「ゴジラ-1.0」など快進撃を続けるROBOTが追求する「熱伝導率」の高い映像コミュニケーション
驚異的な映像技術によって邦画・アジア映画初となる第96回アカデミー賞(R)視覚効果部門を受賞した「ゴジラ-1.0」の制作を手がけたROBOT COMMUNICATIONS INC.(以下、ROBOT)。
元々は小さな広告企画会社から出発したROBOTはなぜ、後発にもかかわらず映画業界で世界を席巻するコンテンツメーカーになれたのか。前編に続き、後編では、映像技術力の差が埋まりつつある今、求められる「熱伝導率の高い映像」とは何かについて同社 専務執行役員 経営本部 本部長の福崎隆之氏に聞いた。
世界が認めた映像技術
徳力 グローバル OTT (オーバー・ザ・トップ:インターネットによるコンテンツ配信サービス)の作品にも、彼らが日本上陸する頃から関わっておられますが、きっかけはプラットフォーム側からの声かけなんですか。
福崎 詳細はお話しできませんが、一般的にグローバルOTTとのプロジェクトでは、先方が企画を進めるかどうかを判断するための材料集めも含めて、かなり初期段階から意見交換を重ねてきています。
あるグローバルOTTが日本上陸した際、世間では「黒船襲来」などと言われていたので、阿部さんが「トム・ハンクス主演で『ペリー来航』をやろう」と提案したけれどボツになったなどという、嘘か本当か分からない逸話もあります(笑)。
徳力 それくらい、紆余曲折があったということですね。
2020年に配信されたNetflixシリーズ「今際の国のアリス」には、本当に衝撃を受けました。特に冒頭、渋谷のスクランブル交差点で、誰も人がいなくなるシーンは感動しました。
その頃、「日本の実写作品やSFX(特殊効果)技術は、米国はおろか韓国にもかなわない」みたいな論調の記事を、いろいろなところで読んでいたので、私はそう思い込んでいたんですが、「日本もできるやん!」と。
最初に見た時は「Netflixだから海外チームが来て撮影しているんだろう」と思ったほどで、企画・制作プロダクションがROBOTさんと知った時はめちゃめちゃ嬉しかったですね。
グローバルOTTの作品、日本の通常の作品との違いは、やはり制作期間や予算規模なんでしょうか。
福崎 一概に言えませんが、通常は多くが国内向けにつくられる作品と、グローバルOTTが海外を視野に入れてつくる作品とでは、市場規模が全く違うので、ゴール設定も、それに見合う予算規模も全く違います。
ロケのために道路を大規模に封鎖するなど、撮影に伴うリスクをどう判断するかといったことも、大きな違いを生み出している気がします。
我々がグローバルの評価を意識した作品としては、2009年にアカデミー賞短編アニメーション賞を受賞した加藤久仁生監督の「つみきのいえ」という作品があります。
小さいアニメーション作品でごく少人数で制作していましたが、そばで見ていて「すごいものをつくっているな」と思っていたので、受賞した時は驚きとともに、「あれは世界に届くよな」と妙に納得感があったのを覚えています。
徳力 そこから、国内外のアワードで受賞する作品も出てきますが、どんどん右肩上がりに成長している実感があったのですか。
福崎 正直、何かのブレイクスルーで世界に手が届いたというよりも、ずっと愚直にやっていて、数年に一度、たまに評価をいただいて打ち上げ花火が上がっているような感じです。
徳力 なるほど。外から見るとつい、右肩上がりのように思うけれど、ROBOTさんとしては、掛けられた予算に応じて、その時点の最高の技術で最高のものをつくっているのは、変わらないんですね。
福崎 組織として、賞などを狙って「社運をかけた大勝負」は、やってないです。
個人がやりたいことをやって成長していく。もうちょっと会社として戦略的にやった方がいいという声もあるくらいなので。
そういう意味では、常に社運はかかっているんですが(笑)。
徳力 日本映画は2008年に「おくりびと」がアカデミー賞を受賞した時、「ストーリーは勝負できるけど、CGを使った大作系はハリウッドに敵わない」などと言われていました。
ただ、ROBOTさんの「ゴジラ-1.0」は邦画・アジア映画初となる第96回アカデミー賞(R)視覚効果部門を受賞しました。日本の映像制作は、予算さえ付けばハリウッド映画にも勝負できるレベルに追いついた、ということなんでしょうか。
福崎 「ゴジラ-1.0」のVFX(視覚効果)については、もちろん、日本トップのCGメーカーである白組さんの技術力があってこそですが、大きな流れとしては、日本と海外との映像技術的な差は、縮まっていると思います。
たとえば、アカデミー賞で「ゴジラ-1.0」が受賞した横で、作品賞など最多7冠を達成した映画「オッペンハイマー」のクリストファー・ノーラン監督はCG嫌いで知られています。
それはもはや技術ではなく、思想の問題ですよね。実写にこだわることが、作品の迫真性の元になっている。
昔はそれこそ、CGのワンカットをつくるのに何日もかけて演算処理をして書き出していたのが、今はマシン性能も上がっているし、カメラや合成技術の精度も上がり、なんならスマホでも撮れるという状況になってきています。そういう中で、映像技術が海外に追いついたからといって、それがすごく大事なイシューかというと、そうでもないという気がしています。
徳力 確かにそうですね。デジタル化で技術力の敷居は下がってきていて、「CGを使った戦闘シーンはどの作品も大体似ているから、もういいよ」みたいな気持ちもある気がします。
そうか、映像技術がある意味でコモディティ化すると、撮り方や思想の方が逆に、大事になってくるのかもしれない。
福崎 はい、人間の視覚には限界があるので、それ以上解像度を上げても、キャッチできないですからね。
熱伝導率の高い映像コンテンツ
徳力 最後に、ROBOTさんの祖業であり、現在も重要な事業である広告のお話も聞きたいと思います。
90年代は広告業界の方が、映像の技術やノウハウの面では積極的に新しい方法を取り入れていたというお話はすごく面白いなと思いました。
ROBOTさんのグローバルOTT作品やアカデミー賞を受賞するような作品は広告から始まっている。そう考えると、日本の広告主はこの力を使わないのはもったいないなと感じます。
特にネット広告では「コンバージョン率がいい=いい広告」とみなされる傾向がありますが、これに対してお考えはありますか。
福崎 難しいご質問ですが、冒頭お話ししたように、我々はコンテンツメーカーですので、コンテンツをぜひ企業のマーケティングに活用いただければと思っています。
ビジネスである以上、KPIやKGIを追うのは当然です。一方で、一般的な指標では可視化されないもの、測定できないものが無意味かというと、熱伝導率とでもいいますか、単純な物差しでは測定が難しい価値というのも、映像にはあると思っています。
徳力 すごくわかります。
インプレッション数を上げるだけならお金で買った方が確実だけれど、本来、熱量のある口コミが広がるためには、仰るように熱伝導率やカロリーというか、非常に難しい計算式になると思いますが、人間の心を動かす効果指標みたいなものを模索すべきなんじゃないかと思います。
ROBOTさんの映像作品はそれこそ熱伝導率が高いものばかりと思いますが、例はありますか?
福崎 個人的な話で恐縮ですが…ホンダさんが1999年からスタートした「Do you have a HONDA?」という企業CMはROBOTが手がけています。
私の入社前に制作されたものですが、それがすごく刺さったために、今でもホンダさんが好きで、熱のある映像は、時間を経ても心に残ることを実感しています。
当社の仕事ではありませんが、象徴的なものだとアップルの伝説的な広告キャンペーン「Think different」でしょうか。
企業の思想が伝わってくるような熱量のある映像には、やはり、大きな炎のような、単純なKPIでは測りきれない力があると思います。我々も引き続き、永く深く、人の中に残る作品を追求していきたいですね。
徳力 映像コミュニケーションにはまだまだ可能性がありますよね。
たとえば日本テレビの公式ショートドラマアカウント「毎日はにかむ僕たちは。」などはSNSで配信されて若い世代の共感を非常に集めていて、プロダクトプレイスメントで広告として効果を上げているんです。
企業が大規模な予算をブランド広告に投じることが難しくなっているとしても、映像の力、コンテンツの力は強いと感じます。
こうした新しいプラットフォームとROBOTさんの企画制作力が掛け合わさることで、広告動画の新しい景色が見えてくるんじゃないかと期待しています。今日はありがとうございました。
【取材後記】
今回のインタビューを通じて素直に思ったのは、「日本にROBOTさんがあって本当に良かった」ということでした。
ROBOTさんが広告会社だったからこそ、黎明期に広告のノウハウを活用した映画製作に挑戦することができ、その頃から積み上げた歴史があったからこそ、Netflix上陸時に日本の制作会社として日本の実写映像の力を「今際の国のアリス」などを通じて、Netflixの中で世界に示すことができたと言えます。
どうしても日本人は、海外に比べて自分達日本の企業の制作力や企画力を下に見がちな傾向にあると思いますが、実はCGなどの制作力も企画力も世界随一のレベルにあり、コストパフォーマンスは非常に高いと言えそうです。
ぜひ、日本の広告主の方々にも、ROBOTさんのような企業とともに、世界で話題になるような新しい広告に挑戦していただきたいと思います。(徳力基彦)
※この記事は、徳力基彦とアジェンダノートの共同企画として実施されたインタビュー記事を転載したものです。