOOという役割分担でしょう。
■3:マスク氏がヤッカリーノ氏を傀儡にしてしまう
一方で、多くの人が懸念しているパターンというのは、マスク氏が引き続き全ての実権を握った状態で、ヤッカリーノ氏が傀儡的なCEOになってしまうパターンです。
マスク氏がツイッターで自らのCEO継続について投票を行い、敗北した後に「後任になるような愚かな人が見付かればすぐにCEOを辞任する」とツイートしていたのが象徴的です。
マスク氏がヤッカリーノ氏に任せたいのは、おそらく広告主との対応や、政府や関連機関、そしてメディア関係者との調整などの、マスク氏にとって面倒で興味がない業務でしょう。
参考:ツイッターCEO辞任表明に、マスク氏を追い込んだネット投票の罠
それらをヤッカリーノ氏に任せた上で、マスク氏としてはスーパーアプリXの実現に邁進するというのが、マスク氏としての理想だと思われます。
その場合、おそらくヤッカリーノ氏はさまざまな板挟みに追い込まれるシーンが出てくるはずです。
スペースXにおいても、マスク氏のセクハラ疑惑をショットウェルCOOが擁護したことが話題になっていましたが、類似の騒動が今後ツイッターでも発生するリスクも否定できません。
参考:スペースXの女性幹部、セクハラ疑惑のイーロン・マスクCEOを擁護
そうした板挟みになった際に、ヤッカリーノ氏の要望やアドバイスにマスク氏が全く耳を傾けないという展開もありえます。
ヤッカリーノ氏はこれまでテレビ業界の古い体質を変革するような改革をリードしてきたやり手のビジネスパーソンだそうですから、マスク氏が自分の発言や意思を無視するような経営を選択する場合は、ヤッカリーノ氏が短期間で辞任する展開もありえなくはないわけです。
ヤッカリーノ氏は、世界で最も適任な人物かも
ただ、業界関係者の評判を聞く限り、ヤッカリーノ氏はマスク氏を相手にしても怯むようなタイプではないようです。
特にNBCユニバーサルのページに公開されている、4月に開催されたイベントの対談を見ると、ヤッカリーノ氏の紹介は出席者の歓声に迎えられており、業界関係者に非常に尊敬されており人気があることが良く分かります。
また、イベントにおける議論でも、マスク氏の考えを尊重しつつ、会場の疑問を解くように議論の進行を進めており、マスク氏を立てつつも怯まずに議論をする姿が非常に印象的です。
参考:Keynote: Twitter 2.0 Discussion with Elon Musk
この対談の時の二人の距離感が、ツイッターのCEOと会長兼CTOという関係に変わっても、あまり変わらないままであるならば、二人がある程度対等な関係でツイッターの今後の経営方針にバランスをもたらすという展開は十分期待できそうです。
ある意味、現時点でヤッカリーノ氏は世界で最もマスク氏の後任CEOに適している可能性が高い人物であることは間違いないでしょう。
マスク氏によると、ヤッカリーノ氏が準備ができ次第、両者がツイッタースペースを通じて質問に対応する機会が設けられるようです。
この時の会話の雰囲気で、ツイッターが半年以上続いた混乱に終止符を打ち、新CEOであるヤッカリーノ氏とマスク氏のツートップ体制の下でさらなる成長のステージに入るのかどうか、ある程度把握できるかもしれません。
まずは、ヤッカリーノ氏のツイッターCEO就任に向けての第一声を、楽しみに待ちたいと思います。