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安全に遊べる川はほぼない、思わぬ惨事に巻き込まれたケースも 川遊びの「怖さ」を解説

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
親子が流された事故のあった川。安全そうな景色に危険が潜んでいる。(筆者撮影)

 皆さんは身近に、流れに入って安全に遊べる川はほぼないことをご存知でしょうか。人工的に安全管理されていない限り、流れに入った川遊びは危険と隣り合わせの状態にあります。思わず本流に入ってしまい、惨事に巻き込まれたケースもあります。夏のレジャーに出かける前に、覚えておきたい川遊びの怖さと注意したい点について解説します。

安全な川遊び場の条件

 まず、流れに入って安心して川遊びのできる場所の条件について確認してみましょう。

1 監視員、できれば河川専門の救助員がいること

2 水遊びする場所が決まっていて、ロープでその範囲が区切られていること

3 流れの速さはゆっくりであること

4 大人のひざ下くらいの水深であること

 図1にそういった条件を満たす川の一例を示します。人工的に安全管理されているところが特徴です。このような川で家族そろって、ライフジャケットを着用して遊べば、水難事故で命を落とすリスクはかなり低くなります。ただ、ここまで管理された川が身近なところにあるかというと、どうでしょうか。思い出してみてください。

図1 安全管理のされた川遊び場。親子で水に浸かって水遊びが満喫できる。(筆者撮影)
図1 安全管理のされた川遊び場。親子で水に浸かって水遊びが満喫できる。(筆者撮影)

思わぬ惨事

 筆者の身近では人工的に手が付けられておらず、むしろ自然のままの川が多いように思います。タイトル画像に写っている川は新潟県の山奥にある川で、その一例になります。近くにはリゾートマンションが立ち並び、夏休みには多くの家族連れがこういった沢で川遊びを楽しみます。ここも人気のスポットのひとつで、一見すると水深はそれほどなく、流れも激しくはありません。少なくとも前述した場所の条件の3と4はほぼ満たしています。

 実はここで平成27年8月に親子が流される水難事故が発生しました。事故に遭ったのは5歳の男の子と30歳代のお母さんで、幸いなことに2人とも無事に生還できました。不幸中の幸いの出来事とはいえ、ここには監視員はいませんし、ロープで水遊びの範囲が区切られてもいません。そして下流には落差3 mほどの滝があります。事故発生の確率もさることながら、生死にかかわるほどの危険、つまり生命に直結するリスクにおいても極めて高い現場だったのです。

 事故の概要です。図2の沢に親子で川遊びにきていました。滝の上流にて浮き輪に体を通して、穏やかな流れの中で遊んでいた5歳の男の子が滝つぼに落ちました。それを滝つぼの岩場の上で目撃したお母さんがわが子の元へと飛び込み、親子そろって流されました。

図2 子供が流れ落ちた滝と母親が飛び込んだ滝つぼ (筆者撮影)
図2 子供が流れ落ちた滝と母親が飛び込んだ滝つぼ (筆者撮影)

 男の子は100 mほど流されたところで、川遊びをしていた別のグループによって救い上げられて、お母さんは200 mほど流されて岩にしがみついていたところを、遊びに来ていた人の手助けを得て生還しました。地元の消防にも119番通報が入り、先着の救助隊が現場に入った時には、2人とも陸に上がった後だったそうです。

現場を調査したら、本当に怖かった

 事故の直後に水難学会による事故調査が行われました。その結果、2人は奇跡に近い生還を果たしたこと、この沢の川遊びには生命に直結するリスクがあることが確認されました。

 滝の周辺の動画1をご覧ください。滝の流れはじめには1か所だけ急にえぐられているところがあります。このえぐられた箇所は子供が遊んでいた上流からは見えません。最大50 cmくらいえぐられていて、流れ落ちる水量がもっとも激しい箇所です。子供がここから吸い込まれるように落ちたと想像できます。

動画1 子供が流れ落ちた滝(筆者撮影)

 子供の元に飛び込んだお母さんとお子さんは、そのまま滝つぼから狭い流路を流されることになります。流路の様子を示した動画2をみると、流れが速いことがわかります。見た目にはよくわからないのですが、水深は2 mを超えます。このような流路はお母さんが流された200 mほどの経路上に何か所かあり、人が流されれば、頭部や腕を中心に打撲傷や擦過傷を負うことは容易に推測することができます。

動画2 子供と母親が流された流路(筆者撮影)

 男の子が救い上げられたのは、図3の場所です。ここは水深が1 mから2 m程度で、流れが緩慢になっています。はるか上流に滝が見えます。浮き輪から外れた状態で浮いているところを、ここで遊んでいたグループにより救い上げられました。意識は最初からあったそうです。

図3 遊泳者がいるところが子供が救い上げられた場所 (筆者撮影)
図3 遊泳者がいるところが子供が救い上げられた場所 (筆者撮影)

 滝からここまで100 mほどあり、秒速1 mで流されたとしても100秒はかかることになります。救い上げられる直前まで浮き輪につかまっていなければ浮いて呼吸を確保することは難しく、浮き輪が外れた状態でよく頑張ったと思います。実際に子供の水難事故死者数は河川で最も多いことが知られています。たまたま居合わせた別のグループの人たちに救われたことが生死を分けたといっても過言ではありません。

海水浴に比べても高いリスク

 海水浴場には、その現場に精通した監視員や救助員がいます。そして、遊泳エリアが設定されていて、比較的安全な範囲で海水浴を楽しむことができます。しかしながら、多くの河川にはそういった人たちがいないし、遊泳エリアの設定もされていません。また河川の川底のデコボコの変化や流れの強さは砂浜海岸の比ではありません。

 たとえ救助員がいたとしても、本流にのってしまったら、救助できません。ましてや、激しい流れの中を流されている人を直接救助することは消防などのプロでも現実的には不可能です。もちろん、消防では河川救助の訓練も日頃から積んでいます。しかしながら、流れていく人を追いかけながらだと、救助用の資機材の準備すらできないのです。このような時には流れが緩慢になる下流に先回りして救助隊が待機して、流されてきた人を待ち構えて救助するしかありません。海とは異なったタイプの救助法に難しさがあります。

 ライフジャケットを着用した状態で流されれば呼吸することはできますが、動画2で見たような流路では頭をはじめとして全身を岩にぶつける可能性があります。ライフジャケットを着ているからと言って、命の保証はありません。同じ理由で、ういてまてラッコ浮きで命を守れるかというと、難しいです。

 以上のように、流れに入る川遊びでは全般的に生命に直結するリスクが高いと考えた方がいいです。

川を楽しむために注意したい点

 水に入る目的で出かけるなら、図1のような安全管理のされている川を選びましょう。水に入る予定のなかった山のレジャーで、急に川遊びをするようになったら、本流に出ることなく、流れのほとんどない、子供のひざ下くらいまでの深さを選び、足をつける程度にして水の冷たさを楽しんではいかがでしょうか。

 自然は急に牙をむきます。急に水かさが増えてきたとか、濁ってきたとかは上流で大雨があったなどの証拠ですから、すぐに川を離れてください。また現場で雷の音が聞こえたとか、雨が降ってきたという天候の変化にも気を付けて迅速に行動しなければなりません。ポータブルの雷検知器が手元にあると、さらに安心です。

 今年の夏休みも自然を満喫しつつ、安全を意識してどうやって自分の身を守ったらよいか、家族で考えながら活動してみてはいかがでしょうか。

 

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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