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大雨で洪水時、自分たちでボート避難するには 訓練はどう実践するのか? #災害に備える

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
ボートを利用した避難・救助実習を受ける学生たち(筆者撮影)

「洪水で外に出ることができない。」まち全体が洪水に見舞われれば、道路は当然冠水していて、専門の救助隊が来るまでには相当な時間がかかります。食料や水のストックがなくなれば、生き抜くこともままならなくなります。

 住民が共助のもと、自分たちでボート避難しようという取り組みが先進的に始まっています。浸水したご近所をまわり、逃げ遅れた住民の避難を手助けする共助が想定されています。とは言っても基本漕艇法を含めて日頃からの訓練が必要になるのもボートですが、そういった訓練をどのように実践したらよいでしょうか。

 筆者ら水難学会は、京都府にある明治国際医療大学保健医療学部救急救命学科2年生の学生を対象に、冠水時避難・救助を想定したボート漕艇訓練を実践的実習の形で教授しています。先日行われた実習の様子を見ながら、洪水時のボート避難について考えてみましょう。

どのようなボートを使うのか

 日頃は収納してあって、災害前に準備するということであれば、インフレータブルボート、通称ゴムボートを使うことになります。カバー写真に典型的なゴムボートの姿を示しています。8人程度の定員があれば住民が実践する救助活動に使うことができます。大学の実習では6人乗りのボートを使用しました。

 8人定員のゴムボートを上から俯瞰したイメージを図1に示します。赤色で縁取られている部分がインフレータブルつまり空気を入れて膨らむゴム製の筒になります。アウターチューブと呼びます。腰掛のように見える白色の3つの筒は空気の入ったクッションです。スウォートと呼びます。アウターチューブにはロープが固定されています。セイフティーロープと呼びます。ボートが進む方向を船首、反対方向を船尾といいます。船首に向かって右側が右舷、左側が左舷です。

図1 典型的な8人乗りゴムボートのイメージならびに各部名称と乗艇順番の一例(筆者作成)
図1 典型的な8人乗りゴムボートのイメージならびに各部名称と乗艇順番の一例(筆者作成)

 8人が乗艇するとします。白黒丸の数字はボートを漕艇する乗員の乗艇の順番の一例です。この場合、左舷側が岸でセイフティーロープでボートが流されないように3人程度の人がつかんでおきます。そして1の位置から順番に乗艇します。このように順番が左舷と右舷で散らばるのは、乗艇時にボートがバランスを崩さないようにするためです。乗員が全員乗艇したら、要救助者、すなわちボートで救助される人が乗り込みます。これで定員の8人が乗りました。この図では乗員のうち最後に乗り込む乗員がリーダーとなります。ラダーマンとも呼ばれ、ボートの進む方向を決めたり動作の指示を全員に与えます。

実習の様子

◆パドルの操作方法

 図2をご覧ください。学生らは上下活動服、グローブ、運動靴、救命胴衣、ヘルメットを着装、バディー同士で装備品チェックなどをこなしてから、膝下水深の亀岡市の保津川に入水しました。学生一人につき一本のパドルが渡されました。パドルとはボートで使用する櫂のことです。構造は水中で水をとらえるブレード、そこから水面に伸びるロッド、そして手で握るグリップからなります。

図2 パドルの操作実習の様子(筆者撮影)
図2 パドルの操作実習の様子(筆者撮影)

 まず、膝下水深にて教員を中心に円陣を組み、教員からパドルの基本的な持ち方、ボートを前進させる漕ぎ方を習い、続いて後進や方向転換の方法を習いました。さらに、ゆっくりと漕ぐ方法、素早く漕ぐ方法など様々な応用に対応できるような基礎練習を積みました。

◆乗艇方法

 訓練では、すでに冠水が始まっている道路上を想定しました。図3をご覧ください。水の流れがあるので、うかうかしているとボートがすぐに流されます。そういった不安定な状況のもと、学生はリーダーの「乗艇」の一言で図1の順番に従って乗り込みます。3人でボートをしっかりとおさえているのにも関わらず、若い学生たちの動きは見たからに鈍く感じます。それもそのはずでボートのアウターチューブを乗り越えるのに相当足を高く上げないとなりませんし、いざ乗艇してもボートが揺れるし水で滑るので、自分のポジションまでまるで這って行くかのように移動することになるのです。

図2 ボートの乗艇実習の様子(筆者撮影)
図2 ボートの乗艇実習の様子(筆者撮影)

◆基本漕艇

 学生たちにとっては初めての漕艇となります。6人でリーダーの掛け声ともにパドルを操作しました。カバー写真をご覧ください。3艇で直線状に並び、一斉に同じ方向を目指してスタートしました。しかしながら早くも方向がめちゃくちゃになりました。この様子は記事の最も下の動画でもご覧いただけます。

 この後、ブイを数十メートル間隔で配置して、そのブイの右側、左側と交互にかわしながら進む訓練を行いました。もちろん、1日目ではあさっての方向に向かうボートが続出でしたが、2日目になるとこれがスムースに漕艇できるようになりました。若い力のポテンシャルは無限大です。

◆応用漕艇

復元実習 災害現場には転覆のマサカがあるので、それに対応する実習です。ここではボートが転覆した状況から、ボートを元の状態に戻す実習を体験します。まず元の状態に戻す役割の乗員が転覆したボートに上がります。次にあらかじめボートに結びつけてある綱を手に握り、逆の舷側に立ちます。握った綱を最後まで離さないようにして体重を背中側にかけて図3のようにボートをひっくり返すようにして回復します。最後にボートの裏から水面に脱出して作業完了です。かなりダイナミックな動作ですので、記事の最も下の動画でぜひご確認ください。

図3 転覆したボートの回復実習の様子(筆者撮影)
図3 転覆したボートの回復実習の様子(筆者撮影)

引き揚げ実習 救命胴衣を着装して水面を漂流している人をボートの上に引き上げる実習です。まず、ボートの上の乗員がボートのバランスを崩さないようにそれぞれの位置を決めます。特に引き上げる側の舷は水面に向かって傾くことになるので、逆側の舷の人はバランスに要注意となります。次に、漂流している人を確保します。漂流している人の救命胴衣の肩口を2人でしっかりとつかみ「イチ、ニ、サン」の掛け声とともに図4のように仰向けの姿勢でボートに引き揚げます。引き揚げたら、ボートの中央部まで滑らせるようにして移動します。

図4 漂流者のボートへの引き揚げ実習の様子(筆者撮影)
図4 漂流者のボートへの引き揚げ実習の様子(筆者撮影)

乗り移り実習 2艇のボートの乗員を交代する実習です。救助現場で活動している人たちのうち一部がスペシャリストと交代するため、スペシャリストが救助現場に到着した時を想定しています。まず、ボートの舷同士を密着します。乗員はそれぞれの互いのボートのセーフティーロープをパドルのグリップで引き寄せて最後は手でつかみ、お互いを固定しあいます。次に図5に示すように、一人ずつ乗員が交互に移ります。ボートの上が水で滑りますので、慎重に移動します。

図5 ボートの乗り移り実習の様子(筆者撮影)
図5 ボートの乗り移り実習の様子(筆者撮影)

さいごに

 日頃から災害に備えて、様々な形のボートに乗ってみて自分たちの避難手段を確認する動きが全国で進み始めています。

 もちろん命にかかわりますから、洪水に見舞われたら早めの避難で少しでも安全な高台等に移ることが最優先です。ただ実際には様々な理由により洪水から逃げ遅れてしまうこともあります。例えば避難所だって浸水により孤立することがあります。このようなボートを使った共助は、わが国全体で考えなければならないテーマとなっています。

 記事中にて解説しました実技のダイジェスト版は以下の動画に示します。

動画 明治国際医療大学ウオーターレスキュー・漕艇実習の様子(筆者撮影)

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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