「ベテラン大量離職」の企業 どこで間違えたか? 「心理的安全性」の誤解から生じた悲劇
安全よりも安心を選ぶと、実はそれ逆効果であると、知っていただろうか? それがわからず、従業員30人のうち、9人のベテラン社員(50代前後)が離職した会社がある。今回はその理由を解説する。
最後にはなぜ、今は安心よりも安全を求める時代なのか。その背景についても紹介したい。
■安心と安全の違いとは?
「安心」と「安全」、この違いを正しく認識している人は少ない。
表面上似ているように見えて、実は根本的に異なる概念だ。多くの人がこれらを同じものと捉えがちだが、昨今、整理しておかないと時に大きな誤解を生む原因となる。
とくに「心理的安全性」という言葉を使うときは、絶対に意識しておこう。
では、安全と安心の違いとは何なのか?
安心は主観的な感覚であり、個々人の心の中で感じるものだ。いっぽう安全は客観的に判断することで、専門家による評価や証明が不可欠である。
例を挙げよう。
冒頭紹介した会社では、ベテラン社員が言うことを、ほとんどのスタッフが逆らえない組織文化が定着していた。この場合、ベテラン社員たちは安心感を得るかもしれない。誰も「私は違う意見です」と言ってこないからだ。
しかし、本当にその環境はスタッフにとって安全だったのだろうか? スタッフの中には、自分の意見を言えずに不安を感じている人もいたはずだ。
実際にオーナー社長が引退し、30代後半の後継者に事業が引き継がれたあと、事態は急変した。新社長が「心理的安全性の高い会社にする」と宣言したからだ。
サイレントマジョリティ(積極的に発言しない多数派)を軽視すべきではない。新社長が若い感性で方針を打ち出すと、パートのスタッフや若い社員から、日ごろから感じている不安や不満が次々と出てきた。
「子どもが熱を出しているときぐらい、在宅勤務させてほしい」
「デジタルで管理しているのだから、会議資料を印刷させないでほしい」
「給湯室の掃除を女性だけに分担するのはやめてほしい」
すると、変化を許容できないベテラン社員が次々と辞めていった。
「新社長の方針にはついていけない」
と言って。ベテラン社員にとっての「安心感」が失われたからだ。
新社長が打ち出した方針は間違ってはいない。しかし功労者であるベテラン社員へのペーシング(調子を合わせる)も必要ではなかったか。ベテラン社員が何に安心を感じ、どんなことに不安を覚えるかを考え、徐々に変えていったほうがよかったのかもしれない。
この例からもわかるように、「安心」を求めることが必ずしも「安全」を意味しない。むしろ、安心感の追求が安全性を損なう場合すらある。この認識のズレが、組織内外の多くの問題を引き起こすのだ。
■心理的安全性の「安全」の意味
現代社会はドンドン複雑化している。将来における予測不能な事柄が日増しに増えている。
芸能界だけを見ても明らかだ。ジャニーズ事務所が解体したり、お笑い界のカリスマ・松本人志さんが休業に追い込まれること等、誰も想像できなかっただろう。これからさらに衝撃的なニュースが舞い込んでくるかもしれない。
ビジネスの世界でもそうだ。将来に対する不安は避けられない。だからこそ、客観的な指標に基づく「安全」の確保が重要なのだ。
メンバーがみんな安心だと感じるチームほど「心理的安全性」は高くない。同質性の高いチームならともかく、今は多様性の時代だ。誰かの安心は、誰かの不安に繋がることが多いことも忘れてはいけない。「心理的安全性」は「心理的安心性」と言わないのも、理由があるのだ。
■不安を適切にマネジメントする
自分と違う意見を受け入れるのも不安だ。慣れない新しいことにチャレンジすることも不安。これまで通りマイペースで日々過ごすのが最も安心できることだが、そんな時代ではない。
だから不安を避けようとせず、味方につけることだ。不安を感じること自体が問題ではなく、その不安にどう対処するかが大事なのだから。不安を適切にマネジメントすればいい。
「安全だから安心」
ということはあっても、
「安心だから安全」
ということはない。
安全と安心は密接に関連しているが、同義ではない。安心を求めるあまり安全を軽視することなく、客観的かつ合理的な判断を心がけるべき時代だ。
<参考記事>