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ツイッターCEO辞任表明に、マスク氏を追い込んだネット投票の罠

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
今回のCEO辞任表明は実際にはマスク氏の経営続投宣言と受け取るべきでしょう(写真:REX/アフロ)

ここ数日、メディアで連日のようにイーロン・マスク氏のツイッターCEO辞任表明のニュースが大きく報道されていました。

参考:イーロン・マスク氏がツイッターCEO辞任を表明「後任が見つかり次第」

日本のメディアでは比較的「辞任」ということを強調した報道が目立ちましたが、細かく記事を読めば分かるように、実際には「後任になるような愚かな人が見付かればすぐにCEOを辞任する」という、後任が見つかるという条件つきでの発言であり、現在のところ後任は見つかっていません。

しかも、CEOを辞任した後も、「ソフトウェアとサーバーのチームを運営する」と明言しているところがポイントです。

ツイッターがソフトウェアを中心とするサービスであることを考えると、これは後継者が見つかった後も、ソフトウェアとサーバーというツイッターの事業の本丸は自らが引き続き見るという、経営者としての「続投宣言」と言えるのです。

そもそもマスク氏はCEOを雇う側のオーナーでもあります。

今回のCEO「辞任表明」は、実際にはCEO業務という社内的、対外的な大変な業務を引き受けてくれる「愚かな」人が見つかったら、自分は「ソフトウェアとサーバーというツイッターにおいて最も重要なところに専念する」という、通常の「辞任表明」とはかけ離れた発言と考えた方が良いでしょう。

ただ、今回のマスク氏の「辞任表明」で注目すべきは、「なぜ、マスク氏が辞任表明をせざるを得なくなったのか?」という点にあります。

マスク氏自らが口火を切った辞任投票

実は、マスク氏はもともと11月頃にも、将来的にはツイッターで後任の経営者を探して運営を委ねる方針であることを明言していました。

そういう意味では、本来将来のマスク氏のCEO辞任は既定路線の発言とも言えます。

参考:イーロン・マスク氏、Twitterトップ交代を示唆 米裁判で証言

ただ、マスク氏の後任探しが既定路線だったにもかかわらず、今回、マスク氏の「辞任表明」がこれだけメディアに注目される形になってしまったのは、マスク氏自らが実施した「自分がツイッターのトップから辞任すべきかどうか」というユーザー投票の結果で、「辞任すべき(Yes)」が57%という多数になってしまったというのがポイントです。

当然、こんな投票をしなければ、わざわざ「辞任表明」をする羽目にはならなかったわけです。

そもそも、マスク氏はツイッター社を買収したオーナーでもありますから、辞任の是非をユーザーに問う義務も必要もありません。

ここで容易に想像できるのは、マスク氏はこの投票でまさか「辞任すべき」が多数を占める結果になるとは想像していなかっただろうという点です。

実際、この投票を開始して30分も経たないうちに、下記のように「ことわざにあるように、あなたが望むものに気をつけてください。」という投稿をされています。

これは、明らかに投票開始からすぐに「辞任すべき」が多数を占めている状況がみえたため、それに対して業を煮やしたマスク氏の本音が出たツイートと考えられるわけです。

しかし、そんなマスク氏の気持ちとは裏腹に、投票結果はあっさりと「辞任すべき」が過半数のまま終了。

マスク氏としては投票結果を受けて、冒頭の「続投宣言」を含んだ将来の「辞任表明」という不思議な宣言をせざるをえなくなってしまったわけです。

つまり、マスク氏自身の投票の読み間違えが、今回の「辞任表明」の原因です。

アカウント凍結解除投票でも結果を読み間違え

実は、これと同じ投票の読み間違えを、マスク氏はその前週にもしています。

マスク氏は12月15日に、自らの自家用ジェットの位置情報をツイートするbotに関する記事を報道したジャーナリストのアカウントを凍結し、大きな反発を受けます。

参考:Twitter、ElonJet関連記事を書いた複数の記者のアカウントを凍結

そこで、反発の声に対応する形で、日本時間の12月16日午後0:56分に、マスク氏は「私の位置情報をリアルタイムでさらしたアカウントの解除」の期間についての投票を開始するのです。

おそらくマスク氏は、この4択の投票結果で「7日後(7 days from now)」や「それ以上(Longer)」が多くなると期待していたのでしょう。

上記のように「今すぐ(Now)」が最多となりそうな投票結果を見たマスク氏は、投票開始から1時間も経たないうちに「悪い、選択肢が多すぎた。投票をやり直す。」とツイート。

選択肢を「今すぐ」と「7日後」のシンプルな2択に変更して再投票を行うのです。

ただ、上記のように、この2択でも結果は「今すぐ」が最多の結果となり、マスク氏は即時の凍結解除を判断せざるをえない状態になります。

参考:TwitterのマスクCEO、凍結した複数記者のアカウントを投票結果を受けしぶしぶ復活

実は、最初の4択の投票では「7日後」と「それ以上」を足すと52%と過半数に達していました。

おそらくマスク氏としては、4択では「今すぐ」が最多になったものの、2択にすれば「7日後」が多くなると計算したのでしょう。

ただ、最終的にはなぜか設問を2択に少なくすると、52%もいたはずの「7日後」と「それ以上」は41%に減少。

「今すぐ」の勝利という結果になってしまったわけです。

典型的なネット投票における票の読み間違えの事例と言えるでしょう。

野次馬投票や組織票が容易なネット投票

これまでもマスク氏は、トランプ大統領のアカウント凍結解除や、法に違反したり悪質なスパムに関与したりしていない凍結アカウントへの恩赦についての投票を、ツイッター上で実施し、その結果を受ける形で最終決定を行ってきました。

参考:TwitterのマスクCEO、トランプ前大統領のアカウントの凍結解除 1500万人参加の投票結果を受け

それらの投票では、マスク氏の思った通りの投票結果が出ていたため、マスク氏としては自分のツイッター投票は、ある程度自分の意思を反映した結果になるものだと甘く考えていたように感じます。

ただ、実は同じアンケートでも設問の構造や順番、質問の仕方によって結果が大きく変わることがあると言うのが、リサーチ業界では常識。

しかも、ツイッターのようなオープンな投票機能においては、必ず興味本位の野次馬投票や、組織票工作などが発生するため、中立で冷静な投票結果にならないというのが実態です。

今回のマスク氏は、典型的なネット投票の罠にハマってしまったと言えるのです。

マスク氏は一般ユーザーの心理を理解できているのか

例えば、今回のマスク氏の辞任を問う投票においては、「マスク氏が辞任すべきか」と聞いた結果、「辞任すべき」が多数という結果になっています。

これが、何人か名前を並べて「誰をツイッターのCEOにすべきか」という選択式の質問であれば、マスク氏を選ぶ人が多数になっていた可能性は高いでしょう。

また、冒頭のマスク氏の辞任を問う投票は、上述したジャーナリストのアカウント凍結騒動の直後に、マスク氏が辞めるべきと言う声が高まったため、マスク氏が反発して実施した投票です。

本人は、過去の投票結果を考えれば、当然多くの人が自分を支持してくれると考えたのでしょうが、マスク氏への反発が最大化しているタイミングに実施した結果、マスク氏にとっては最悪の投票結果になってしまいました。

当然、同じ投票を1ヶ月前に実施していたら、全く違う結果になったはずです。

そういう意味で、一連の騒動を見ていて、ツイッターのヘビーユーザーの1人として最も心配になるのは、マスク氏がこうしたネット投票の罠や、ネットユーザーの心理などを良く分かっていないのではないかと言う点です。

直近でもマスク氏は、突如ツイートの閲覧数を全てのツイートに表示する実装を決断したため、大きな不安や批判の声が上がっています。

参考:「承認欲求モンスターになってしまう」 Twitterの閲覧数表示で波乱 広告・宣伝に影響も?

これは、マスク氏自身が1.2億人ものフォロワーを持ち、大勢にツイートが表示されて当然の生活を送っているため、自分のツイートがほとんど誰にも見られていないという数値を突きつけられる一般人の気持ちを理解できないからこそ選んでしまっている行為とも考えられるわけです。

マスク氏は、ツイッターの閲覧数表示について、左端に表示しつづけて良いかの投票は行っていますが、コメント欄には選択肢にない「削除すべき」と言う投稿が複数あり、多くのいいねがついているのが印象的です。

当然、ツイッターにおいてはマスク氏のようなインフルエンサーの要望や、広告主へのアピールは重要な要素と言えます。

マスク氏の方針を喜んでいる人も多数いるのは間違いありません。

ただ、フォロワーが数人や数十人の一般ユーザーこそがツイッターのサービスの裾野を支えていることを考えると、マスク氏の「自分をユーザーの代表として考える経営方針」は、リスクもかなり大きい印象です。

はたして、マスク氏の自らの感覚を軸にした現在の経営方針は、さらなるユーザーの離反が始まる結果を生むのか、最終的には多くのツイッターユーザーに受けいれられる結果になるのか。

はたまたマスク氏が一般ユーザーへの歩み寄りを見せるのか。

1ツイッターユーザーとして、引き続き気になる日々が続きそうです。

noteプロデューサー/ブロガー

Yahoo!ニュースでは、日本の「エンタメ」の未来や世界展開を応援すべく、エンタメのデジタルやSNS活用、推し活の進化を感じるニュースを紹介。 普段はnoteで、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についての啓発やサポートを担当。著書に「普通の人のためのSNSの教科書」「デジタルワークスタイル」などがある。

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