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安倍総理の健康不安で同情を誘うのはみっともない

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(530)

葉月某日

 通常国会が閉幕してからめっきり存在感を薄めていた安倍総理が、17日に慶応病院で7時間半にわたる「検査」を受けたことから、健康不安説が日を追うごとに強まっている。

 安倍総理本人は19日に公務に復帰し、記者団に「体調の万全を期すため検査を受けた。これから再び仕事に復帰し、頑張っていきたい」と述べ、直後に面会した萩生田文科大臣にも「大丈夫だ。責任を持ってしっかり陣頭指揮をとりたい」と語った。

 しかし永田町にその言葉を額面通りに受け取る空気はない。揣摩臆測が飛び交っている。「検査」ではなく「治療」を受けたとする説、がんの検査まで受けたとする説、1週間入院の勧めを安倍総理が断ったとする説などが囁かれ、自民党の中から「しばらく入院した方が良い」、「もう限界ではないか」との声が聞こえてくる。

 安倍総理と親しい麻生副総理兼財務大臣や甘利税調会長からは、「責任感が強いため休みなく働いてきたためだ」と同情を誘う援護射撃もあるが、コロナ禍で国民すべてが負担を背負わされている時に、総理が健康不安を抱えている話は同情に値しない。速やかに次の手立てを考えるべき話だ。

 本当に「検査」だけで何でもないなら、安倍総理はそれを証明する行動を国民に見せ、不安を払しょくする必要がある。国民の見えるところで陣頭指揮する姿を見せるのが、国民に対するリーダーの務めである。

 政治家として最もやってはならないのが、国民を不安にしたまま権力にしがみつくことだ。休みなくコロナと戦っているのは総理だけでなく国民すべてである。日々コロナと戦いながら暑い夏を過ごす国民を苦しみから解放し、安心を与えるのが政治家の仕事だと思う。

 海の向こうの米国では民主党と共和党が大統領選挙の候補者を指名する党大会の季節を迎えている。民主党の全国大会はウィスコンシン州ミルウォーキーで開催される予定だったが、コロナ禍のためすべてをオンラインで行い、党員が全米から集まりお祭り騒ぎをする大会にしなかった。

 するとトランプ大統領はウィスコンシン州に乗り込んで暑い屋外で演説し、自分は涼しい屋内で演説するようなひ弱な人間ではない。どんなに暑くともそれに負けないとアピールした。好き嫌いはあるだろうが、トランプのアピールは政治の本質を突いている。

 弱みを見せたり同情される政治家はリーダーになれない。どんなに叩かれても打ちのめされても立ち上がるタフネスさがなければ国民はリーダーと認めない。トランプはそこを突く。それに比べ、同情を買うような日本の安倍擁護論はまるで真逆だ。

 そして健康不安がありながら「陣頭指揮する」と主張する安倍総理には、13年前に選挙で大敗したのに権力にしがみつき、総理を退陣させるのに自民党があの手この手を使った過去があり、フーテンはそれが再来するのではないかと予感している。

 13年前の参議院選挙で自民党は公明党を加えても参議院で過半数を割り込み、衆参「ねじれ」が起きた。参議院で過半数を失えば予算案以外のすべての法案は通らない。そして予算案が通っても予算関連法案が通らないと予算の執行はできない。つまり政権は万事休すになる。

 それまで参議院選挙で自民党が過半数を割ったのは宇野政権と橋本政権の2回だが、宇野総理も橋本総理も総理を辞任し、政治責任を取った。ところが安倍総理は大敗したのに続投を表明した。フーテンは「ねじれ」を知らないのかと驚いた。

 自民党が続投表明した総理の足を引っ張ることは表向きできない。それをすれば内紛が起き党が分断される。政治に長けた自民党はそんな幼稚なことはやらない。何をやったかと言えば内閣改造に時間がかかるようにして臨時国会の召集を遅らせた。

 当時の与野党対立はテロ特措法の延長問題だった。インド洋での海上自衛隊の給油活動を継続するには8月中に臨時国会を開き、法案を可決して参議院に送り、参議院で否決されても衆議院で再可決する。それしかなかった。その8月臨時国会が9月にずれ込むと時間切れで再可決できない。

 すると「入閣する政治家の身体検査には時間がかかる」という情報がどこからともなく流れ、二階国対委員長は8月中の臨時国会召集を認めなかった。これで安倍総理が国際公約破りの総理になることが確定する。その一方で米国のブッシュ(子)大統領から、安倍総理は国際公約を念押しされ、絶体絶命のピンチになる。

 安倍総理がまともだったら選挙大敗で責任を取ったはずだが権力にしがみつき、次は8月臨時国会がなくなった時点で辞任だったが、それもズルズルと9月になり、臨時国会の冒頭で所信表明演説を行った翌々日、代表質問の日に突然辞任した。所信表明演説までやっての辞任はいかにもぶざまだった。

 世上は病気のための辞任と思っているが、安倍総理が病院に行ったのは退陣表明してからである。与謝野官房長官の配慮で病気が辞任の原因と喧伝された。真相は辞めるべきタイミングを見失い、ズルズルと所信表明演説までやって突然政権を投げ出したのだ。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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