Yahoo!ニュース

「ミサイル阻止力」保有を 新たなミサイル防衛の自民提言案(全文)

高橋浩祐米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
自民党が7月31日に開いた国防部会・安全保障調査会の合同会議(高橋浩祐撮影)

自民党は7月31日、国防部会・安全保障調査会の合同会議を開き、新たなミサイル防衛に関する政府への提言案を了承した。

提言案では「相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力の保有を含めて、抑止力を向上させるための新たな取り組みが必要」と指摘した。

この他国領域での攻撃を意味する「ミサイル阻止力」(小野寺五典・元防衛相)とはいったい何を示すのか。「敵基地攻撃能力」とは実質的に何が違うのか。

自民党の安全保障調査会長を務め、ミサイル防衛に関する検討チームの座長でもある小野寺氏は31日の記者会見で、2017年の提言で使った「敵基地反撃能力」という言葉を今回避けた理由について、「攻撃や反撃、敵基地というワードは間違った印象を与えてしまう。先制攻撃の印象が持たれる危険性もある」と説明した。

●日本が主体的にミサイル防衛

ミサイル防衛をめぐっては、2015年4月に合意された新たな日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)で、「自衛隊は、日本を防衛するため、弾道ミサイル防衛作戦を主体的に実施する。米軍は、自衛隊の作戦を支援し及び補完するための作戦を実施する」と記され、あくまで日本が主体的にミサイル防衛を実施することが定められている。

●「発射前のミサイル破壊」は可能か

また、2017年12月に発表されたアメリカの国家安全保障戦略は、ミサイル防衛には「発射以前にミサイル脅威を破壊する能力が含まれている」と明確に記している。つまり、日米の合意を順守するならば、日本が「発射前のミサイル破壊」、つまり、敵基地攻撃や敵基地反撃を主体的に実施しなくてはいけないのではないか。

この点について、筆者が記者会見で小野寺氏に質問すると、小野寺氏は「これまでも同じで、日本は当然、憲法と国際法の下、先制攻撃はできない」と明確に答えたうえで、「日本が攻撃されている、あるいは、攻撃される可能性が相当高い中、自衛のためにやむを得ない形で、日本としてかりに防衛出動をかけた場合、さまざまな対応ができるということに尽きている。この点は今までも、今回の提言も、変わらない」と答えた。

発射前のミサイル破壊については、「防衛出動が出されている中で、日本を守るために、必要な措置を取るということ。これはどの国も同じ」と述べた。つまり、いわゆる「存立危機事態」の要件にかなえば、現法下でも敵基地攻撃は可能との見方だ。

新たなミサイル防衛の提言の全文は以下の通り。

国民を守るための抑止力向上に関する提言

令和2年8月4日

自由民主党

政務調査会

【はじめに】

 政治の要諦は国民の生命と安全を守り、国家の独立と平和を堅持することにある。国家の主権、国民の生命・財産、領土・領海・領空を断固として守り抜くため、これまで自由民主党は、累次の提言において、必要な能力の保有を政府に求めてきた。

 政府においては、25大綱、30大綱において、弾道ミサイル防衛能力の強化に取り組む一方、ミサイル発射手段等に対するわが国の対応能力の在り方については検討の上、必要な措置を講ずると明記してきたところであるが、未だその結論が得られていない。

 今般、北朝鮮の弾道ミサイル等の脅威の一層の増大を踏まえれば、国民を守るためにわが国の抑止力を向上させることは喫緊の課題である。政府においては、防衛戦略における位置づけを明確にした上で、具体的な結論を早急に得ることを求める。その際、戦略的合理性、経済的合理性、国際的な動向、国内世論などについて十分な考慮が必要である。

【現状認識と課題】

(わが国を取り巻く安全保障環境)

 国際社会においては、国家間の相互依存関係が拡大する一方、中国等の更なる国力の伸長等によるパワーバランスの変化が加速化・複雑化し、既存の秩序をめぐる不確実性が増している。こうした中、自らに有利な国際秩序・地域秩序の形成や影響力の拡大を目指した、政治・経済・軍事にわたる国家間の戦略的競争が顕在化している。

 わが国の周辺には、質・量に優れた軍事力を有する国家が集中し、軍事力の更なる強化や軍事活動の活発化が顕著である。また、グレーゾーンの事態は長期にわたり継続する傾向にあり、明確な兆候のないまま、より重大な事態へと急速に発展していくリスクをはらんでいる。さらに、テクノロジーの進化が安全保障の在り方を根本的に変えようとしており、各国は全般的な軍事能力向上のため、また、非対称的な軍事能力の獲得のため、技術の優位を追求している。このように、現在のわが国を取り巻く安全保障環境は、厳しさと不確実性が増大している。

(ミサイル脅威の増大)

 北朝鮮は、近年、前例のない頻度で弾道ミサイルの発射を行い、同時発射能力や奇襲的攻撃能力等を急速に強化してきた。米朝協議が行われる中で、一時、弾道ミサイルの発射が行われなかった時期はあるものの、その間も、わが国全域を射程に収める弾道ミサイルを数百発保有し、それらを実戦配備しているという現実は継続していた。また、令和元年以降、新型を含む弾道ミサイルの発射を繰り返し、関連技術や運用能力の更なる向上を図っている。

 さらに、各国は従来のミサイル防衛システムを突破するようなゲームチェンジャーとなりうる新しいタイプのミサイルの開発を進めている。中国やロシア等は極超音速滑空兵器の開発を進めており、北朝鮮も低空、かつ、変則的な軌道で飛翔可能とみられるミサイルの発射実験を行っている。また、従来のミサイル防衛で念頭に置かれていた弾道ミサイルのみならず、極超音速の巡航ミサイルや大量の小型無人機によるスウォーム飛行といった新たな経空脅威への対応も喫緊の問題となっている。

(ミサイル防衛の課題)

 平素からわが国を常時持続的に防護できるよう弾道ミサイル防衛能力の抜本的な向上を図るために取り組んできた、イージス・アショア配備計画が事実上廃止されたが、同計画のわが国防衛上の重要性に鑑みれば、政府において、その経緯や理由、また代替機能の必要性を国民に対してわかりやすく正確に説明することが何より求められる。まずはこの点を早急に対応する責務があると認識すべきである。その上で、イージス・アショア代替機能の確保についても責任をもって早急に検討することが求められる。イージス艦及びPAC-3によりわが国全域の防護は当面は可能であるものの、警戒監視等の他の任務所要の増大を踏まえれば、常時持続的にわが国全土を防護することに課題がある。さらに、多数の複合的な経空脅威への同時対処や将来的な経空脅威への対処も新たな課題となっている。

(日米同盟と抑止力・対処力)

 あらゆる経空脅威に切れ目なく対応できるよう、米国との緊密な連携の下で、わが国が主体的な取組を行うことにより、日米同盟全体の抑止力・対処力の向上を図ることが基本的立場である。

 日米同盟の下では、「わが国は防御、米国は打撃」が基本的な役割分担とされてきた。しかしながら、北朝鮮の弾道ミサイル等の脅威の一層の増大を踏まえれば、我々が飛来するミサイルの迎撃だけを行っていては、防御しきれない恐れがある。

 日米の基本的な役割分担は維持しつつも、日米の対応オプションが重層的なものとなるよう、わが国がより主体的な取り組みを行うことにより、抑止力をさらに向上させる必要がある。

 以上を踏まえ、以下に関し、政府において実現に向けた検討を迅速に開始し、国民を守るための抑止力向上に必要な措置を講ずることを求めるものである。

【提言】

1.(総合ミサイル防空能力の強化)

(1)イージス・アショア代替機能の確保

 常時持続的な防衛が可能となるよう、少なくともイージス・アショア代替機能を確保すべく早急に検討を行い、具体案を示すべき。

 その際、自衛隊における人員の確保は大きな課題であり、隊員に負担がかからないよう、駐屯地・基地の警備等における各自衛隊間の相互協力(クロスサービス)等の適切な措置を講ずること。

(2)経空脅威の増大・多様化への対応

 極超音速兵器や無人機のスウォーム飛行等、経空脅威の増大・多様化に対応するため、地上レーダーや対空ミサイルの能力向上等の更なる推進が必要である。

 その際、米国の統合防空ミサイル防衛(IAMD)との連携を確保するとともに、極超音速兵器等の探知・追尾のため、低軌道衛星コンステレーションや滞空型無人機の活用等についても検討すること。

2.(抑止力向上のための新たな取組)

(1)日米の基本的役割分担の維持と同盟全体の抑止力・対処力向上日米の基本的な役割分担は維持しつつ、同盟全体の抑止力・対処力の向上につながるよう、米国との緊密な協議を行うことが必要である。

(2)抑止力を向上させるための新たな取組

 わが国への武力攻撃の一環として行われる、国民に深刻な被害をもたらしうる弾道ミサイル等による攻撃を防ぐため、憲法の範囲内で、国際法を遵守しつつ、専守防衛の考え方の下、相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力の保有を含めて、抑止力を向上させるための新たな取組が必要である。

 その際、「攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度の措置をとること、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能」との従来の政府の立場を踏まえ、わが国の防衛力整備については、性能上専ら相手国国土の壊滅的な破壊のためにのみ用いられる、いわゆる攻撃的兵器を保有しないなど、自衛のために必要最小限度のものに限るとの従来からの方針を維持し、政府として早急に検討し結論を出すこと。

(3)ISR(情報収集・警戒監視・偵察)等の関連能力強化

 新たな取組の検討においては、宇宙、サイバー、電磁波領域の能力強化も含め、必要不可欠なISR等の関連能力や政府としての情報機能の強化についても検討すること。

3.(関連施策の推進)

 地方公共団体と連携した避難施設(既存の地下施設の利用を含む、シェルター等)やその関連技術の確保を含む、国民保護のための体制強化に取り組むこと。

 上記の提言を踏まえた今後の取組について、国民の理解を得られるよう丁寧な説明の努力を全力で行うこと。

 わが国にとって望ましい安全保障環境の創出につながるよう、戦略的コミュニケーションを外交と一体となって推進すること。

 今日の安全保障環境の変化を踏まえ、上記の提言以外にも、真に実効的なわが国の防衛力の構築や、拡大抑止の信頼性の更なる強化を含む日米同盟の一層の強化等の施策に果敢に取り組むこと。

画像
画像
新たなミサイル防衛に関する政府への提言案(高橋浩祐撮影)
新たなミサイル防衛に関する政府への提言案(高橋浩祐撮影)

(関連記事)

自民提言「ミサイル阻止力」、世界のメディアはどう英訳したか

イージス・アショアが事実上の白紙撤回――「ミサイル迎撃は常に不利」米軍幹部が警告

日本の敵基地攻撃能力保有、7つの課題

「北朝鮮、ミサイル防衛突破の核ミサイル製造に躍起」米議会調査局が報告書

米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

英軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」前東京特派員。コリアタウンがある川崎市川崎区桜本の出身。令和元年度内閣府主催「世界青年の船」日本ナショナルリーダー。米ボルチモア市民栄誉賞受賞。ハフポスト日本版元編集長。元日経CNBCコメンテーター。1993年慶応大学経済学部卒、2004年米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクールとSIPA(国際公共政策大学院)を修了。朝日新聞やアジアタイムズ、ブルームバーグで記者を務める。NK NewsやNikkei Asia、Naval News、東洋経済、週刊文春、論座、英紙ガーディアン、シンガポール紙ストレーツ・タイムズ等に記事掲載。

高橋浩祐の最近の記事